2008年04月01日

ねんきん特別便

2週間くらい前にねんきん特別便が届いた。3月中に届く分は間違いがある可能性が高いというものだったが、間違いがあった。

というか、わたしは会社を変わったことはないが、引っ越しをしたことがあり、いまのウチの前のウチからの記録はあったが、その前がなかった。

訂正ありという返事を出したけど、わたしが覚えている間に、訂正したという返事は来るんだろうか。

森永卓郎さんがコラムで念のため社会保険事務所に出向いたら、記録がもれていた、会社を変わったからだった、といっていたが、会社が変わってなくても引っ越してたら漏れるのね。

年金といえば、沖縄県は制度が始まったこと自体が、日本より遅く、貧しい時代が長くつづいたので無年金という人が多い。

わたしの父(渡久地政夫)は復帰前に琉球新報という新聞社を立て直すために福岡の新聞社から引き抜かれて沖縄に舞い戻った。

当時の琉球新報は倒産直前、ストで新聞自体が発行できない状態になるような会社だった。有名なストがあり、その前に会社を辞めて自分でいくつもの新聞を出したが、その後、年金を払った記憶がないので、無年金だと信じていた。

ところが、65歳を過ぎたあたりに社会保険事務所の人が調べ上げて、沖縄に帰ってくる前に、福岡の西日本新聞社が「夕刊フクニチ」の記者時代に厚生年金を支払っていたという記録を見つけ、申請をすすめた。

おかげで、晩年の10年近く、毎月8万円前後の給付があり、大いに助かった。(ちなみに琉球新報という会社は給料はわずかで、年金も仕払っていなかった。給料をくれといったら株券(当時は紙切れで、だれも欲しがらなかった)があるのでそれをとっておけという会社だった。いらんとことわったわけだが。いま60代以上の先輩だと、給料の代わりに現物支給された新聞を道端で売って10センとか25センのカネにしたわけだが、その日のウチに飲んでしまったという連中がいっぱいいる(新聞記者が道端で新聞売りをしたという話は15年くらい前に名物政治記者だった新里英之先輩に聞いた)。

そんな時代に社会部長をつとめた先輩記者が亡くなったときには琉球新報という新聞は「社会部長をやったという記録がない」とわたしにいったものだ。死亡記事を書く本人だけ知らなくて、先輩記者なら誰でも知っていることをなかったこととして、味気ない死亡記事を出した(沖縄タイムスはまともだった)。ひょっとして琉球新報には社員だったという記録もないんでないの。後輩(いまの社長たち)に聞けばすぐ分かるのに)

はなしはそれたが、年金をネタにいまの新聞記者は…、という話がしたかったのである。  

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2007年03月25日

那覇空港の限界は650万人ではない

 3月15日の沖縄タイムス、3月17日の琉球新報で県当局が那覇空港を2015年に沖展供用しても2016年には800万人にしか届かないと試算しているという記事が相次いで出た。それについては当日、このブログでコメントした。
 
 ところがわたしは650万人で頭打ちという数値の根拠が不明であり、県当局の計算は間違っているという立場である。
 
 那覇空港の限界値について、那覇空港調査連絡調整会議(県、総合事務局、大阪航空局)というのがあり、そこに計算が出ており、
 
 一日の発着回数限界は370から380回で、その中には一日平均84回の自衛隊等の発着が含まれる。
 
 観光客数を毎年1%から2・3%まで4段階の成長率ごとに計算すると、1%成長でさえ2015年の夏場には一日の発着回数が限界に達する。2・3%成長だと2010年には夏場の発着回数が375回となり、限界となる。
 
 というのが那覇空港調査連絡調整会議で示された限界である。年間650万人という計算はどこにもない。
 
 もちろん那覇空港の成長率は2・3%の程度ではなく、4%以上成長しているから、もっと前に限界になる。
 
 しかし、もし、自衛隊等の発着84回を訓練移転などで減らせば、一日当たり民間機の発着がそのまま84回増える。増える分は到着便が42回として、一回100人が搭乗しているとすると、一日4200人増やせる。
 
 月間では13万人になる。昨年の8月の観光客数は57万人であったから、概算で月間70万人となってもおかしくない。さらに夜間利用を増やし、発着間隔をもう少し詰めることで数万人が上乗せできる。
 
 で、そのような訓練移転を自衛隊が了解するかといえば、自衛隊の嘉手納移転はすでに日米で合意している、政府が決定したという報道が04年にはあるのだ。みんな忘れてしまっているが。(続きを読む、に当時の報道と軍事ジャーナリストの神浦さんの見方をコピペした)
 
 つまり自衛隊の嘉手納移転は規定方針であり、自衛隊の都合で嘉手納に移るというと問題が多いかも知れないが、那覇が限界で観光客が増えなくなると沖縄経済が破綻するという理屈建てがあるなら、願ったりかなったりの状況になるだけだ。
 
 那覇空港の650万人限界説はとっくに崩れており、それ以上の受け入れの対処方法は自衛隊の嘉手納移転である。
 
 650万人が限界といって危機を煽るのは間違いである。
 
 もっともそれでも那覇空港の限界は数年先送りされるだけで、滑走路の沖展が必要なことに変わりはない。できれば観光客数が800万人程度となる2013年ごろには供用すべきだ。  
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2006年11月30日

放送してたんだ。気が付かなかった

11月21日付エントリでTV局のインタビューを受けたけど、放送に使われるかわからないと述べた。

沖縄だけ放送しない全国放送ということで、気が付かなかったが、11月25日に放送してあった。放送前に放送内容は出ていなかったのね。前週の内容を見て放送しなかったとばっかり思っていた。

よみうりテレビ「ウェークアップぷらす」
http://www.ytv.co.jp/wakeup/index.html
の、「沖縄知事選挙与党勝利 どうなる基地問題」にテキストが出ている。(続きを読むにコピペあり)

21日に私が受けたインタビュー内容は全然使われてないが(ま、こういうもんだ)、たまたま大学で年に2回の講義(モンゴル取材で2週間ズラしてもらっていた)があったので、教室にカメラを持ち込んで学生に知事選の感想を聞いた部分がオンエアされている。

なお、文中で琉球大学講師となっているのは、非常勤講師のこと。  
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Posted by 渡久地明 at 21:44Comments(0)TrackBack(1)

2006年11月23日

環境主義者VSケインズ主義者という分析

知事選結果について、さとうしゅういちさんが分析している。いろんな意見があるが、出色の出来と思う。紹介だけでもしておきたい。全文を念のため続きを読むに保管した。

沖縄県知事選挙~野党共闘への課題
http://www.janjan.jp/election/0611/0611215070/1.php  
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2006年11月11日

