2005年04月30日
経済物理学の発見を読んだ
「経済物理学の発見」(高安秀樹、光文社新書、04年9月、760円)を読んだ(昨日、リブロにあと1冊あった)。
ネット上で
http://www.kansai-cs.com/takayasu.htm
イントロダクションを見たことはあったが、わたしの興味とは別のように感じていた。
ところが、リフレ派のブログに
http://reflation.bblog.jp/entry/174372/
新しい経済学の展開という文脈でこの本に関する記述があり、早速リウボウまで買いに行った。読んでみたら面白い。
特に前半は最近の成果を取り入れてあり、なるほどと思わせる。数値の解釈に朝永振一郎のくりこみ理論を使うところは、よく考えてみるともともと経済データはいろんな状況をくりこんだ結果であるなあ、と改めて納得できる。
このような手法は物理学では当たり前に使われているから、わたしは経済学は工学系に位置づけたらどうかと思っている。
しかし、本の後半はいただけない。
提言! インフレ誘導政策は危険すぎる(167ページ)
には「インフレが起こると、最悪の場合、旧ユーゴスラビアの例のように国が崩壊してしまうことがあります」
とあるが、この状況は日本には当てはまらず(日本は旧ユーゴスラビアではない、最悪にもならない)、
むしろ、このままデフレが続くと日本文化は崩壊してしまうと考察すべきだ。経済学の結論では多くの国で固有の必要なインフレ率があり、日本は2.5%程度のインフレを続ける必要があることになっている。これがなぜかを解明すべきだろう。
また著者は「インフレを主張する人の根拠のひとつは、インフレが起これば国が抱える借金が事実上目減りするので、借金を容易に返すことができる、という安易な考え方です」ともいっているが、これでは経済学の知識がゼロといわれても仕方あるまい。(経済と道徳がごっちゃになっている)
とはいえ、せっかく物理学の経験から正しい手法を体得しているのであるから、経済学をもっと勉強すれば、この学派は急速に成長することが予想される。経済数値を物理的に解釈し直すという作業はすでに著者がいうように多くの面白い成果を出している。
沖縄の観光客数をセミログにプロットするときれいな直線になることを示した「沖縄観光成長の法則」で、わたしも工学的な手法を取り入れている。無意識のうちにくり込み理論を使っていたのだと気が付いており、その部分の説明に自分でも舌足らずの部分があると感じていたが、これですっきりした。
なぜ沖縄観光できれいな直線ができ、どこまで伸びるかというと…。(以下略)
ちなみに一緒に買った本
「デフレはなぜ怖いのか」(原田泰、文春新書、04年10月、680円)
「経済論戦の読み方」(田中秀臣、講談社現代新書、04年12月、720円)
上記二人は経済板でお馴染みのリフレ派経済学者で内容は細切れにネットで見ているが、改めてひとまとまりに整理されたものを読みたいと思った。
ネット上で
http://www.kansai-cs.com/takayasu.htm
イントロダクションを見たことはあったが、わたしの興味とは別のように感じていた。
ところが、リフレ派のブログに
http://reflation.bblog.jp/entry/174372/
新しい経済学の展開という文脈でこの本に関する記述があり、早速リウボウまで買いに行った。読んでみたら面白い。
特に前半は最近の成果を取り入れてあり、なるほどと思わせる。数値の解釈に朝永振一郎のくりこみ理論を使うところは、よく考えてみるともともと経済データはいろんな状況をくりこんだ結果であるなあ、と改めて納得できる。
このような手法は物理学では当たり前に使われているから、わたしは経済学は工学系に位置づけたらどうかと思っている。
しかし、本の後半はいただけない。
提言! インフレ誘導政策は危険すぎる(167ページ)
には「インフレが起こると、最悪の場合、旧ユーゴスラビアの例のように国が崩壊してしまうことがあります」
とあるが、この状況は日本には当てはまらず(日本は旧ユーゴスラビアではない、最悪にもならない)、
むしろ、このままデフレが続くと日本文化は崩壊してしまうと考察すべきだ。経済学の結論では多くの国で固有の必要なインフレ率があり、日本は2.5%程度のインフレを続ける必要があることになっている。これがなぜかを解明すべきだろう。
また著者は「インフレを主張する人の根拠のひとつは、インフレが起これば国が抱える借金が事実上目減りするので、借金を容易に返すことができる、という安易な考え方です」ともいっているが、これでは経済学の知識がゼロといわれても仕方あるまい。(経済と道徳がごっちゃになっている)
とはいえ、せっかく物理学の経験から正しい手法を体得しているのであるから、経済学をもっと勉強すれば、この学派は急速に成長することが予想される。経済数値を物理的に解釈し直すという作業はすでに著者がいうように多くの面白い成果を出している。
沖縄の観光客数をセミログにプロットするときれいな直線になることを示した「沖縄観光成長の法則」で、わたしも工学的な手法を取り入れている。無意識のうちにくり込み理論を使っていたのだと気が付いており、その部分の説明に自分でも舌足らずの部分があると感じていたが、これですっきりした。
なぜ沖縄観光できれいな直線ができ、どこまで伸びるかというと…。(以下略)
ちなみに一緒に買った本
「デフレはなぜ怖いのか」(原田泰、文春新書、04年10月、680円)
「経済論戦の読み方」(田中秀臣、講談社現代新書、04年12月、720円)
上記二人は経済板でお馴染みのリフレ派経済学者で内容は細切れにネットで見ているが、改めてひとまとまりに整理されたものを読みたいと思った。
2005年04月29日
経済学は面白い
大学で電気・電子工学を学んだが、電気の本流というのは
当時は
電磁気、半導体(物性)、電気・電子回路、気体電子
というところだろうと思っていた。
コンピュータはあったが、軟弱な分野だと思われていた。
ところが、最近は電気・電子工学が情報工学に吸収されて学科そのものがなくなっているというケースが珍しくないようだ。
で、電気の中でも高電圧とか、高エネルギーを扱うものがかっこいいと思っていた。この分野の先には核融合とか素粒子が見える。
おかげで経済とか社会、政治、法律などのいわゆる文系の知識がわたしの頭の中からまるっきり抜け落ちており、仕事を通じて得られたものをあとで文献などで裏付けるということをしている。
経済についてはまるっきり勉強しようという気が起こらず長い間ほったらかしにしていた。ところが、構造改革がでてきてからどうしても納得できない疑問がどんどんでてきた。例えば、郵便局を民営化したら景気は良くなるのだろうか。全く関係がないはずだということは合理的に予想できるが、経済学ではそうではないのか? 問題を考えるヒントはインターネットの掲示板にあった。2ちゃんねる経済板はよく見ている。
面白いと思った。科学であると思う。数学も高度なものを使う人がいる。そうではないだろうという先入観があって、敬遠してきたのだった。しかし、この考えは間違いであることにすぐに気が付いた。
