2005年05月31日

琉球大学工学部で成長の法則を講義

今日は工学部で産業組織原論(だったかな)の授業があり、1時間半「沖縄観光成長の法則」を講義した。2、3年前からこの時期、一コマ担当している。(他に共通教育科目で2コマ、経済学で1コマ持っている)



学生の反応で面白いのは、業界で長年頑張ってきた人たちと異なり、成長の法則を最初から当たり前として捉えることである。



しかも工学部だから、指数関数や対数グラフについて説明するという無駄な体力がいらない。



そこで、なぜこのように伸びることが出来たかと聞いたら手を挙げて



「●●だから」



と答える学生があり



「セーカイッ!」



と気持ちよく話が進むわけである。(ちょっと拍子抜けであるが)



沖縄の実例、ハワイの実例を示し、何まだ足りない? もっと必要ならラスベガスを見せよう。



まだ足りないか、では、これが、













世界だ
















といって世界を分析して見せたら、さすがに目を見開いていたようだが…



沖縄観光成長の法則は過去30年間の沖縄観光を掘りさげて分析し、それを近隣諸国や世界に拡張できる。過去30年間のタイムスリップと世界旅行が同時に出来、スリルとサスペンスに富む、純粋天然100%オリジナルのジェットコースター映画の面白さなのである。


  
Posted by 渡久地明 at 19:23Comments(0)TrackBack(0)

2005年05月28日

戦後60年、復帰33年、酉の年

5月15日は復帰33周年だったが、観光情報学会の準備に没頭していて、何も感想を持たなかった。

復帰10周年、20周年は全国紙の取材チームを案内したりしたが、30周年はあまり盛り上がらなかった。それでも、自分の新聞の紙面は工夫した。

33周年の今年はほとんど何も意識しなかったのだが、昨日たまたま公認会計士の先生に出くわしたら、

戦後60年、復帰33年、酉年

は意味のある年である、と、こんこんと自説を展開しておられた。



復帰前、沖縄は米国の信託統治下であり、日本の法律とは異なる法の元に成り立っていた。

ドルが通用しており、関税はなく、全県フリーゾーンであった。日本に行くには琉球政府のパスポートを使った。

自動車運転免許も車を走らせることができれば簡単にとれた。学校の先生も、弁護士も日本の資格試験とは別に免許を受けた。

糸満のウミンチュには船舶の試験などを受けさせたらほとんど落ちるはずであるが(字を書けなかったり読めない人がかなりいたのである)、現実に何十年も船を操っているのであるから、復帰後、免許を出さないわけには行かないから、全部に免許を出した。教師も弁護士もそのまま日本の資格と同じ扱いを受けることになる。

米国統治時代のあらゆる免許、許認可をたとえ日本の免許とは異なるやり方であったとしても、著しく異なる場合を除いて、日本の同等の免許に書き換えることになった。そして、日本とは異なるやり方で米が免許したことや処分に対し、米は責任を負わないこととされる。

これが復帰特別措置法と日米返還協定の取り決めである。

復帰による世の中の激変を緩和するための法律に、観光戻税制度というのがつい最近まであった。2002年に廃止となったが、復帰前の沖縄でウイスキーなどが免税で買え、土産品として人気があったことから、観光客に限って(実際には沖縄から出域する人全員)関税や酒税、消費税などを空港や港で払い戻すというものだ。指定8品目について復帰後30年にわたって観光戻税制度が存在していたのは重要である。政府は県内の洋酒輸入業者に対してそのくらいの補償をしたのだった。

一方、上でさらりと書いたが、日本の資格とは「著しく異なるものを除いて」、他は免許を受けたが、「除かれた」ものはどうなったか。実際除かれたものがあったのだろうか。

ある。

そして、驚いたことに著しく異なるとして除かれた人たちに対する取扱が特別措置や日米返還協定にはないのだ。

多くの人たちが泣き寝入りしている。

その中で最も象徴的な事例が、復帰前、米から免許を受けていた「沖縄航空」の問題である。実際に石垣を拠点に沖縄航空は当時の南西航空と張り合って空を飛んでいた。免許のカテゴリーは米のエアタクシーである。

復帰後も沖縄航空は営業を続けていたが、免許の書き換えに運輸省が応じず、飛べなくなってしまったのである。

代表の宮良正啓氏はこの時以来、30年にわたって政府を相手にあらゆる手を尽くして処分(免許を更新しないという処分)の取消を求めてきた。しかし、なんだかんだと言い逃れる政府の対応はお粗末であったが、裁判所が日米返還協定にまで踏み込む根性などなく、宮良氏を政府にたてつく変な人としてイメージをつくることで逃げ切ろうとしている。