劣化ウラン摂取限度3000万人分、ってあのね

 今日の沖縄タイムス朝刊トップに

==================
 米軍機劣化ウラン340キロ
 
 C141 90年代まで嘉手納常駐
 
 摂取限度3000万人分
==================
 
 という記事が出ているが(「続きを読む」に証拠として全文収録)、この記事は変だ。
 
 なぜこの記事が今日のトップニュースなんだろうと思う。
 
 沖縄タイムスが最近、データを入手したからとにかくトップ記事にしたかも知れないが、内容はとても薄い。バリュー(古語だが)がない。
 
 すでにこの機体は嘉手納にはないから、危険性はいまはない。扱うとしても1面トップではないだろう。
 
 内容もおかしい。劣化ウランの放射能による危険性はほとんどないというのは、沖縄国際大学のヘリの墜落の際にかなり議論されている。劣化ウランはまえからあまり問題はないだろうと思われていたが、沖国大の事故の際、危険性は低いことが再認識されたはずだ。
 
 劣化ウランは劣化ウラン弾として対戦車砲などに使われるが、これは比重が重いので、戦車の厚い装甲を貫通する能力があるからとされる。戦車の装甲を貫通・着弾した際、劣化ウラン弾が変形したり割れたりするだろうが、その際、弾頭が擦れて粉塵になり(エアロゾル)、これが燃えて殺傷力を増すという特性がある。説明によっては劣化ウラン弾が高温で燃えると表現する人もいるが、基本的には
 
「ウラン単体の融点は1132℃と比較的低いため、着弾時の摩擦熱によって融解飛散しやすく、飛散した結果発生するエアロゾルは空気中の酸素で酸化され燃焼する。このため、着弾の際に焼夷効果が期待できることから、対戦車砲弾等に応用した場合には高い貫通力を発揮するのみならず、弾頭としてきわめて望ましい特性をもつ稀有な素材であると言える」(Wikipedia)

ということである。

 記事の劣化ウランは弾ではなく飛行機の機体のバランサー(重さの調節材料)として使われており、その量が340キロあった。「墜落事故などで高温にさらされると微粉末になって大気中を浮遊し、周辺住民が吸い込む恐れがある」。「放射線作業に従事しない人が劣化ウランを吸入する場合は一一・四ミリグラムとされ、同機に使用された量は二千九百七十六万人分にも相当する」と推理して記事にしている。
 
 しかし、この推理はいかがなものか。
 
 特に危機を煽る書き方となっているのは、3000万人分の劣化ウランの微粉末が放出されるというところだ。この計算はどうやら
 
 340キロ÷11.4ミリグラム=2976万人分
 
 ということのようだ。
 
 しかし、機体が墜落したとしてもバランサーの劣化ウランが全量粉塵になって飛び散るということはあるだろうか。そのままの形状でその辺に吹っ飛んだり、転がる程度ではないのか。この計算はナンセンスである。
 
 また、記事では劣化ウランは燃えやすいから、燃えて微粉末になって大気中に拡散すると読めるが、機体が墜落して火がついたとしても、その火で劣化ウランが燃えるということにはなりそうにない。武器としての劣化ウラン弾は、堅い装甲を高速で貫通・着弾する際の衝撃と摩擦でエアロゾルができ、それが燃える。しかし飛行機の墜落のようなゆっくりとした衝撃で、バランサーの劣化ウランがボッと燃えて、粉塵が飛び散るというふうにはならないはずだ。
 
 つくづく、おかしな記事と突拍子もない扱いだなあと思う。  
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2006年07月30日

ホントに飛ばなかったテポドン

(スペースシャトルや日本の人工衛星でさえ何度も失敗しているのに、新開発の)テポドンなんか飛ぶものか、と6月の内にに述べた。これは、科学一般の初歩的な常識だと思う。

「火をつければ爆発して飛ぶかも知れないが、どこに落ちるか分からない花火のようなものだ」とも述べたが、その通りだったことが、米の軍事専門サイトでテポドン発射直後から次のように指摘されていた。

「高度はたったの4.4キロ、発射台から1.4キロしか離れていない目の前の海に落ちた」

この分析は米民間シンクタンク「グローバルセキュリティー」のもので神浦さんのHPに連日掲載されていた、スパイク通信員の翻訳・投稿記事によるものだ。ちなみにスパイクさんは神浦さんの奨めもあってご自分のサイトを立ち上げており、わたしももちろん参考にしている。

発射からおよそ一ヶ月経った今ごろ、日本の新聞に「テポドン 1.5キロ内に落下、米が分析」(本日の琉球新報1面・沖縄タイムス3面=共同配信)という記事が出ている。正式な日本の報告書は8月上旬の発表になるという。

この間、北朝鮮への日本の経済制裁、国連での非難決議、G8サミットでの非難、PAC3の沖縄配備の前倒しなどが次々に決まった。

共同配信の例は次のような記事となっている。

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1・5キロ内にテポドン落下 米政府が日本に伝達
 北朝鮮が5日に発射した長距離弾道ミサイル「テポドン2号」について、米政府が日本側に、発射台から1・5キロ以内の地点の上空で爆発し、ほぼ真下に落下したとの見方を伝えていることが29日分かった。爆発の原因や状況の詳細は明らかでないが、米偵察衛星が散乱した破片の一部とみられる物体を確認した。爆発地点は北朝鮮領空とみられる。
 また日本海と太平洋で警戒、監視に当たった日米のイージス艦が、発射された弾道ミサイル7発のうち、2、4、5、7発目の短距離弾道ミサイル「スカッド」や中距離弾道ミサイル「ノドン」の飛行軌跡の捕捉に成功したことも分かった。ただ現時点では、イージス艦によるテポドン2号を含む残り3発の探知、追跡は十分でなかったとされる。(共同)

北日本新聞
http://www.kitanippon.co.jp/

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新聞記事はこれ以外にもズーッと以前からインターネットの専門家に抜かれっぱなしで、最近は見る影もなくなってしまっている。自分でものを考えるのをやめ、防衛庁などの発表に基づく記事制作の日常化という「構造的な欠陥」だろう。上は軍事部門の典型的実例といえる。  
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2006年07月09日