いくつかの経済現象はまるで電気回路のような動きをしており、特に本業である沖縄の観光客数の推移はかなりきれいな自然現象のようにふるまっている。これを説明する学問は電気の理論かも知れないし、すでに経済学者が研究しているかも知れない。今のところ経済学者(観光学者も)が沖縄の観光客の伸びに合理的な説明をしたという話しは聞かないので、わたしの理論は随分先をいっている可能性がある。
構造改革がきっかけで経済学をのぞいてみたら、意外に面白い。わたしは数学はお手のものである(だいぶ忘れたが使い方を知っている)。工学部の発想でいくつかのテーマにチャレンジしてみようと思う。経済学の理解には工学部での実験や数学の使い方の経験や理解は大いにプラスであるとさえ思う。
当時は
電磁気、半導体(物性)、電気・電子回路、気体電子
というところだろうと思っていた。
コンピュータはあったが、軟弱な分野だと思われていた。
ところが、最近は電気・電子工学が情報工学に吸収されて学科そのものがなくなっているというケースが珍しくないようだ。
で、電気の中でも高電圧とか、高エネルギーを扱うものがかっこいいと思っていた。この分野の先には核融合とか素粒子が見える。
おかげで経済とか社会、政治、法律などのいわゆる文系の知識がわたしの頭の中からまるっきり抜け落ちており、仕事を通じて得られたものをあとで文献などで裏付けるということをしている。
経済についてはまるっきり勉強しようという気が起こらず長い間ほったらかしにしていた。ところが、構造改革がでてきてからどうしても納得できない疑問がどんどんでてきた。例えば、郵便局を民営化したら景気は良くなるのだろうか。全く関係がないはずだということは合理的に予想できるが、経済学ではそうではないのか? 問題を考えるヒントはインターネットの掲示板にあった。2ちゃんねる経済板はよく見ている。
面白いと思った。科学であると思う。数学も高度なものを使う人がいる。そうではないだろうという先入観があって、敬遠してきたのだった。しかし、この考えは間違いであることにすぐに気が付いた。
いくつかの経済現象はまるで電気回路のような動きをしており、特に本業である沖縄の観光客数の推移はかなりきれいな自然現象のようにふるまっている。これを説明する学問は電気の理論かも知れないし、すでに経済学者が研究しているかも知れない。今のところ経済学者(観光学者も)が沖縄の観光客の伸びに合理的な説明をしたという話しは聞かないので、わたしの理論は随分先をいっている可能性がある。
構造改革がきっかけで経済学をのぞいてみたら、意外に面白い。わたしは数学はお手のものである(だいぶ忘れたが使い方を知っている)。工学部の発想でいくつかのテーマにチャレンジしてみようと思う。経済学の理解には工学部での実験や数学の使い方の経験や理解は大いにプラスであるとさえ思う。
2005年04月28日
消えたHP
つい最近事務所開きした大型プロジェクト会社が、今日、もぬけの殻になったそうだ。
知り合いが何人かいたので、そのうち見に行こうと思ってたら出遅れてしまった。
すごいスキャンダル。顛末を待て。わはは。
知り合いが何人かいたので、そのうち見に行こうと思ってたら出遅れてしまった。
すごいスキャンダル。顛末を待て。わはは。
2005年04月27日
構造改革でますます不況になる
2000年の沖縄はサミットにわいていた。
しかし、景気はそれほど良くはなかった。
7月のサミットで観光客が増えるだろうという予測は見事に外れ、4月から伸び悩み、サミット開催の7月に観光客数は前年比25%減となる。
この時、盛んに論じられたのが、調子が悪いときにこの際「うみ」を出しきって、体質改善、構造改革すべきだ、というものである。
翌01年はご承知の通り、テロで沖縄も大きな打撃を受けたが、02年にはV字形に回復させることに成功した。
この間、緩やかに前年割れした00年にあれほど盛んにいわれた観光業界の構造改革は、テロでそれどころではなくなったのだった。本当に落ち込んだときには構造改革どころではないのだ。とにかく人を増やすためにあらゆる努力がつぎ込まれた。
再び観光客が増えたころには、落ち込んだときに見えた「うみ」のようなものはもはや問題にならなくなり、業界は元気を取り戻し、いま、改めて本格的に体質の強化が図られている。
雨が降らずダムの水位が下がり、こんなものがまだあったのかと水面から底が透けて見えた。これをきれいにすべきだ、といったのが構造改革だった。しかし、ダムの底をきれいに掃除しても水がなければ話しにならない。雨が降り、水位が上昇してはじめて水が各地に行き渡るようになり、人々は潤う。
底が見えたダムは泥だらけだったかも知れないが、さらに干上がると今度は虫がわき、病気も蔓延するだろう。ダムの底をさらうのは後回しにするか、そんなものは気にしないでいいほど常に豊かに水がある状態に保つ努力をすべきだ。
構造改革なくして、景気回復はない
というのは
ダムの底をさらわなくては、ダムは満水にならない
といっているくらい今の日本の不況脱出に関係がない。
テロとその後の回復で沖縄の観光業界はその成り行き徹底的に体験して知っている。
(はずなんだけど、分からない人のほうが多いなあ。とほほ)
しかし、景気はそれほど良くはなかった。
7月のサミットで観光客が増えるだろうという予測は見事に外れ、4月から伸び悩み、サミット開催の7月に観光客数は前年比25%減となる。
この時、盛んに論じられたのが、調子が悪いときにこの際「うみ」を出しきって、体質改善、構造改革すべきだ、というものである。
翌01年はご承知の通り、テロで沖縄も大きな打撃を受けたが、02年にはV字形に回復させることに成功した。
この間、緩やかに前年割れした00年にあれほど盛んにいわれた観光業界の構造改革は、テロでそれどころではなくなったのだった。本当に落ち込んだときには構造改革どころではないのだ。とにかく人を増やすためにあらゆる努力がつぎ込まれた。
再び観光客が増えたころには、落ち込んだときに見えた「うみ」のようなものはもはや問題にならなくなり、業界は元気を取り戻し、いま、改めて本格的に体質の強化が図られている。
雨が降らずダムの水位が下がり、こんなものがまだあったのかと水面から底が透けて見えた。これをきれいにすべきだ、といったのが構造改革だった。しかし、ダムの底をきれいに掃除しても水がなければ話しにならない。雨が降り、水位が上昇してはじめて水が各地に行き渡るようになり、人々は潤う。
底が見えたダムは泥だらけだったかも知れないが、さらに干上がると今度は虫がわき、病気も蔓延するだろう。ダムの底をさらうのは後回しにするか、そんなものは気にしないでいいほど常に豊かに水がある状態に保つ努力をすべきだ。
構造改革なくして、景気回復はない
というのは
ダムの底をさらわなくては、ダムは満水にならない
といっているくらい今の日本の不況脱出に関係がない。
テロとその後の回復で沖縄の観光業界はその成り行き徹底的に体験して知っている。
(はずなんだけど、分からない人のほうが多いなあ。とほほ)
2005年04月26日
沖縄の投資ブーム 話しだけのバブルなの?