しかし、正義は宮良氏にある。宮良氏はあきらめていないぞ。政府はまだ逃げ切っていない。

復帰処理はまだ終わっていない。宮良氏こそが戦後の沖縄で航空機の国籍がとれなかったのをワシントンまで出向いて、掛け合い、相手を完全に説得して許可を取り、沖縄の航空業界をきりひらいたホンモノのパイオニアである。なんたるぶざまな処遇をわが国は宮良氏に行ってきたことか。大正10年生まれの宮良氏は今年84歳である。  
Posted by 渡久地明 at 09:47Comments(0)TrackBack(0)

2005年05月26日

新社屋で

消えたHPにコメントをもらっている。もっとどんどん書き込んで欲しい。わたしも取材をすすめているぞ。

今日はその話ではなく、沖縄の新聞社2社が新社屋に移っている話。

沖縄の日刊紙2社がそれぞれ新社屋に引っ越している。

昔は両社の編集局によく出入りしていたものだが、最近は遠くなったし、知り合いもどんどんいなくなったので足が遠のいている。

で、新報に行くと、編集局に入れないのだ。受付の素っ気ない女性がちょっと待てと言い、誰に会いに行くのかいえ、という。

いけば誰か知り合いがいるだろうと思っているから、約束などしていないので

「別に約束してないけど、政経部長誰だっけ」

「○○です」

「じゃ電話してよ。いなければ政経部だったら誰でもいいよ」

「いま、夕刊の締切で誰もいないと言ってます」

「あ、そう。じゃ、書類を預ける」

といって、帰る前に出先にいるであろう知り合いの記者にケータイで

「受け取ってね」

という電話をしたら、何とその記者はいるじゃないか。

「いま降りていきます」

いつの間にか、警備強化でこんなことになっているのだが、受付のお姉さんには「何だおまえは」といっておいた。

昔、

わたしはつるはしを持って新報の編集局に乗り込んだことがある。もちろんノーガードであった。…長くなりそうなので、その話は別にしよう。

一方のタイムスは、新報のように入口で止められることはなく、編集局まで行けば、知り合いは多いので誰かが対応してくれる(わたしがちゃんと名前を覚えていないだけである)。このくらいの気楽さが新聞社にはあっていいのではないか。

え、何しにいったかというと、琉球大学の遠藤教授と一緒に、先日の観光情報学会の大きな取扱に対するお礼の挨拶だ。こんなのはいちいちだれかにアポを取る筋合いではないだろう。
  
Posted by 渡久地明 at 18:06Comments(0)TrackBack(0)

2005年05月25日

一人当たり観光消費のドル換算

また、変なものを見つけた。

昨年の観光消費額が復帰後2番目に低い額になったという新聞報道だが(この会見には私も出ていたが)、一人当たり観光消費額をドルに換算して、円ドルレートを横軸に、縦軸にドルベース消費額を取ると指数近似がよく合う(特に統計方法を変更した00年より前。R^2=0.955)。

これは何だろう。

当然、消費額はドル換算すれば復帰後2番目に低い数値ではない。
  
Posted by 渡久地明 at 21:41Comments(0)TrackBack(0)

2005年05月24日

谷本信 それだ

日本インペリアルミルトスの記事にコメントをいただいた。ありがとう。

同社社長の名前を思い出したらここに上げると約束していた。

谷口のような名前だったと思いだそうとしていたが

谷本信

それだ。4月に社長の名前を元にググッた時の記憶が甦る。(同姓同名をググッていた可能性が出てきました、表現を改めます。24日、13:00)

受け入れた連中は「検索したらいっぱい出てきますよ。ホンモノですよ」といっていたものだ。

(3行削除)

わたしもこのコメントをくれた人に近い話を聞いていて、この会社にだまされて入社した人の話を直接聞いているであろうことが分かる。

また、同じ手を使おうとしている奴らもいるのか。なるほど。
  
Posted by 渡久地明 at 08:51Comments(3)TrackBack(0)

2005年05月22日

観光・基地・積極財政

BODY:
本日の新報・タイムスは米軍普天間基地のヘリ部隊を嘉手納に統合し、空中給油機は岩国(山口県)に、P3C哨戒機は鹿屋(鹿児島県)に移す案で米と最終調整に入る、というものだ。



関連して自民党沖縄県連に招かれて講演した山崎拓氏が普天間移設「必ず前進」と明言した記事である。



沖縄の負担を減らすという政府の取り組みが強調されている。



普天間基地問題はいろんなところで書いたが、基本的には沖縄の負担軽減というのは表向きの理由で、本当は沖縄基地の役割が終わりつつあると云うところだ。役割が終わって米が撤退するのだが、タダで撤退するよりも「沖縄県民の負担を減らす」とでも言っておく方が何かと便利なだけである。