骨太方針は評価できるようだ

 今日の沖縄タイムスに2本の面白い主張がある。2本とも骨太の方針に関するもので、一つは社説。もう一つは経済学者の評論だ(共同の配信と思われる)。

 社説が骨太方針を実現できるのかといちゃもんをつけて批判しているのに対し、経済学者は皮肉は交えているがプラスに評価している。

 読者の手間を省くために、2本を並べてそのまま転載しよう。わたしの考えは最後に述べる。なお、この時点でわたしは骨太方針はまだ読んでいない。

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社説(2006年7月9日沖縄タイムス朝刊5面)
[骨太の方針]
歳入改革の道筋を示せ
 政府は今後五年間の経済財政運営の基本的指針となる「骨太の方針二〇〇六」を閣議決定した。
 小泉政権の最後となる今回の方針で政府は、名目成長率3%程度を前提として一一年度に国と地方の基礎的財政収支(プライマリーバランス)を確実に黒字にすると明記。財源不足額十六兆五千億円のうち、十一兆四千億—十四兆三千億円を歳出を削減して賄うことを強調している。
 だが歳出を調整するには、きちんとした歳入の算出が必要ではないか。
 つまり残りの財源不足を補うには増税に頼らざるを得ないはずなのに、その工程表があいまいにされたまま十分な論議もされていない。
 政府、与党が来年夏の参院選に影響があるとして、消費税率の引き上げ幅や導入時期など歳入に関する具体策を先送りしたのは疑問と言うしかない。
 当然のことだが、国の歳入・歳出の問題は国民の暮らしと将来に密接にかかわる。
 財政改革が喫緊の課題であれば、解決への道筋づくりを選挙後に先送りしてはならず、現政権が責任をもってつくるべきだ。
 もう一つ言えば、当初盛り込まれるはずであった地方交付税の削減方針も、やはり来年の選挙を控えた参院自民党の反対で削除されている。
 確かに国民に痛みを強いる問題を選挙前に打ち出せば、影響が出るのは間違いない。
 だが解決すべき最重要課題であるのなら選挙に左右されてはならず、厳しい状況の中で努力することが本来の政治家の責務ではないか。
 つまり国会論議を通して、国民の前にはっきりと歳出削減の痛みか、増税による痛みかの選択を問うべきであり、それこそが政治の役割だろう。
 政府、与党内には参院選後に消費税率の引き上げ論議を本格化させ、〇九年度に控えている基礎年金の国庫負担割合の引き上げで必要な財源を確保しようとの狙いがあるという。
 柳沢伯夫自民党税調会長や中川秀直政調会長も「〇九年度までの消費税引き上げ」に言及している。
 であれば“増税隠し”の手法は姑息と言うしかなく、これでは「骨太」ではなく、小手先の方針だけを打ち出したと批判されても仕方あるまい。
 政府はまた、国と地方が抱える八百兆円近い長期債務残高を縮小する方針も示さなかった。
 避けて通れない歳入改革、つまり増税論議を棚上げにしたままでは、プライマリーバランスの黒字化は達成できないということを肝に銘じたい。

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評論(2006年7月9日沖縄タイムス朝刊2面)
骨太方針と小泉改革
歳出削減優先に意義
諮問会議実質終焉告げる

岩田部昌澄氏 早稲田大学政治経済学術院教授
(わかたべ・まさずみ 65年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒。ケンブリッジ大学客員研究員などを経て05年から現職。主著「経済学者たちの闘い」「改革の経済学」など。)

 今年のいわゆる「骨太方針」は、小泉経済政策の決算報告書である以上に、今後の内閣の設計図でもある。その注目点は大きく分けて二つある。内容そのものと、この内容が骨太方針として決まった過程である。
 まず内容面では、今年の骨太方針は㈰成長力・競争力強化㈪財政健全化㈫安全・安心で柔軟かつ多様な社会の実現1の三本柱からなる。
 第一の柱は、国の競争力を強化するという、経済学的にはあまり意味のない言葉が用いられていることを除けば、具体的な施策をほとんど欠くので、実質的には人畜無害である。第三の柱は、再チャレンジ支援など「格差社会」批判への解答であるとともに、小泉後の最有力候補者安倍晋三官房長官の政権構想に配慮している。とはいえ、この部分には新味はない。
 今年の骨太方針で最も実質的で重要なのは第二の柱である。第一の柱でうたわれている成長力強化も第二の柱と一体となってこそ意味をもつ。
 その意義は三点ある。まず、名目成長率3%程度を維持するという前提を明確にしたこと、次に国の債務残高について対国内総生産(GDP)比で削減していくことを明記したこと、そして歳出削減を優先することによって、増税への道を遠のかせたことである。
 細部はともかく、経済と財政を一体としてみるこの基本方針は正しい。財政について基礎的財政収支のみを問題にしているところは見事である。
 内容を個別に見たときにも、興味深い事実が浮かび上がってくる。名目成長率3%を確保するためには、物価上昇率は少なくとも1・5%程度を維持しなくてはならない。これを達成するのは日銀の役割だから、この骨太方針は日銀に注文をつける内容でもある。なお、名目成長率が3%以上になった場合には、増税はさらに遠のくことになるだろう。
 さらに興味深いのは、今年の骨太方針が決定された過程である。いうまでもなく、第一の柱は中川秀直政調会長、二階俊博経済産業椙、与謝野馨経済財政担当相によって今年の五月十一日に合意された「経済成長戦略大綱」そのものである。また、第二の柱は三月にほぼ決着し、その後自民党の財政改革研究会で作成された「歳出・歳入一体改革」である。
 今年の骨太方針は、小泉政権展後の一年に生じた政策決定過程の重要な変化を明確に示している。それは、重要な政策は与党が決めるということだ。経済財政諮問会議は、それを追認する器にすぎなくなった。今年の骨太方針は、経済財政諮問会議の実質終焉を告げている。今後この変化は続くだろうか。三つの点に注目すべきだろう。第一に、名目成長率を維持することができるかどうか。このためには日銀が安定的に物価を運営することが必要不可欠だ。第二に、歳出削減がどの程度実現するか。歳出削減努力を進めるのは当然としても、その内容は社会保障費のように削減に痛みを伴い、難しいものが多い。どのように政府サービスを提供すればよいかも、別途議論する必要があるだろう。第三に、政治家が今後どれだけ自制できるかどうか。予算編成権を掌握した与党政治家の力量と見識が問われることになろう。
 
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 まったく反対の意見になっているが、わたしは後者の考えに9割同調する。社説にはまったく同意できる部分がない、というか社説そのものに内容が全くない。井戸端会議状態で、責任ある発言とは思えない。
 