大がかりな投資のうわさがいくつか聞かれる。
カジノオーストリア社は千数百億円で沖縄カジノに進出したいといっており、これは記事になっている。
那覇市内の中堅ホテルを買収した米投資会社も千億円の資金を準備しているというが、記事になっているのはあと数軒のホテルの買収を希望しているという程度。
もう一つはこれも千億円を超える規模で投資するというが、厳重な内緒扱いとなっていて内容はよく分からない。
さらに知り合いの社長が米国留学時代の同級生とばったり恩納村のリゾートホテルで出会ったが、米大手投資会社G社の社員で投資のための調査をしているといい、G社はすでに100億円規模の投資を実行済である。
ここまで書いて、そういえば、おきなわ証券の関連会社が返還軍用地をターゲットに700億円規模の投資を計画しているというニュースがあったのを思い出した。
上の話しはネタ元からダブルカウントはないと思うが、これ以外にも規模の小さい話しならいくつも聞いている。直接わたしにホテルの売り物がないかと問い合わせてくる人もある。
合計してざっと5000億円。沖縄県の1年間の予算額に匹敵する。
これに那覇空港の沖合展開の3000億円とかが加わると1兆円が目の前に近づく。
話しだけのバブルか、そうでないか。不況なのに大がかりな投資を行う用意があるというのは外資系が中心であり、沖縄を取り巻く環境の変化が読めているということに他ならない。ここ数ヶ月が面白い。
カジノオーストリア社は千数百億円で沖縄カジノに進出したいといっており、これは記事になっている。
那覇市内の中堅ホテルを買収した米投資会社も千億円の資金を準備しているというが、記事になっているのはあと数軒のホテルの買収を希望しているという程度。
もう一つはこれも千億円を超える規模で投資するというが、厳重な内緒扱いとなっていて内容はよく分からない。
さらに知り合いの社長が米国留学時代の同級生とばったり恩納村のリゾートホテルで出会ったが、米大手投資会社G社の社員で投資のための調査をしているといい、G社はすでに100億円規模の投資を実行済である。
ここまで書いて、そういえば、おきなわ証券の関連会社が返還軍用地をターゲットに700億円規模の投資を計画しているというニュースがあったのを思い出した。
上の話しはネタ元からダブルカウントはないと思うが、これ以外にも規模の小さい話しならいくつも聞いている。直接わたしにホテルの売り物がないかと問い合わせてくる人もある。
合計してざっと5000億円。沖縄県の1年間の予算額に匹敵する。
これに那覇空港の沖合展開の3000億円とかが加わると1兆円が目の前に近づく。
話しだけのバブルか、そうでないか。不況なのに大がかりな投資を行う用意があるというのは外資系が中心であり、沖縄を取り巻く環境の変化が読めているということに他ならない。ここ数ヶ月が面白い。
2005年04月25日
ぽかぽか陽気のポカミスなのか…
びっくりした。つい2、3日前、沖縄活性化委員会という電子会議室で
「沖縄にとっての新年度、4月とはどういうものなのでしょうか??」
という問いに
「米軍事故が増える時期。
ヘリからパラシュートを落としてしまったとか、着陸に失敗するとか。
わたしもこの時期、ポカをよくしますが、米軍も同じだと思う。非常にいい季節で、朝、布団でうとうとしているのが気持ちのいい時期。」
と冗談を言ったばかりだった。
電車はポカミスで停車位置を行き過ぎ、その遅れを取り戻そうとしてスピードを出し過ぎたのか…
(傷ついた方々にお見舞いと、亡くなられた方々にお悔やみを申し上げます)
「沖縄にとっての新年度、4月とはどういうものなのでしょうか??」
という問いに
「米軍事故が増える時期。
ヘリからパラシュートを落としてしまったとか、着陸に失敗するとか。
わたしもこの時期、ポカをよくしますが、米軍も同じだと思う。非常にいい季節で、朝、布団でうとうとしているのが気持ちのいい時期。」
と冗談を言ったばかりだった。
電車はポカミスで停車位置を行き過ぎ、その遅れを取り戻そうとしてスピードを出し過ぎたのか…
(傷ついた方々にお見舞いと、亡くなられた方々にお悔やみを申し上げます)
2005年04月23日
自己紹介しないでもいい職業
売れるチラシの伝道師、出村邦彦さんが5月にセミナーを開くにあたって、その準備にかこつけて酒を飲みに来たので、わたしもご一緒した。
初対面なのだが、これまでの自分の仕事とは全く反対のように見える言葉がどんどんでてきて目からウロコが落ちた。
「チラシにどうして店の店長の自己紹介がないのかと思う。どんな仕事でも初対面の人には簡単に自己紹介をするでしょう。それと同じことをチラシでもやるべきで、やったら反応率が全然違うんです」
出村さんの気づいたチラシのノウハウは、人と人を結びつけるための仕組みであることが話しているとすぐ分かる。
ところが、初対面の人に自己紹介しない職種の一つにマスコミがある。わたし自身も名刺を出して名前の読みが分かりにくいと思うので「とぐちあきらです。観光専門の新聞を造っています」という程度だった。
そして、記事を書くにも確かに自己紹介めいたことはしたことがない。
「ほんとうはそれが必要なはずですよ。颯爽とした記者が自分は小学校3年生までおねしょしてましたとかいってご覧なさいよ。ものすごく相手は親しみがわくと思いますよ」
「何でぼくが小学校3年までおねしょしてたの出村さん知ってるの」
「いや、知りませんけど、多くの人がそうで、共通の体験なんですよ」
なるほど。小学校3年かどうかは別に、確かにかなり年をとってからおねしょをしたことがあり(カミさんが何もいわず布団を干しに出したのが救いであった)、出村さんのおねしょをしたという発言に敏感に反応したのかも知れない。
記者だというと、たいていの人は取材に応じてくれる。外国でも同じ状況だと思う。外国人記者から取材を受けることがあるが、名刺にはジャーナリストと書いてあった。すぐ本題に入るのが当たり前だと思っていた。国際的に自己紹介があまり要らない仕事である。その状態に慣れてしまい、当たり前だと思いこんでいた。
何か大切なことがここ何年もわたしの頭から抜けていたようだ。駆け出しの頃一生懸命自分がやっていることをだれかに説明している自分を思いだしていた。そのころ出会った人たちが、長続きする友達になっているとしたら…。ほんとうに大切なことを忘れてしまっていた。
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初対面なのだが、これまでの自分の仕事とは全く反対のように見える言葉がどんどんでてきて目からウロコが落ちた。
「チラシにどうして店の店長の自己紹介がないのかと思う。どんな仕事でも初対面の人には簡単に自己紹介をするでしょう。それと同じことをチラシでもやるべきで、やったら反応率が全然違うんです」
出村さんの気づいたチラシのノウハウは、人と人を結びつけるための仕組みであることが話しているとすぐ分かる。
ところが、初対面の人に自己紹介しない職種の一つにマスコミがある。わたし自身も名刺を出して名前の読みが分かりにくいと思うので「とぐちあきらです。観光専門の新聞を造っています」という程度だった。
そして、記事を書くにも確かに自己紹介めいたことはしたことがない。
「ほんとうはそれが必要なはずですよ。颯爽とした記者が自分は小学校3年生までおねしょしてましたとかいってご覧なさいよ。ものすごく相手は親しみがわくと思いますよ」
「何でぼくが小学校3年までおねしょしてたの出村さん知ってるの」
「いや、知りませんけど、多くの人がそうで、共通の体験なんですよ」
なるほど。小学校3年かどうかは別に、確かにかなり年をとってからおねしょをしたことがあり(カミさんが何もいわず布団を干しに出したのが救いであった)、出村さんのおねしょをしたという発言に敏感に反応したのかも知れない。