役割が終わったらとは何か。「沖縄基地に長居はしない。アジアが安定したら出ていく」と1999年暮れ、わたしのインタビューに対してアーミテージ氏が応じたのがヒントになる。



この時、アジアの安定とは朝鮮半島、台湾海峡、中東まで含めたアジアかと思い、道のりは長いのか短いのか図りかね、それでも「長居をしない」という部分に期待していた(99年12月、インタビューは下)。



http://www.sokuhou.co.jp/backno/560.html#t1



しかし、ほぼ一年後、そのインタビューをインターネットで見つけた軍事ジャーナリストの href="http://www.kamiura.com/index.html#MENU">神浦元彰さんが「アジアの安定とは北朝鮮の崩壊のことであり、沖縄基地の返還が近いということだ。この発言を引き出した渡久地記者はすごい」と自身のホームページで絶賛。わたしは「ありがとう」というメールを送ったが、それからメル友になったのだった。



その後、神浦氏が沖縄でOFF会を開催して沖縄基地がなくなるという根拠を明快に解説してから、この問題の理解はさらに深まった。



その時のOFF会でパネルを開き、神浦、吉元政矩(元副知事)、下地幹郎(衆議院議員)、わたしが司会し、吉元氏が「普天間は岩国に移すべき」、下地氏は「嘉手納統合が早い」と述べ、神浦氏は「両方あり得る」と述べたのだった(02年9月28日、詳細は下)。



http://www.sokuhou.co.jp/backno/621.html



今日の新報・タイムスの記事は、この時の吉元氏と下地氏の案の足し算そのものといえる。しかし、グアムやハワイの強化がすでに行われており、全体像はこの通りではないことが後に分かるであろう。



わたしは観光専門の記者であるが、この分野の取材を深めると自然に米軍基地の問題にぶち当たるのだった。最初は観光名所として基地を使うと云ったものから、開発の邪魔ではないかと漠然と考えていた。



しかし、大田昌秀知事が普天間基地返還を強く求め、しかも、その理論構成が全く科学的にできていることを知ると、アメリカの考えと同じなのかどうか確かめたくなり、適当なプロジェクトに参加してその中でアーミテージとの面会を組み込むことに成功したのだった。



アーミテージの影響力は大きい。例えば、「 href="http://www.foreignaffairsj.co.jp/cfr/anpo.html">有事の試練と平時の緊張」(今日見たらリンク切れになっている)という論文は当時の橋本政権、小渕政権で踏襲されている。日米安保のガイドラインはこの通りに決着していく。



上の論文に書かれていることと、沖縄側の基地返還の理屈は矛盾しない。さらに、00年10月の href="http://www.sys-tems.co.jp/nexus/attntion/arm_0010.htm">アーミテージレポートではもう一歩踏み込んで「SACOより踏み込んだ沖縄基地の削減」が提案されている。残念ながらこのアーミテージレポートは経済についてとんでもないことが書かれており、軍事も経済も丸ごと踏襲している小泉内閣の経済政策はめちゃくちゃなのである。



しかし、理由は色々あるが、普天間返還は目前に迫った。返還で490ヘクタールが空くと、これを丸ごと活用するアイデアが求められる。当然、リゾートが入ってくるだろう。沖縄観光の供給力は飛躍的に高まることになる。



こうして観光と基地がつながる。



次は、普天間の再開発で、最高の効率を求める番だ。一気に失業の解消やその後の持続的産業の発展まで持っていくような計画が求められる。この再開発は少ない予算で何とかしろというものであってはならない。沖縄全体のデザインを考えるべきだ。



ここで大がかりな積極財政が必要になるという理屈だ。



わたしの頭のなかでは観光・基地・積極財政はこういうつながり方をしている。

  
Posted by 渡久地明 at 11:39Comments(0)TrackBack(0)

2005年05月21日

180人とは予想の2倍

観光情報学会の事務局から報告が入っている。

参加者は

参加者数は,学会参加者180名(県内124名,県外56名)(会員45名、非
会員135名)、懇親会参加者78名でした。実行委員会目標は,学会参加
150名を目標にしておりましたので,目標値を大きく

上回った。会長からも

ご承知のように、第2回観光情報学会全国大会が5月16日沖縄で開催さ
れました。
大会は会員の皆様のご協力により大成功でありました。特に、遠藤実
行委員長の下に結成された実行委員会とおきなわ観光情報学研究会の
メンバーの方々の多大なるご尽力に改めて御礼申し上げます。