 若田部氏は最後の方で政治家が予算を握ったら財政出動をどんどんやるのではないかと懸念しているようだが、わたしは財政出動も含めて景気回復を着実なものにすべきだと考える。そこだけちょっと違うが、その他は全面的に若田部氏の考えが正しいと思う。
 
 それにしても、若田部氏のようなまともな学者が新聞紙上に登場するようになってきたのは喜ばしいことだ。トンデモなタレント学者ばっかりだったからなあ、いままで。  
Posted by 渡久地明 at 21:40Comments(0)TrackBack(0)

2006年04月22日

GWの予約数、新聞各社で異なる数値報道

GWの予約状況は昨日、低い伸びになりそうと述べたが、1.1%増と表の通りになった。ANAの不振が全体を引き下げている。

ところで、今朝の新報・タイムスもGWの沖縄線の予約状況を記事にしているが、両社で異なる数値となり、さらに上の表とも合わない。

なぜか、解説をしておく。

まず、上の表だが、全国と海外はJAL、ANA両グループの本社広報が発表した数値、沖縄線は沖縄支店まとめの数値を使う。

沖縄線についてはANA沖縄支店の数値が県内線も含めたものなので、わたしが別途県内線を除いた数値を計算で出し、上の表に入れてある。JALは県外線しかないのでそのまま上の表に入れる。JTAは県外線・県内線・合計の数値を発表しているので、県外線の数値を上の表にぶち込んである。RACは県外線は奄美線とヨロン線なので、その部分だけ抜き出し、上の表に入れる。この(県内線を除く)操作はこれまで「観光とけいざい」紙面、「沖縄観光ニュース」、ここで掲載したもので一貫した集計方法で、沖縄県が毎月まとめる入域観光客統計の集計手法と同じである。ちなみに上の表は上下線の数値だが入域観光客数は沖縄到着便の数値を使い、それに含まれる県内客を引き算し、海外・船便の乗客を加えたものとなる。

一方、県内の両新聞を見ると、

新報は見出しが「GW空の予約状況 沖縄線微増」
タイムス見出しは「沖縄路線 GW予約は41万人余 前年比7.6%減 海外流出か」

と新報が微増、タイムスは大幅な減少で随分違う。

記事を見ると

タイムス「航空各社は21日、ゴールデンウィーク期間中(28日‐5月7日)の沖縄関連路線の予約状況を発表した。本土路線と県内路線を合わせた総予約数は41万3457人で前年比7.6%減少した」

新報「航空各社のまとめによると、ゴールデンウイーク(GW)期間中(4月28日—5月7日)の国内各地と那覇などを結ぶ沖縄航空路線の予約は日本航空など3社合計で40万6490人で前年比0・5%の微増。各社別では日本航空が10・0%、日本トランスオーシャン航空が0・3%の増加の一方、全日空は5・9%の減少と明暗が分かれた。」

となっており、両社で異なる。異なる理由は、両社が何を集計しているのか、書いている記者がそれぞれ異なる基準で集計しているからだ。その上に前年比の計算も間違っている(こんなのホントはばかばかしいのでやりたくないが、しょっちゅう間違っているので、一度ちゃんと解説しておこう)。

タイムスの場合、
集計は「本土路線と県内路線を合わせた総予約数」といっているとおり、航空各社の沖縄路線の発表値を全部足し算したもので数値は定義したとおりだ。しかし、全体で前年比7.6%減となるのは理解できない。ひょっとしたら昨年書いた記事を引っぱり出してきて、それと比べたかも知れない。すると実際7〜8%のマイナスになりそうだが、GWの期間は毎年異なるので、去年の記事にあるGWの予約数とは比較できない。航空各社の前年比は前年GWの予約数との比較にはなっていないので、前年の記事の予約数と比べると間違いとなる。読者に間違ったメッセージを送ることになる。

タイムス記事の集計
     06年予約数  前年比   05年予約数 備考
JAL 142,749 110.0 129,772 JAL発表値(県外線のみ)
ANA 185,034  94.1 196,635 ANA県内線も含む発表値
JTA  78,707 100.3  78,472 JTA県内線も含む発表値
RAC   6,967 106.5   6,542 RAC県内線も含む発表値
合計  413,457 100.5 411,421

一方、新報は「国内各地と那覇などを結ぶ沖縄航空路線」をJAL+ANA+JTAまではタイムスと同じに足し算、RACは全部県内線と思ったのか除いてある。で、0.5%増といっているが、実際には0.4%増だろう。

新報記事の集計
     06年予約数  前年比   05年予約数 備考
JAL 142,749 110.0 129,772 JAL発表値(県外線のみ)
ANA 185,034  94.1 196,635 ANA県内線も含む発表値
JTA  78,707 100.3  78,472 JTA県内線も含む発表値
RAC                       集計せず
合計  406,490 100.4 404,879

両社とも集計対象は記事中に定義したものに近いが、両社記事は異なる対象を計算している。タイムスが大きく前年比の計算を間違い、新報はちょっと違う。わたしの計算は入域観光客数の観点から「県外=沖縄線」で統一、計算は表の通りだ。この場合、県外→那覇(→宮古など県内→さらに多良間など県内)の括弧内を除いた数値でダブルカウントはない。こっちの方がすっきりしていると思うが、航空搭乗客全体を見るならタイムスの方法が適切。新報はRACだけを除いて、県内線を除いたつもりだが、JTA、ANAの県内線をダブルカウントしているので、滅茶苦茶になる。  
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2006年01月27日

新報・タイムスお粗末な社説

 今日の県内日刊紙2紙の社説を見て、目の錯覚かと思った。両方ともほとんど同じ主張をしている。証拠として<続きを読む>に保管して置くが、お粗末きわまりない。
 
 予算が昨日出たから、今日の社説が揃ったというわけだが、両社とも経済記事のお粗末なセンスが改めて明らかになった。
 
 国の予算が減るので、県の予算も減るから、無駄遣いをやめよう、という主張である。これ以上でも以下でもない。
 
 これじゃあ、家庭の主婦が、給料が少ないので、節約しなきゃ、といっているのと何も変わらないじゃないか。主婦感覚という取材の観点も昔あったけど、主婦感覚の社説なのだろうか。これが、社内で通るんだなあ。。論説室、まとめてみんな主婦感覚かあ。。。
 
 なぜ、本質を突かないのか。この場合の本質とは、国の予算がなぜ減っているのか、に尽きる。そして、日本のまともな経済学者、エコノミスト、政治家はそれを正面から、何年も前から問題にして、解決策も示しているのである。(わたしがこれまで書いた「デフレ脱却」のエントリにいくらでも紹介してある)