記者だというと、たいていの人は取材に応じてくれる。外国でも同じ状況だと思う。外国人記者から取材を受けることがあるが、名刺にはジャーナリストと書いてあった。すぐ本題に入るのが当たり前だと思っていた。国際的に自己紹介があまり要らない仕事である。その状態に慣れてしまい、当たり前だと思いこんでいた。
何か大切なことがここ何年もわたしの頭から抜けていたようだ。駆け出しの頃一生懸命自分がやっていることをだれかに説明している自分を思いだしていた。そのころ出会った人たちが、長続きする友達になっているとしたら…。ほんとうに大切なことを忘れてしまっていた。
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2005年04月22日
いつの間にか自分が古くなっていた
ライブドアとフジテレビのM&Aの攻防の中で、わたしは全く別のことを考えていた。
10数年前になるが、沖縄の新聞社でもコンピュータ化の波が押し寄せていた。新聞造りには何度も技術革新が起こったが、コンピュータ化の波が最も大きいかも知れない。
かつて、記者が書いた汚い原稿の文字を解読し、活字を拾って文選工が版を組んでいた。それがオフセット印刷の導入で活字が写植に代わる。文選工はいらなくなった。写植オペレータが文選工に取って代わった。文選工の若い人たちは写植を勉強して写植オペレーターになった。
さらにモノクロのオフセット輪転機がカラー輪転機に置き換わる。日本でカラー輪転機を導入した最初の新聞は当時の琉球新報がだったと記憶している。
その後、コンピュータ化で写植オペレーターが要らなくなるのだが、この時は記者が書いた原稿を写植オペレーターがキーボードをたたいてコンピュータに入力した。写植オペレーターがワープロオペレーターになったのだった。
さらに、その後、記者自身がワープロを使って原稿を書くようになる。当時は万年筆で原稿用紙に書いたものとキーボードで書く原稿とは、万年筆の方が文章が練られているとか、格が高いと思われたものだ。
しかし、多くの記者がキーボードで原稿を書くようになったとき、大勢いたワープロオペレーターをクビにすれば新聞社はコストを大幅に削減できるはずであった。組合との対立は先鋭化したが、会社の結論は、記者がワープロで書いた原稿を紙に打ち出して、それを改めてワープロオペレーターがキーボード入力し直し、これをコンピュータに送り込み紙面を組むという信じられないやり方であった。わたしなどはすでに写植オペレーターにはお引き取り願っていたので、何と無駄なことをやっているのかとバカにしたものだ。
中国人が道路工事で機械を使ったら労働者の仕事がなくなるからと、人海戦術で土を運び、一輪車でアスファルトを運び、丸太で道路を固めているのと同じじゃないかと笑っていた。
ところが、いま考えると技術革新で要らなくなった要員をあっさりクビにする現在のの風潮に比べ、当時は何とハートフルな解決をしたのだろうか、と思える。
ちなみに、放送局の原稿のワープロ化は新聞社よりも相当に遅れた。連中は原稿を声に出して読めればよい。原稿が手書きか、ワープロ打ちかなどどうでもいいわけだ。このため、放送メディアのコンテンツのテキスト化は、古めかしいはずの新聞社より数年遅れることになる。
ライブドアには、放送局のインターネットへの取り組みの遅さが、昔、新聞記者がワープロで原稿を書いているのに、改めてオペレーターがキーボード入力しているようにかったるく見えたのだろうと想像する。そのようにわたしは感じていた。
結果として、ライブドアはフジサンケイグループと資本と業務で提携したのであるから、欲しいものを手に入れた。インターネットの技がこれから放送局にどんどん入っていくのは間違いないと思う。
フジサンケイ側の幹部は、コンピュータが新聞造りに進出してきたときの文選工や写植オペレーター、キーボードオペレーターを切る側であった。自分たちがいまそのようなものになったのだと恐れを抱いて、抵抗したり、最後には譲歩したりしたのだ思う。
10数年前になるが、沖縄の新聞社でもコンピュータ化の波が押し寄せていた。新聞造りには何度も技術革新が起こったが、コンピュータ化の波が最も大きいかも知れない。
かつて、記者が書いた汚い原稿の文字を解読し、活字を拾って文選工が版を組んでいた。それがオフセット印刷の導入で活字が写植に代わる。文選工はいらなくなった。写植オペレータが文選工に取って代わった。文選工の若い人たちは写植を勉強して写植オペレーターになった。
さらにモノクロのオフセット輪転機がカラー輪転機に置き換わる。日本でカラー輪転機を導入した最初の新聞は当時の琉球新報がだったと記憶している。
その後、コンピュータ化で写植オペレーターが要らなくなるのだが、この時は記者が書いた原稿を写植オペレーターがキーボードをたたいてコンピュータに入力した。写植オペレーターがワープロオペレーターになったのだった。
さらに、その後、記者自身がワープロを使って原稿を書くようになる。当時は万年筆で原稿用紙に書いたものとキーボードで書く原稿とは、万年筆の方が文章が練られているとか、格が高いと思われたものだ。
しかし、多くの記者がキーボードで原稿を書くようになったとき、大勢いたワープロオペレーターをクビにすれば新聞社はコストを大幅に削減できるはずであった。組合との対立は先鋭化したが、会社の結論は、記者がワープロで書いた原稿を紙に打ち出して、それを改めてワープロオペレーターがキーボード入力し直し、これをコンピュータに送り込み紙面を組むという信じられないやり方であった。わたしなどはすでに写植オペレーターにはお引き取り願っていたので、何と無駄なことをやっているのかとバカにしたものだ。
中国人が道路工事で機械を使ったら労働者の仕事がなくなるからと、人海戦術で土を運び、一輪車でアスファルトを運び、丸太で道路を固めているのと同じじゃないかと笑っていた。
ところが、いま考えると技術革新で要らなくなった要員をあっさりクビにする現在のの風潮に比べ、当時は何とハートフルな解決をしたのだろうか、と思える。
ちなみに、放送局の原稿のワープロ化は新聞社よりも相当に遅れた。連中は原稿を声に出して読めればよい。原稿が手書きか、ワープロ打ちかなどどうでもいいわけだ。このため、放送メディアのコンテンツのテキスト化は、古めかしいはずの新聞社より数年遅れることになる。
ライブドアには、放送局のインターネットへの取り組みの遅さが、昔、新聞記者がワープロで原稿を書いているのに、改めてオペレーターがキーボード入力しているようにかったるく見えたのだろうと想像する。そのようにわたしは感じていた。
結果として、ライブドアはフジサンケイグループと資本と業務で提携したのであるから、欲しいものを手に入れた。インターネットの技がこれから放送局にどんどん入っていくのは間違いないと思う。
フジサンケイ側の幹部は、コンピュータが新聞造りに進出してきたときの文選工や写植オペレーター、キーボードオペレーターを切る側であった。自分たちがいまそのようなものになったのだと恐れを抱いて、抵抗したり、最後には譲歩したりしたのだ思う。
2005年04月22日
ゴールデンウイークは好調だ
国内線全線が2%程度の伸びなのに対し、沖縄線は10%増と好調だ。今年は、愛、地球博で名古屋空港発着便が17%の伸び(ANA)という。それでも沖縄線の好調ぶりが目立つ。
JALは39便の臨時便を出すが、そのうち28便が沖縄線。ANAも70便の臨時便を計画し、うち36便が沖縄路線。
海外は日本発国際線の予約数が前年に比べて6.6%増となっている。
これら数値は航空各社のホームページにもあるが、沖縄線については沖縄支店が集計する数値が別にあり、県内報道機関にその他に配布される。