 膨大な議論がかわされ、構造改革が間違いであるという明快な答えが出ているのに、まだこんなことを言っているのか。トホホである。もっとも最近、社説を書く人にも主婦が増えたので、主婦の社説というやつかも知れないけどね。勘弁してよ。天下国家を論じようよ。ノーベル賞級の経済学者の論文も読んでよ。インターネットで翻訳も原文もいくらでも手にはいるのに。情けない。
 
 まさか経済学者が論じる経済学が沖縄では通用していないなんていわないでね。なお、経済学者とは日曜日のテレビに出てくる御用学者たちのことではないよ。ひょっとしてこの人たちに洗脳されているのか。それでまた県民を洗脳するというパターンに落ち込んでいるのか。最悪じゃん。
 
 主婦の井戸端会議や居酒屋談義じゃ話にならないからね。まったく…。(続きを読むは、読む必要はないですよ。単なる証拠です)  
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2005年12月07日

風俗見聞録と幸福のつくりかた

ポット出版の沢辺均さんから

「風俗見聞録」(松沢呉一著)

「幸福のつくりかた」(橋爪大三郎著)

をいただきました。ありがとうございます。ウイングの広い出版社のようです。

癒しに関わる沖縄の取材に来たついでに、萩野一政さん(fmなは=メルマガ「週刊沖縄ふぁん」2代目裏編集長)の紹介で、観光産業や米軍再編問題などについても事情を調べたかったそうです。もちろん、お相手しました。  
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2005年12月03日

失業率高水準もったいない

本日の琉球新報、経済面の記事の見出しである。10月の完全失業率は8.44%と高水準である。

記事は日銀那覇支店が県内の雇用情勢を分析し、人手は足りないが、労働力は余っているとしており、人材育成で雇用のミスマッチを改善したり、好調な観光を軸とした新産業の創出で雇用を生みだすなど積極的な取り組みが必要としている、というもの。

雇用のミスマッチについては労働者の資質の面でたとえば新規開業のホテルの場合、即戦力が欲しいいために県外に求人を出すケースが多いという。また、労働条件では非正社員の求職は増えているが、求職者は公務員や長期安定雇用、高収入を求めているため非正社員の求人数を満たせないとしている。

解決策として、人材育成、職業訓練、正社員雇用に対する助成などに期待している、という。

で、記事中には「失業率高水準がもったいない」という文言は見当たらないのであるが、これは見出しを付けた整理部員のセンスが光る。良いセンスである。

なお、わたしは日銀那覇支店が言う職業訓練や人材育成への助成よりも、現実の職場を増やすことが解決策であり、そのためにはどんどん品質の高いホテルを増やし、観光産業を伸ばすのがいいと考えている。あるいは、返還軍用地の再開発がよい。つまり、景気を良くするのが先なのだ。沖縄では人材育成と称して補助金をもらっている業者がいくつもあるが、これは変だ。解決策はあるのに、それをやるのが困難だから後回しにして解決策のまわりをぐるぐる回っているだけだ。  
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2005年11月24日

ワイドショーの基地問題で

放送するインタビューを受けた。

内容は普天間・辺野古問題。ここでメモしたことを基本に、数値や観光産業の見通しについて、資料を渡してある。

上の番組とは別に、一般にTV番組では視聴率をとれるかが、やはり最も気になるところで、沖縄基地問題というのは視聴率が全くとれないということになっているそうだ。

このため、ニュース番組とは違う番組のつくり方をしたいといっているのだが、どうなるか分からない。わたしのインタビューが出るかどうかも分からない。

で、沖縄基地問題でなぜ視聴率がとれないのかというと、戦闘機が飛んでいるような絵が出た瞬間にチャンネルを変えられる、そうである。

「チャンネルを変えるというのは、面白くないからかね。それとも見たくないの」

「面白くないんでしょう」

「その面白くないと言うのは、軍隊が生理的にいやという意味か」

「そうです。見たくないんです」

「ほう。それならまともな感覚だよね。オレも戦車なんか見たくないよ。なるほど」

という話になった。

沖縄基地問題は日本人は無関心、どうでもいいことなのではなく、見たくない・いやなもの、という感覚なら、沖縄県民と共有できる感覚だと思われる。  
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2005年11月17日

マイ・ハックルベリー・フレンド、小泉

昨日の朝日。

「2+2」の米軍再編協議で、日本側がアメリカを相手に最後まで粘ったという記事がある。

最後まで粘って、米軍が50年前から描いていた計画に話が落ち着いたのだから、最初から芝居だろうといっているのに、朝日の記者は層は思っていないようだ。ひょっとしたら、防衛庁もそう思っていないのか。

トムソーヤが言い付けられた壁のペンキ塗りを不満たらたら仕方がなくやっていると、親友のハックルベリーフィンが向こうから歩いて来るではないか。

トムソーヤは鼻歌を歌い始め、夢中でペンキ塗りをしている芝居をしながら、ハックルベリーフィンが隣に来たのも気が付かないふり。

ふと気づいて「やあ、ハックルベリー。楽しくて楽しくて、君がそこにいるのも気が付かなかったよ」

「それ楽しそうだねえ。ぼくにもやらせてよ」

「OK、いいとも」

といって、トムソーヤはつまらない仕事の量を半分にするのに成功したわけだが。

………

国防総省「(撤退案もあったけど)名護市長が容認姿勢の辺野古浅瀬なら、普天間を移転させても良い」

防衛庁「いや、海をまるまる埋めるのは地元が反対する。山だ」

国防総省「山はダメだ。(地下核シェルターの出入りに差し支えるからだが)訓練場を移転するのが難しい」

防衛庁「では海と山の間をとって、ぎりぎり沿岸の陸地では」

国防総省「(やった。でも昔建てた計画の方がいいから)ダメだ海だ」

防衛庁「仕方がない陸と海の中間だ」

国防総省「(やった。予定通り)仕方がない。そのかわり、滑走路を300m延長したい」

防衛庁「わが方の言い分を聞いてもらいありがたい。300m延長ですむなら地元を説得できる」

国防総省「(まさかそこまでバカではないだろうがとにかくいってみよう)建設費は日本が出すように。ついでに海兵隊を大幅にグアムに移すのだから、グアムの施設も日本がカネを出せ。それが、沖縄県民の負担減少になる」

防衛庁「分かった。7000人も移転して、沖縄の負担軽減に協力するのなら、その金も用意しよう」

………

防衛庁側の話しを聞いて記事を造ると、冒頭のような朝日の記事になるというわけだ。ばかばかしい。  
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2005年11月15日