表のANAの沖縄線には那覇=石垣、宮古の県内線を含む数値である。(県外から沖縄に到着した観光客をカウントすべきなので、県内線の数値は除く必要があるが、まだ(わたしが)集計していない)
また、JALのホームページにある沖縄方面という数値には奄美が含まれる。(この表ではそれを除いてある)
JTAとRACは県内線を含めるともっと大きな数値になるが、県外線だけを集計した。
2005年04月19日
反日デモの現場に琉球を中国に返せというビラ
中国で反日デモの現場に
と書いたビラが落ちていたそうである(「沖縄タイムス」05年4月18日朝刊)。
この反日デモはホントは中国政府へ向けた不満を反日に置き換えてガス抜きをしているのだという考えがあって、わたしもそれに近いのではないかと思うが、それとは直接関係なく、このビラを書いた中国人の感覚について考えたい。
というのも沖縄人が中国に行って
というと、うけがいいという経験を何度かしているのである。この感覚は多くの日本人が分からないだろう。わたし自身も随分あとになって気がついたものだ。(先の新聞記事でビラを見つけて写真を撮った日本人は「えっ? という感じ。参加者数万人の中のたった一人かも知れないが、こう考える人がいることに驚いた」といっている。そしてビラが多くの人の目に触れないように、と回収したという)
もちろん、一般の中国人に琉球といってもどこのことだか分からない。
ここがミソである。
琉球人は相手が分からないといえば、5、600年前の話を持ち出して琉球が中国の冊封を受けていたこと、明治維新まで王国であったこと、沖縄が日本に復帰する際には中国(この時は台湾政府であるが)に復帰よりも独立を求める書面を送った勢力があることなどを説明し、日本と沖縄とは異なるという説明を行うのである。
すると相手も不思議と納得するのである。
台湾ではいまでも沖縄を琉球といっており、台北の空港では沖縄往きの飛行機は「琉球」と掲示板に出る。確か台湾議会は沖縄の日本復帰を認めないと言う決議をしたのではなかったか。それはいまでも生きていると思う。
20年ほど前になるが、当時の西銘順治沖縄県知事がASEAN諸国を訪問した際、わたしも同行取材したことがある。帰りの飛行機が台北経由だったのだが、日本アジア航空とチャイナエアラインのゴタゴタで琉球行きのチャイナエアラインが飛ばず、台北で一泊することになった。台湾と日本の航空会社がそれぞれ同じ席数を飛ばす協定なのに、チャイナエアラインが提供席数を著しくオーバーした協定違反の罰則として、たまたま知事が乗るチャイナエアラインの飛行が差し止められた。
この時、台湾で琉球とのパイプ役となっていた方治先生が
「歓迎、琉球政府主席」
として酒宴を開いてくれたものだ。
琉球が沖縄県であるといっているのは日本政府の勝手な言い分、という認識だと思う。最近はそのようなことをわざわざ言う人は少なくなったが、5000年の歴史のある国である。いまはたまたま琉球は日本になっているだけ、という感覚は確かにある。それをいまでも沖縄の人はしたたかに活用している。
この「琉球」という国のようなイメージは中国でも台湾でも政府には説明抜きで通用する。アメリカもかつて日米修好条約を結ぶ前に、琉米修好条約を結んだのであった。東アジアで沖縄は面白いポジションを占めていると思う。
「琉球を中国に返せ」
と書いたビラが落ちていたそうである(「沖縄タイムス」05年4月18日朝刊)。
この反日デモはホントは中国政府へ向けた不満を反日に置き換えてガス抜きをしているのだという考えがあって、わたしもそれに近いのではないかと思うが、それとは直接関係なく、このビラを書いた中国人の感覚について考えたい。
というのも沖縄人が中国に行って
「われわれは琉球人である」
というと、うけがいいという経験を何度かしているのである。この感覚は多くの日本人が分からないだろう。わたし自身も随分あとになって気がついたものだ。(先の新聞記事でビラを見つけて写真を撮った日本人は「えっ? という感じ。参加者数万人の中のたった一人かも知れないが、こう考える人がいることに驚いた」といっている。そしてビラが多くの人の目に触れないように、と回収したという)
もちろん、一般の中国人に琉球といってもどこのことだか分からない。
ここがミソである。
琉球人は相手が分からないといえば、5、600年前の話を持ち出して琉球が中国の冊封を受けていたこと、明治維新まで王国であったこと、沖縄が日本に復帰する際には中国(この時は台湾政府であるが)に復帰よりも独立を求める書面を送った勢力があることなどを説明し、日本と沖縄とは異なるという説明を行うのである。
すると相手も不思議と納得するのである。
台湾ではいまでも沖縄を琉球といっており、台北の空港では沖縄往きの飛行機は「琉球」と掲示板に出る。確か台湾議会は沖縄の日本復帰を認めないと言う決議をしたのではなかったか。それはいまでも生きていると思う。
20年ほど前になるが、当時の西銘順治沖縄県知事がASEAN諸国を訪問した際、わたしも同行取材したことがある。帰りの飛行機が台北経由だったのだが、日本アジア航空とチャイナエアラインのゴタゴタで琉球行きのチャイナエアラインが飛ばず、台北で一泊することになった。台湾と日本の航空会社がそれぞれ同じ席数を飛ばす協定なのに、チャイナエアラインが提供席数を著しくオーバーした協定違反の罰則として、たまたま知事が乗るチャイナエアラインの飛行が差し止められた。
この時、台湾で琉球とのパイプ役となっていた方治先生が
「歓迎、琉球政府主席」
として酒宴を開いてくれたものだ。
琉球が沖縄県であるといっているのは日本政府の勝手な言い分、という認識だと思う。最近はそのようなことをわざわざ言う人は少なくなったが、5000年の歴史のある国である。いまはたまたま琉球は日本になっているだけ、という感覚は確かにある。それをいまでも沖縄の人はしたたかに活用している。
この「琉球」という国のようなイメージは中国でも台湾でも政府には説明抜きで通用する。アメリカもかつて日米修好条約を結ぶ前に、琉米修好条約を結んだのであった。東アジアで沖縄は面白いポジションを占めていると思う。
2005年04月18日
観光に科学の光を当てよう 工学部の発想が必要だ
観光情報学会第2回全国大会が5月16日、リザンで開かれる。次の文章はその大会を盛り上げようと「おきなわ観光情報学研究会」のメーリングリストに掲載したものだ。わたしの観光に関するスタンスを示したものです。ぜひお読下さい。==================
「いままでの観光学は科学ではなかった」
観光情報学会の会長大内東・北大大学院教授は沖縄で観光情報学会の設立を呼びかける集まりで、三年前にこのように述べた。
わたしは大学卒業と同時に沖縄観光速報社で観光専門の新聞をつくる仕事をしているが、その時から感じていたことをズバリ言ってもらったと思った。これを聞いて退席する観光学者がいたのであるが、仕方がない。工学部で電子工学を学び、大学院ではプラズマの研究をしていたわたしは、工学的な発想で観光産業を捉えるとどんなことが明らかになるのだろうかと二十年にわたってデータ集めていた。
科学が最も大切にするのはいま目の前で起こっていることを精密に調べることである。その後、それらを合理的に説明する理論を構築することである。このデータ集めという過程でこれまで優に延べ一万人を越える人たちにインタビューしただろう。酒を飲む友人もたくさん出来た。観光事業の現場で起こっていることそのものが唯一の事実であり科学の対象である。これを正しく理解し、分析することがホンモノの観光科学の始まりであると信じる。
ところが、当時の観光学の先生達は根拠不明のご自身の理想のようなものを描いて、現状をあまり調べないまま、沖縄観光は未熟であるなどと主張するものが多かった。