世論操作の結果

世論調査はマスコミの世論操作がどの程度うまくいっているかどうかを、マスコミ自身が確認する作業である。

小泉構造改革がいい例だ。世論調査で最も高い数値が出たものを政策として採用していけば、内閣支持率は高まる。

日本は長い間、マスコミが政府を批判してきた。典型的な実例が、税金の無駄遣いとか、財政赤字は悪だという観念だ。その批判に国民は日頃のうっぷんを晴らし、ガス抜きをしてきたのだった。しかし、経済学では財政赤字は悪ではなく、無駄とは大量の失業がある状態=働ける人が働いていない状態=今のようなデフレ、恐慌のことである。だから、デフレを脱するためには政府が国債を発行したり、赤字を出したりすべきだという正しい処方箋がある。

これまで、政治は力があったため、マスコミや世論の批判を受け流したり、跳ね返すことが出来ていた。だが、政治が力を失ってくると、マスコミの批判を丸飲みする政治家が現れた。小泉政権である。人気はあるが、経済政策はとんでもないことになった。しかし、国民もマスコミも長年の思いこみが小泉政権によって実現されようとしているように見えるので決して回復しない「痛み」に耐えている。

結果、さらなる増税、政府のサービスの民間企業への払い下げがどんどん進み、カネはカネがあるところにどんどん積み上がる。GDPは僅かな伸びか、横這いのままだ。GDPが横這いとは企業全体の売上は増えないから景気は回復せず、国民全体の所得は増えないからものが売れず、全体の生産も増えないのである。(一部国民の所得が増え、一部企業の売上が増え、一部企業や国民の消費が増えることはある。)

GDPが増えないままで、大企業の業績が改善したり、富豪が表れるということは、中小企業や低所得者はますますたち行かなくなっているということである。

これが、長年の政府批判をそのまま実行した結果である。正しいことを述べた政治家は抵抗勢力という悪人にされてしまった。

同じことが沖縄基地に対しても言える。長年の反基地闘争、運動は思考のワンパターンをつくり出した。この運動は正しかったと思う。また、これからさらに先鋭化させなければならない時期も来ると思う。しかし、今はそうなのか。そして、世論調査をしたら、マスコミが操作したとおりの結果がでてきたというわけだ。  
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2005年09月03日

沖縄タイムスの社説、痛いなあ

8月30日に「公共投資は減るから業種転換? 知識人ほど間違える」http://toguchiakira.president-blog.jp/e482240.html

を書いたが、その間違っている知識人の実例が、沖縄タイムスの8月21日の社説だ。追記欄に引用しておくので確認して欲しいが、ここで述べておかねばならないのは、

いったいなぜ、マスコミは政府の手先となり、間違った政府の方針を読者に押し付けるのかということだ。

しかし、答は簡単。洗脳を受け入れてしまい、頭が悪いからそれから脱却できないということだ。その洗脳はマスコミ自身が自分でやってきた。

無駄を省けというマスコミのキャンペーンはもう30年以上前から毎日、新聞やテレビで展開されてきた。

30年以上前から続く巨大キャンペーンであるから、最近の若い人は(おっと、建設大手の社長達でさえそういう人がいるのでビックリだが)みんな無駄を省こう、政府支出を減らそう、公共工事は悪という観念に染まってしまった。特に公共工事は、利権やスキャンダルとセットになって批判され、ときどき汚職事件もあって、悪のイメージとなって袋叩きにあう。

しかし、汚職が悪なのであって(悪いやつは従来通りひっつかまえればよい)、公共工事に罪はない。戦後の公共工事は失業対策事業といわれた時期があり、失業者の多い地域に厚く手当されたように、社会資本を整備しつつ、国民をフルに活用するというハートのある政策でもあった。その後、失業対策でははたらくもののプライドを損ねるため、公共事業一本に言葉が統一される。もとをたどれば公共工事は国民を豊かにするための事業である。この意味から、最貧県の沖縄での公共工事は正しい政策である。

しかし、日本中で公共工事が悪であるとの大合唱が始まると、沖縄の知識人の間にもこれが伝染する。知識は瞬時に日本中を駆けめぐるが、最貧県からの脱出という現実問題の解決には数十年かかる。そして、われわれが最も重視しなければならないのは目の前に起こっている問題を解決することである。

問題とは、失業率全国一、所得最低県、社会資本不足(空港、港湾、道路、ダム、上下水道、基地撤去、廃棄物処理施設、長期的に低迷している児童生徒の学力不足などきりがないが)である。

知識は知識として、持っておいて良いが、日本中の風潮に付和雷同するための知識でなく、目の前の現状を解決するために使うべきであろう。そのためには、抵抗勢力とか古いとかいわれても失業対策の公共事業はまだしばらく沖縄には必要であるといわざるを得ない。そして小泉改革が間違いであることを正しく批判しなければならない。

そして、このようなことに早く気が付くべきなのもまた、知識人達であろう。正統な経済学では、政府の赤字は、経済を成長させるためなら全く問題にする必要がないことが、正しく示されている。マスコミはその先頭に立つべきなのだが、下の社説は痛い。痛すぎる。

昔は、新聞は政府の方針など片っ端からかみついたのだが、いまではすっかりポチになってしまった。30年かけて無駄をなくせという根拠薄弱なキャンペーンを張ったら、その通りにするといって、政権の座に着いてしまった首相を守るという、番犬に成り下がってしまった。バカの見本の証拠として引用しておく。続きを読む必要はない。  
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2005年06月26日

ツルハシ摩文仁事件=遺骨は出なかった事件

 身近な戦争体験で述べたようなことは、他にもある。(このエントリは6月18日の鈴木氏のコメントに応えるものです。他にもリクエストがありましたので身近な戦争体験の続きとしてお読み下さい)
 
 23、4年前になるが、沖縄地区税関に名物税関長、譜久原さんがいた(故人)。

 譜久原さんは陸軍中野学校の出身者らしいといううわさがあり、記者懇談会(沖縄地区の輸出入統計、ときどき白い粉の事件)で沖縄戦の模様も披露していた。その中で本人の目撃談として、米軍が摩文仁に50m四方の巨大なプールを堀り、転がっている死体をブルドーザーで投げ入れ、土をかぶせた。が、戦後これが発掘されたというニュースを聞かない…、という。

 この話は、先輩記者らは何度も聞いているらしく、またかという顔をしていたのだが、駆け出しのわたしは大ニュースだと思って、ときどき税関で顔を合わせており、よく酒も飲んでいた日刊紙記者とTV記者に伝えた。二人とも、その時の会見はさぼって出席してなかったと思う。その内の一人が鈴木記者であることはいうまでもない。