実験また実験でデータをそろえる工学部のやり方からすると、全く科学ではなかったが、わたしの発言は観光学者には届かなかった。とにかくデータを集めることばかりに専念していたら、いつの間にか数学を忘れ、観光を科学にしようという最初の志すらどこかに行ってしまうところであった。
そこに「観光を科学にしよう」という呼びかけである。「工学部の先生方、来るのが遅かった。わたしは一人で寂しかったよ」と大内先生の呼びかけに応じたのが、わたしと観光情報学会のつながりである。琉球大学工学部には観光についての知識は少ないが、研究の方向性さえ気がつけばどんどん成果が出せる体制が整っており、遠藤聡志教授が中心になって「おきなわ観光情報学研究会」が組織され、呼びかけから二年で二十本を越えるさまざまな論文が出てきている。わたしも奮発してこれまで集めたデータを体系化し昨年「沖縄観光成長の法則」というレポートをまとめた。これは観研メンバーとのメールのやり取りを通じていくつものヒントを得、経済学の常識程度の勉強をやり直してまとめたものだ。工学部の実験では当たり前の手法を観光産業に応用したものだが、工学部や金融機関、経済学者から良い反応をいただいている。最近になってこの法則は海外でも通用しているらしいことが分かり始めた。
観光情報学の研究分野はこれからますます拡大して行き、実証実験に基づくしっかりした論文がどんどんでてくると思う。いまはまだ手探りで研究が進められているようだが、ここ数年で実用に耐える成果がいくつも出てくると予想できる。多くの観光事業者が学会に参加して、現場からのニーズと目の前で起こっていることを研究者に伝えて欲しいと思う。面白い成果が続出し、世界中から注目されるようになると思う。
====================================
なお、観光情報学会のURLは
http://www.sti-jpn.org/
大会プログラムと発表予定レポートのタイトル(何と今日現在31本)があります。
論文発表の他、データと地域観光、風評被害、電子マネーに関するパネルディスカッション、各地の研究会の報告、特別講演、懇親会を開催します。ぜひこちらにもお出かけ下さい。
2005年04月18日
辺野古は最初から無理だった
以下は吉元政矩氏が主催するシンクタンク沖縄21戦略フォーラムのメールマガジン「天妃ドットコム・メールマガジン」(3月18日発行)に寄稿したわたしの文章である。吉元氏は90年代初頭に米軍基地の2015年までの完全な撤退を予想していた。米軍基地返還後の沖縄の再開発のアイデアコンペなどをすでに実施していた。吉元氏が副知事を辞めてから、何度か氏を囲んで酒を飲み、どのような思考回路で90年代初頭に今日を予測できたのかその片鱗に触れようとわたしは試みていた。膨大な情報を縦横に駆使して将来を見通しておられるように感じた。
それとは別に、基地問題についてのわたしの考えは、(1)「日米安全保障同盟への提言」(リチャード・L・アーミテージ共同議長、ハロルド・ブラウン共同議長、97年)を徹底的に読み込むことから出発して、(2)実際にアーミテージに会ってディスカッションした内容とその時の感触(99年暮れ)、(3)アーミテージレポート(00年10月)、(4)軍事アナリストの神浦元彰氏とのメールのやり取りとその後の沖縄での講演会(02年9月)で組み立てられている。特にアーミテージ氏のわたしのインタビューでの「沖縄基地に長居はしない。アジアが安定したら出ていく」という発言は重要で、その意味をわたしに教えたのは神浦氏である。
基地問題についてわたしの発言はいくつもあるが、下はその中で最も短く、コンパクトにまとまっているので再掲する。修正はしていない。最近になって辺野古はもうできないとする県幹部の発言があるが、最初から無理だったのだ。いま、この通りにコトは進んでいると思う。
●●辺野古はやめろという小泉首相…渡久地明●●
米軍のトランスフォーメーションに伴う沖縄基地削減の動きが急に見える。
しかし、それらは随分前から予想されたことであり、いまはそれが実現する
手前の状態だといえよう。政府は6月に辺野古断念を発表するという、うわ
さを3月はじめに筆者も聞いていたが、6月を待たずに小泉首相が「辺野古
は無理なんだろ、やめろやめろ」といったというニュースがでている。
この間の流れは、北朝鮮に戦闘能力も脅威もないことを米は見通して、南
北の国境から撤退。崩壊後の北朝鮮再開発に向けてワールドカップサッカー
や韓流なる奇怪なブームを起こして、日韓が協力して資金を出し合える環境
を整えている、と読むべきだ。
中国と台湾の衝突が話題に上るが、沖縄にいたら中台の交流がどれほど活
発か知っている。台湾の修学旅行生は中国の奥深くまで入っているし、中国
の経済発展は台湾資本なくしてはあり得ないことが身近に分かる。互いに衝
突するぞと言っていれば、それぞれ軍需産業を拡大したり、国際的な発言力
を増すことができるなどプラスがあるのだ。それを利用して米も軍隊を維持
することができる。
中台危機はこのように使われる。
日本も憲法改正や米のミサイル防衛への資金協力など、この状況を使って
いる。沖縄からの米軍撤退は県民の負担を軽減するためと大義名分が立てら
れるが、実際には有事法制などで米軍が日本中の飛行場を有事の際に使える
ようになったり、自衛隊が米軍と共に行動することが「想定」できるように
なったりしているから、不要になったのだ。
こうして沖縄は日本の米追従策に利用されているのに、辺野古断念や普天
間返還を歓迎する様子から沖縄もそれに乗っているように見えるところに不
審を抱かれるスキがある。
しかし、これから返還軍用地の再開発を大がかりに行う必要がある。その
ため、またまた沖縄ブームを造らなければならない…。つくづく沖縄という
ところは面白いことが計画できる地域であると思う。
それとは別に、基地問題についてのわたしの考えは、(1)「日米安全保障同盟への提言」(リチャード・L・アーミテージ共同議長、ハロルド・ブラウン共同議長、97年)を徹底的に読み込むことから出発して、(2)実際にアーミテージに会ってディスカッションした内容とその時の感触(99年暮れ)、(3)アーミテージレポート(00年10月)、(4)軍事アナリストの神浦元彰氏とのメールのやり取りとその後の沖縄での講演会(02年9月)で組み立てられている。特にアーミテージ氏のわたしのインタビューでの「沖縄基地に長居はしない。アジアが安定したら出ていく」という発言は重要で、その意味をわたしに教えたのは神浦氏である。
基地問題についてわたしの発言はいくつもあるが、下はその中で最も短く、コンパクトにまとまっているので再掲する。修正はしていない。最近になって辺野古はもうできないとする県幹部の発言があるが、最初から無理だったのだ。いま、この通りにコトは進んでいると思う。
●●辺野古はやめろという小泉首相…渡久地明●●
米軍のトランスフォーメーションに伴う沖縄基地削減の動きが急に見える。
しかし、それらは随分前から予想されたことであり、いまはそれが実現する
手前の状態だといえよう。政府は6月に辺野古断念を発表するという、うわ
さを3月はじめに筆者も聞いていたが、6月を待たずに小泉首相が「辺野古
は無理なんだろ、やめろやめろ」といったというニュースがでている。
この間の流れは、北朝鮮に戦闘能力も脅威もないことを米は見通して、南
北の国境から撤退。崩壊後の北朝鮮再開発に向けてワールドカップサッカー
や韓流なる奇怪なブームを起こして、日韓が協力して資金を出し合える環境
を整えている、と読むべきだ。
中国と台湾の衝突が話題に上るが、沖縄にいたら中台の交流がどれほど活
発か知っている。台湾の修学旅行生は中国の奥深くまで入っているし、中国
の経済発展は台湾資本なくしてはあり得ないことが身近に分かる。互いに衝
突するぞと言っていれば、それぞれ軍需産業を拡大したり、国際的な発言力
を増すことができるなどプラスがあるのだ。それを利用して米も軍隊を維持
することができる。
中台危機はこのように使われる。
日本も憲法改正や米のミサイル防衛への資金協力など、この状況を使って
いる。沖縄からの米軍撤退は県民の負担を軽減するためと大義名分が立てら
れるが、実際には有事法制などで米軍が日本中の飛行場を有事の際に使える
ようになったり、自衛隊が米軍と共に行動することが「想定」できるように
なったりしているから、不要になったのだ。
こうして沖縄は日本の米追従策に利用されているのに、辺野古断念や普天
間返還を歓迎する様子から沖縄もそれに乗っているように見えるところに不
審を抱かれるスキがある。
しかし、これから返還軍用地の再開発を大がかりに行う必要がある。その
ため、またまた沖縄ブームを造らなければならない…。つくづく沖縄という
ところは面白いことが計画できる地域であると思う。
2005年04月18日
巨大開発の動き
近くのスーパーでビールを買ってレジに並んでいたら汚いカッコでわたしのとなりに並ぶ奴がいて、なるべく見ない振りをしていたのだが、お釣りをもらうついでによく見てみたら、何と古い友達であった。
「やあYさん。この辺に住んでたの」
「おお、渡久地明。3ヶ月前からそこのアパートに住んでるよ。明日の朝飯を買いに来た」
「それは気がつかなかった。ぼくは今日の夜メシを買ったところだ。ところでもうかる話しはどうなったの…」
2、3ヶ月前に会ったときは大きな仕事が舞い込みそうだとわたしに言っていたのを思い出して、話しを聞いたら、
米大手企業グループからン百億円の投資が得られることになり、事務所もオープンした。近くそこで働くことになる、そうだ。
このような話しはときどき耳にする。わたしが聞いた話しで最も大きいのは97年頃だったか
米の金持ちクラブの面々が沖縄で7兆円の投資を計画している。事務所は旧ヒルトンホテルの隣にある三角屋根の建物を使う予定だ。米ドル札に三角屋根の建物の絵があるだろう。あれは秘密結社のマークである。そのグループが出てくる。
滑走路4本、東海岸を埋め立て沖縄の地図が変わるくらいの大計画である。土砂は中国から運ぶ。リゾートを中心に大型開発となる。ところが話しが大きすぎて、理解できる人がいない。渡久地明なら分かるだろう。
というものだ。こういう話しはわたしは大好きなので、そのグループのKさんと接触を続けたら、プロジェクトの広報を担当して欲しいと言うことになり、もう少しで印刷物をつくるところだったが、途中で立ち消えになった。理由は分からない。追求もしなかった。
面白いのは知り合いのTさんにこの話しをしたら、わたし同様面白がり、Kさんを連れておいでということになって、Tさんの2億円の豪邸にKさんを連れていっときのことだ。
一通り話しを聞いたTさんは
「7兆円ですか。十分可能なプロジェクトですよ。そのくらい若い人たちが集まったらアメリカから引き出せますよ。わたしも1兆円付けます」
ともちろん、まじめな顔で言ったものである。
Tさんにはもともと米大手資本家と組んで沖縄を開発しようとした実績がある(そのうちこのブログで改めていきさつを公開する予定だ。わたしはTさんと一緒にニューヨークまで行って来た)。すんなり話しが通用するのでKさんも驚いていたが、無理もない。
というわけでン百億円、ン千億円の話しには慣れている(見たことないけど)ので、冒頭のYさんの話しもまるっきり根も葉もないものだとは思わない。
実際、ゴールドマンサックスの子会社がアリビラの土地・建物を買い取り(まだ足りないそうである)、カジノオーストリア社が千億円規模の投資を計画したり、西海岸に30年来持ち続けていた山を化粧品のM社が売却したりという確かな話しも身近に聞いている。マリオット、DFSが沖縄に進出しているのには、当然世界戦略がある。
何か沖縄で起ころうとしている(想像は出来るけど)のが、肌で感じられるのである。
「やあYさん。この辺に住んでたの」
「おお、渡久地明。3ヶ月前からそこのアパートに住んでるよ。明日の朝飯を買いに来た」
「それは気がつかなかった。ぼくは今日の夜メシを買ったところだ。ところでもうかる話しはどうなったの…」
2、3ヶ月前に会ったときは大きな仕事が舞い込みそうだとわたしに言っていたのを思い出して、話しを聞いたら、
米大手企業グループからン百億円の投資が得られることになり、事務所もオープンした。近くそこで働くことになる、そうだ。
このような話しはときどき耳にする。わたしが聞いた話しで最も大きいのは97年頃だったか
米の金持ちクラブの面々が沖縄で7兆円の投資を計画している。事務所は旧ヒルトンホテルの隣にある三角屋根の建物を使う予定だ。米ドル札に三角屋根の建物の絵があるだろう。あれは秘密結社のマークである。そのグループが出てくる。
滑走路4本、東海岸を埋め立て沖縄の地図が変わるくらいの大計画である。土砂は中国から運ぶ。リゾートを中心に大型開発となる。ところが話しが大きすぎて、理解できる人がいない。渡久地明なら分かるだろう。
というものだ。こういう話しはわたしは大好きなので、そのグループのKさんと接触を続けたら、プロジェクトの広報を担当して欲しいと言うことになり、もう少しで印刷物をつくるところだったが、途中で立ち消えになった。理由は分からない。追求もしなかった。
面白いのは知り合いのTさんにこの話しをしたら、わたし同様面白がり、Kさんを連れておいでということになって、Tさんの2億円の豪邸にKさんを連れていっときのことだ。
一通り話しを聞いたTさんは
「7兆円ですか。十分可能なプロジェクトですよ。そのくらい若い人たちが集まったらアメリカから引き出せますよ。わたしも1兆円付けます」
ともちろん、まじめな顔で言ったものである。
Tさんにはもともと米大手資本家と組んで沖縄を開発しようとした実績がある(そのうちこのブログで改めていきさつを公開する予定だ。わたしはTさんと一緒にニューヨークまで行って来た)。すんなり話しが通用するのでKさんも驚いていたが、無理もない。
というわけでン百億円、ン千億円の話しには慣れている(見たことないけど)ので、冒頭のYさんの話しもまるっきり根も葉もないものだとは思わない。
実際、ゴールドマンサックスの子会社がアリビラの土地・建物を買い取り(まだ足りないそうである)、カジノオーストリア社が千億円規模の投資を計画したり、西海岸に30年来持ち続けていた山を化粧品のM社が売却したりという確かな話しも身近に聞いている。マリオット、DFSが沖縄に進出しているのには、当然世界戦略がある。
何か沖縄で起ころうとしている(想像は出来るけど)のが、肌で感じられるのである。
2005年04月17日
返還軍用地に大型公共投資は向かないというムードがあるのか
浦添ようどれに用があってバスに乗ったら、途中でなつかしい人が乗ってきた。
「Hさん、お久しぶり」
というと
「やあ、渡久地さん。長続きしてますね。変わりはないですか、名刺を下さい」
「同じ仕事です。浦添ようどれを見に行くところです。Hさんは? ぼくにも名刺ちょうだい」
「同じですよ。宜野湾市で基地跡利用の会議があるので」
「ぼくも数年前に南西地域活性化センターの調査で基地の跡利用について研究したことがありますが、その流れですか」
「それとは違うと思います」
「ガンガン大型公共投資を入れて下さい」
「いや、ぼくはそういうのはきらいです」
「…」
という会話があってなんだか暗い気持ちになってしまった。Hさんはあるシンクタンクの代表で沖縄では知識人の一人だろう。若い頃、ときどき飲む機会があって、優秀な人だなあと思っていた。