 「税関長がこんな話をしているが、われわれで掘ってみないか」

 二人は面白がって早速、税関長に改めてインタビューをとったり、当時の摩文仁の戦闘状況を調べたり、大量に発見された遺骨の情報を集めるなど下準備をはじめた。

 また、税関長の記憶はすばらしく、場所を特定するところまできたのである。この間、税関長の経歴を調べるうちに、ひょっとしたら陸軍中野学校出身(=日本のスパイ養成所)、という未確認情報が出てきたわけだが、本人からの確認はとっていないと思う。

 かなりの精度で税関長の話の通りなら、遺骨が出そうであるということになった。

 ただし、この間の取材は2人がもっぱらやり、わたしは締切をとっくに過ぎた昭文社の「マップルガイド沖縄」というガイドブックを仕上げなければならないという、別の仕事に追われていた。(ちなみにこのガイドブックは20数版を重ねるベストセラーになった。いまは絶版)

 で、わたしは時間が空いたときに、いつでも堀りに行けるようにと、会社にツルハシを常備していたのだが、どういういきさつか忘れたが、鈴木記者がそのツルハシを社まで持ってきてくれ(わたしが持っていってやると押し込んだかも知れない)、というので担いで編集局に乗り込んだのである。いまと違い、新聞社の編集局というのは無防備で、わたしは編集局のど真ん中で、まずいことをしている可能性があるなと思ったのだが、誰も止めなかった。

 こうして、ツルハシを編集局に持っていったのであるが、なぜ、そうしたのか、ほとんど記憶にないのである。そうする必然性もなかったかも知れない。(実際にこのツルハシの出番はなかった)

 鈴木記者がこれを車に常備して、土曜日か日曜日、掘るときには一緒に掘ろうということだったかも知れない。

 しかし、TV記者の方がもっと上手で、建設会社からユンボをかり出すことに成功し、譜久原税関長立合の元、TVカメラを入れて、実際に掘ったのである。

 不思議なことにこの時もわたしは確か南大東島に取材に出かけており、現場に立ち会えなかったのである。

 発掘現場周辺はまだ、不発弾が残っているということもあり、ユンボが岩を削ると削り粉が舞って白い煙が立つのであるが、いつ不発弾にあたるか分からない。カメラマンも命がけで撮影していたのである。

 結果、遺骨は出なかった。

 鈴木記者は会社にそう報告したら、先輩記者から

 「一体もなー!」

 といわれたそうである。

 TV番組では遺骨が出なかったという特番を造り、鈴木記者は特番を出し抜くわけには行かないと、タイミングを見て「遺骨は出なかった」という大きな記事を書いたわけである。

 この発掘は誰か発掘の主体がいて、それをメディアが取材するというものではなく、記者の発案で事を進めた点、特殊な取材ではある。(最近ははこういう取材はあるのだろうか)

 徳川の埋蔵金が出なかったという話しによく似ているわけであるが…

 ツルハシ事件といわれるものの全体像はこのようなものであるから、ほんとうは「遺骨は出なかった事件」の方が正しい。しかし、これがツルハシ事件として印象に残っているのであれば、わたしが知らないところでツルハシの一件が話題になっていたのだろうと思う。  
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2005年06月20日

森永卓郎はいいが、リチャード・クーはダメ

 一ヶ月くらい前だったか、旧知の全国メディアディレクターと酒を飲んだら、いま、我慢の毎日なのだという。

 「インフレターゲットの企画を出したいのだが、社内で通らない」という。

 通らない最大の理由は、積極財政の番組をつくると視聴率がとれないからだという。

 さらに、政治的な圧力もありそうで、竹中一派もかなり戦闘力があるのだろう。

 しかし、このディレクター氏はわたしと全く同じ考えを持っていることが分かり、楽しい酒であった。

 問題はこれからだ。森永卓郎は愛嬌もあり、笑いがとれるのでまだ使える。しかし、リチャード・クーは上からの圧力もありほとんど大手メディアは使わなくなった。せいぜい、視聴者が格段に少ないケーブルテレビ、衛星放送くらいだという。積極財政が正しいことは分かっていても、社内の経済音痴を説得するには、大変な労力が必要となり、それよりも企画が通り、かつ2番目、3番目にやりたいことを優先するという具合になる。

 メン・イン・ブラック

 という映画を読者はご覧になっただろうか。

 地球上には宇宙人が人間に化けてうようよしており、悪さをした宇宙人を始末する組織がMIBである。トミー・リー・ジョーンズ扮するMIBのボスが、新人の相棒を連れ回すのだが、タチの悪い宇宙人が現れたという確かな情報が本部から告げられる。ボスの捜査は最初に道端の新聞スタンドでタブロイド紙を買う。タブロイド紙とは欧米ではセンセーショナルとエンターテイメント性を重視する大衆紙であり、虚実取り混ぜて記事を造るから、一段低いものと見られている。

 「そんなの買ってどうするんですか」という新人に

 「ここに真実がある」とトミーリージョーンズがまじめな顔でいう。笑える。この映画の一番の名場面だろう。

 タブロイド紙の一面トップには「ゴキブリの大群が主人を食べた」という主婦の証言が…。大新聞はそんなバカなことがあるはずないと最初から取り上げようとしないのだ。

 日本の全国メディアも大企業の収支改善を中心に景気は回復しつつあるという政府発表が大きく取り上げられる。しかし、いま、日本では週刊誌がこれとは全く異なる記事を書いていることに読者は気がついているであろう。真実は後者にある。

 大本営(戦争中、日本は勝っているという偽情報を流し、国民を洗脳した組織)発表そのままのことを、大手メディアはいま、またくり返している。
  
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2005年06月14日

ひめゆり入試問題

青山学院高等部の英語の入試問題で

ひめゆりの塔に行ったときに、語り部の話が退屈だった、というエッセイがでてこれが沖縄の新聞で問題になった。

英語の問題そのものは、沖縄戦という大問題を伝えるのに、退屈だと感じてしまった学生がいることそのものがコミュニケーションの難しさであるというようなテーマだったそうだ。

これがそれほど大ニュースだとは思えなかったので、見出しくらいしか見ていなかったが、青山学園高等部の木村修文校長が13日、来沖、ひめゆり平和記念資料館の木村つる館長らにお詫びした。