それから20年。随分、ものの考えに開きが出てきてしまった。変わったのは私の方である。経済学の知識が全くないのに、数年前まで構造改革の尻馬に乗った発言をしていた時期があり、いま明快にそれが間違いだったと反省し、恥じているのだ。
バブル崩壊後の不況脱出に政府は手を尽くしてきたが、解決策としては積極財政、減税、金融緩和、構造改革などがある。これらの全部を混ぜた総合的な政策が不況脱出のカギとなるが、構造改革だけがクローズアップされ、結果的に無駄を省けと言う風潮と相俟って景気はかえって落ち込み続けることになる。この間の細かい経済学的なからくりはおいおい述べるとして、県内知識人の間に
「返還軍用地への大型投資はいやだ」
というムードがあるとしたら、大変なことであると思う。実際、00年3月に私も執筆してまとめた当時の基地跡利用に関する報告書では、大型公共投資でなく、20年とか30年の時間をかけて徐々に再開発をすすめようという結論になっている。
当時の委員長も悩んだ末に「大型公共投資はやめよう」という結論だった。私もそれに賛成してしまい、いま不明を恥じるばかりだ。いまなら、何も悩まないで大型公共投資を入れるべきと主張する。
「普天間返還は日本中のどこでも手に入れることが出来ない規模であり、せっかくの大きな土地を細切れに再開発するのではなく、丸ごと全部活用できるような大がかりな開発を行うべき」
と主張し直して、あのときの報告書の結論は間違いであると宣言したい。
もし、返還軍用地の跡利用計画で大型公共投資を入れるべきではないというムードが主導されているとしたら、これほど間違った経済政策はない。議論は広く公開されるべきだ。そのためにインターネットがある。
「Hさん、お久しぶり」
というと
「やあ、渡久地さん。長続きしてますね。変わりはないですか、名刺を下さい」
「同じ仕事です。浦添ようどれを見に行くところです。Hさんは? ぼくにも名刺ちょうだい」
「同じですよ。宜野湾市で基地跡利用の会議があるので」
「ぼくも数年前に南西地域活性化センターの調査で基地の跡利用について研究したことがありますが、その流れですか」
「それとは違うと思います」
「ガンガン大型公共投資を入れて下さい」
「いや、ぼくはそういうのはきらいです」
「…」
という会話があってなんだか暗い気持ちになってしまった。Hさんはあるシンクタンクの代表で沖縄では知識人の一人だろう。若い頃、ときどき飲む機会があって、優秀な人だなあと思っていた。
それから20年。随分、ものの考えに開きが出てきてしまった。変わったのは私の方である。経済学の知識が全くないのに、数年前まで構造改革の尻馬に乗った発言をしていた時期があり、いま明快にそれが間違いだったと反省し、恥じているのだ。
バブル崩壊後の不況脱出に政府は手を尽くしてきたが、解決策としては積極財政、減税、金融緩和、構造改革などがある。これらの全部を混ぜた総合的な政策が不況脱出のカギとなるが、構造改革だけがクローズアップされ、結果的に無駄を省けと言う風潮と相俟って景気はかえって落ち込み続けることになる。この間の細かい経済学的なからくりはおいおい述べるとして、県内知識人の間に
「返還軍用地への大型投資はいやだ」
というムードがあるとしたら、大変なことであると思う。実際、00年3月に私も執筆してまとめた当時の基地跡利用に関する報告書では、大型公共投資でなく、20年とか30年の時間をかけて徐々に再開発をすすめようという結論になっている。
当時の委員長も悩んだ末に「大型公共投資はやめよう」という結論だった。私もそれに賛成してしまい、いま不明を恥じるばかりだ。いまなら、何も悩まないで大型公共投資を入れるべきと主張する。
「普天間返還は日本中のどこでも手に入れることが出来ない規模であり、せっかくの大きな土地を細切れに再開発するのではなく、丸ごと全部活用できるような大がかりな開発を行うべき」
と主張し直して、あのときの報告書の結論は間違いであると宣言したい。
もし、返還軍用地の跡利用計画で大型公共投資を入れるべきではないというムードが主導されているとしたら、これほど間違った経済政策はない。議論は広く公開されるべきだ。そのためにインターネットがある。
2005年04月15日
価格が安いのは需要が足りないから
観光客は増えているのに売上が上がらないという傾向は過去何度か
あった。
80年代前半には価格競争が激化して、この時も二泊三日2万9,800円の
ツアーが話題になった。
この時は、価格競争が起こったにもかかわらず、観光客数はそれほど
増えなかった。
90年代前半のホテル界業ラッシュでも同じことが起こっている。
続々新設ホテルがオープンしたが、湾岸戦争のあとの超円高で
海外旅行人気が高まり、沖縄は伸び悩んだ。
再び価格競争が起こる。
最近も同じ傾向にあり、県内日刊紙は観光産業は生産性が低いとか、
豊作貧乏と書き立てている。
表面的にはそのように見えるが、実際には何がそうさせているのだろう。
まず、低価格商品が話題になるが、これは日本人の観光の時期に
季節変動があるのでピーク時に高くなり、オフ期に安くなるのは
需要と供給の経済学が示す通りの当たり前の現象である。
季節変動があるのでピーク時に高くなり、オフ期に安くなるのは
需要と供給の経済学が示す通りの当たり前の現象である。
需要が少ないときには価格を下げ、需要を喚起しなければならない。
一方、需要が旺盛な夏場は供給が追いつかない分、価格を上げて
需要を制限しているわけだ。
需要を制限しているわけだ。
だから、いま客室料金が5,000円で安すぎるというのは表面的なものの
見方にすぎない。
見方にすぎない。
これに対してビジネスホテルが年中一定価格で例えば六千円の室料を
設定している。
設定している。
つまり、六千円の客室なのである。
ところが総合ホテルは最初から一万五千円の客室をつくってあり、
オフ期には五千円に下がっているだけだから、客室のグレードは
ビジネスホテルよりはるかに高い。
オフ期には五千円に下がっているだけだから、客室のグレードは
ビジネスホテルよりはるかに高い。
宿泊客にとって相当な割安感があることになる。
これを区別しないで豊作貧乏と決めつけるのは間違いだろう。
また、総合ホテルは内容を説明した上で価格を提示した方がよい。
ネット販売での価格競争で、価格だけで勝負してはいけないと思う。
より本質的には、オフの需要を喚起することによって5,000円の客室を
6,000円、7,000円で売れるようにすることを考えるべきだ。
6,000円、7,000円で売れるようにすることを考えるべきだ。
20年前の観光業界はこの当たり前の政策で動いていたが、最近は
ヘンである。
ヘンである。
とにかくオフ期だから価格を下げるという形式的な価格設定になっている
ように見える。
ように見える。
経験者がだんだんいなくなってきたのだと思う。
もっと奧には日本のデフレの影響がある。
構造改革で公共工事が沖縄でも激減しているが、少なくとも前年より
1、2%でも増えているという政策がとられていれば、観光産業の売上は
そのまま県民所得の底上げにつながっていたはずである。
いまの状態は公共工事が減った分を観光産業が穴埋めして
全体としてプラスマイナスゼロか、わずかなプラスでしかない。
全体としてプラスマイナスゼロか、わずかなプラスでしかない。
失業率は改善せず、県民所得も低いままで構造だけ変わる
ということになる。
美しい国土をつくるための優れた土木・建築技術の継承が
出来ず、生産性は毀損される。
フタを開けてみれば観光産業のエキスパートもどんどんいなくなり、
かえって産業全体が衰退の方向に向かうことになる。
かえって産業全体が衰退の方向に向かうことになる。






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