で、わたしの記憶である。

首里高校は昔の県立1中ということで、学校の側に1中健児の塔というのがあり、毎年、生徒がみんなでお参りし、校長の話を聞くというのがある。1中健児の塔は首里の坂道の途中にあり、柔道部などはこの坂道を上ったり下ったり何セットもやって体力を付ける出発点のようなところで、走り回っていた。

で、入学したての高1の春、健児の塔でのお参りがあるわけであるが、これが退屈なのだ。まさに、いまの青学高等部の生徒が感じたことをわたしは30数年前に感じており、時代の最先端をいっていたのである。あまりに退屈なので後ろの方で仲間たちとプロレスをやっていたほどだ。

もちろん、その後、担任の中山東先生からきつく怒られたのであるが。

で、問題は生徒が退屈だといったからといって、そのような教育が意味がないということにはならないということだ。

わたしは年をとってからひめゆりの塔には何度かいっている。展示替えしたあとの展示はすばらしいと思う。また、新しくなった平和祈念資料館で夏休みに十代とみえる若い人たちが熱心に当時の人たちの手記を読んでいる姿には驚いたものだ。

わたしはガキの頃にこんなことをしたことがない。むしろ、どうすればアメリカに勝てたかと考えた方だ。

沖縄戦については相当年をとってから体験者からときどき話しを聞いているくらいだ。しかし、いろいろなことを聞いたり、体験したり、思いを巡らせて、1中健児の塔のエピソードもあったせいか、いまでは反戦平和の塊になっている。

だから、高校生がその時、退屈だったといったからといって、また、たとえ入試問題になったからといって、そこまで非難することはない。それより、この入試が突いているテーマそのもの=戦争の伝え方やなぜ子供たちが退屈だと感じたか、退屈だと感じたからといってそれがまるっきりムダなことではない。

いまのようなかたちで青学高等部を非難するのは間違いであろう。
  
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2005年06月02日

メディアの役目、多数派になってはいけない

メディア



といえば最近は新聞や雑誌、TV、ラジオを連想するが、日本語では媒体、媒質である。



媒体、媒質とは物理学では空間のことだ。空間の種類には真空、空気、海中、固体など色々ある。昔はエーテルというのもあった(復活するかも知れない)。



早く言えば、あるものとあるものをつなぐものが媒体である。新聞やTVはニュースと読者をつなぐから、メディアという。物理学で言う媒体の性質に関してはありとあらゆる研究が行われ(マスコミ学でも研究されているだろうが)、電磁気の教科書などでは媒達作用と直達作用についてまず最初に論じられる。



さて、ここで述べるのは電気磁気学ではなく新聞、テレビの話である。これらのメディアも正しく媒体であり、それ自体にはあまり意味はない。例えばニュースを伝えるにあたって、事実をそのまま右から左に伝えるのが媒体である。しかし、ニュースの現場にいるのはニュースそのものとそれを取り上げる記者という発信源である。今のところ、媒体である新聞社やTV局は発信源である記者の書いたものをそのまま伝えているケースが多い。



ところが、ごくまれに、その発信源である記者が間違うと媒体そのものは本来ノーチェックであるから、間違った記事が世の中に配信される。



現場の記者が間違えば印刷される内容もまた間違いであるという理屈は物理学や電磁気を勉強する前に当たり前の常識だろう。事件や事故なら記者は目の前で起こっていることをそのまま独自の表現力で伝えればよい。記者会見やインタビューも相手の言っていることを最低限そのまま伝えれば、媒体の役目は果たしている。



しかし、記者もまた人間であるので自分の意見と違うことを取り上げるときには気分が乗らない。本人の人生経験に基づいて偏見が混じることはしばしばある。世間の常識と大きくかけ離れたことについて、記者そのものが拒否反応を示すことがあるのだ。それが突出するのが社説といわれるものである。普段相手が言っていることに拒否反応を感じ続けているから、社説でその憂さを晴らす。だから、社説は

 


偏見の塊




といってよい。



本当は世間の常識とは何だろうということを追求し、ひょっとしたら世間の常識といわれるものが間違いである、と指摘するのも記者の仕事なのだが、最近そんな記事にはとんとお目にかかれない。



記者自身の人間が小さくなってきているわけだが、これはもう、しかたがない。しかし、人間の大きい小さいとか、人生観とは無関係に原点に帰って媒体としてのマスコミの存在価値を追求するのは簡単だ。自分と違うことを述べている人の意見や考えを、たとえ理解できなくても紙面にどんどん出すことだ。



へんてこりんなニュースやとんでもない理論こそがわれわれは面白い。なぜかすでに世論調査や政治家、TVに出るエコノミストの多数派になってしまった税金の無駄遣いをやめようとか、構造改革論なんか



クソ




である。こんな低能な世論に与してはならない。
  
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2005年05月26日

新社屋で

消えたHPにコメントをもらっている。もっとどんどん書き込んで欲しい。わたしも取材をすすめているぞ。

今日はその話ではなく、沖縄の新聞社2社が新社屋に移っている話。

沖縄の日刊紙2社がそれぞれ新社屋に引っ越している。

昔は両社の編集局によく出入りしていたものだが、最近は遠くなったし、知り合いもどんどんいなくなったので足が遠のいている。

で、新報に行くと、編集局に入れないのだ。受付の素っ気ない女性がちょっと待てと言い、誰に会いに行くのかいえ、という。

いけば誰か知り合いがいるだろうと思っているから、約束などしていないので

「別に約束してないけど、政経部長誰だっけ」

「○○です」

「じゃ電話してよ。いなければ政経部だったら誰でもいいよ」

「いま、夕刊の締切で誰もいないと言ってます」

「あ、そう。じゃ、書類を預ける」

といって、帰る前に出先にいるであろう知り合いの記者にケータイで

「受け取ってね」

という電話をしたら、何とその記者はいるじゃないか。

「いま降りていきます」

いつの間にか、警備強化でこんなことになっているのだが、受付のお姉さんには「何だおまえは」といっておいた。

昔、

わたしはつるはしを持って新報の編集局に乗り込んだことがある。もちろんノーガードであった。…長くなりそうなので、その話は別にしよう。

一方のタイムスは、新報のように入口で止められることはなく、編集局まで行けば、知り合いは多いので誰かが対応してくれる(わたしがちゃんと名前を覚えていないだけである)。このくらいの気楽さが新聞社にはあっていいのではないか。

え、何しにいったかというと、琉球大学の遠藤教授と一緒に、先日の観光情報学会の大きな取扱に対するお礼の挨拶だ。こんなのはいちいちだれかにアポを取る筋合いではないだろう。
  
Posted by 渡久地明 at 18:06Comments(0)TrackBack(0)