というコメントだ。

写真は晴天に恵まれ、懇親会に花を添えたビーチサイドのサンセット。  
Posted by 渡久地明 at 23:41Comments(0)TrackBack(0)

2005年05月18日

空梅雨ではないのか。天気はいいぞ

連休と途中の5月2日に梅雨入りした沖縄地方であるが、フライングだったのではないか。あるいは空梅雨か。



梅雨入り後、曇ってはいるが、朝には青空が見え、日中曇ってもところどころ青空が見え、ふっても2、3時間くらい。



観光情報学会が開かれた5月16日は晴天が広がり、会議なんかやってる場合じゃないのに、160人が会場にいた。



終わってのパーティーは屋外パーティー会場で心地よい風と夕日が沈む様子がバッチリ見えて、全然梅雨じゃないじゃん。



で、降雨状態を見ると下の表のようになっている。17日現在で昨年1カ月の51%。つまり、雨が降らずに困っていた昨年よりちょっと少ない程度で、確かに雨が降っていないのだ。



ということは、また、水不足かと心配したのだが、ダムのページには今年4月から羽地ダムの管理が始まったとでていて、しかも容量は沖縄本島の2割もある。福地ダムに次ぐ2番目の大きさだ。



href="http://www.dc.ogb.go.jp/toukan/damdata/cyosui.jyoukyou/graph/6dam.kyokusen.html">貯水量のグラフを見たら運用開始の4月にドーンと増加している。計画は1975年から始まり、30年がかりで完成しているのであった(知らなかった)。これなら、もはや断水の心配は当面ないといってもいいかも知れない。



平成17年

降雨量(mm) 平年値(mm) 平年比(%)

1月  104   139     74.8

2月  213   169    126.0

3月  206   205    100.4

4月  126   189     66.7

5月  147   287     51.2

6月       296

7月       226

8月       235

9月       317

10月       241

11月       178

12月       151

合計       2,633

href="http://www.dc.ogb.go.jp/toukan/damdata/cyosui.jyoukyou/graph/rain.html">最近の降雨状況(05年5月17日現在)

  
Posted by 渡久地明 at 21:14Comments(0)TrackBack(0)

2005年05月17日

観光情報学会の副会長になりました

全国大会で理事の追加などがあり、新しい副会長に渡久地明と公立はこだて未来大学の松原仁教授が選出されました。来年の大会は函館で開催されます。

学会誌創刊号も発行されました。かなりの力作です。ご入用の方は北大の学会事務局からお買い求め下さい(3500円)。

http://www.sti-jpn.org/  
Posted by 渡久地明 at 14:02Comments(0)TrackBack(0)

2005年05月17日

観光情報学会沖縄大会は大成功!



 


昨日開いた観光情報学会は、予想を上回る160人が参加(内県外52人)し、内容も非常に面白く大成功でした。このブログを見て参加したという方にもお会いできました。ありがとうございました。

  
Posted by 渡久地明 at 13:57Comments(0)TrackBack(0)

2005年05月15日

あす観光情報学会、おいで下さい

新聞記事が出そろったが、タイムスは琉球大学の遠藤、岡崎、松田氏の連載を3回組んで大会の意義を伝えた。

新報は連載は間に合わなかったが、連載に向けて用意していた私の原稿があるので、以下に掲載します。



==========

(タイトル)観光に科学の光を当てよう
(サブタイトル)工学的発想が観光産業に必要だ
(以下本文)
 「いままでの観光学は科学ではなかった」
 観光情報学会の会長大内東・北大大学院教授は沖縄で観光情報学会の設立を呼
びかける集まりで、三年前にこのように述べた。

 わたしは大学卒業と同時に沖縄観光速報社で観光専門の新聞をつくる仕事をし
ているが、その時から感じていたことをズバリ言ってもらったと思った。これを
聞いて退席する観光学者がいたのであるが、仕方がない。工学部で電子工学を学
び、大学院ではプラズマの研究をしていたわたしは、工学的な発想で観光産業を
捉えるとどんなことが明らかになるのだろうかと二十年にわたってデータ集めて
いた。

 科学が最も大切にするのはいま目の前で起こっていることを精密に調べること
である。その後、それらを合理的に説明する理論を構築することである。この
データ集めという過程でこれまで優に延べ一万人を越える人たちにインタビュー
しただろう。酒を飲む友人もたくさん出来た。観光事業の現場で起こっているこ
とそのものが唯一の事実であり科学の対象である。これを正しく理解し、分析す
ることがホンモノの観光科学の始まりであると信じる。

 ところが、当時の観光学の先生達は根拠不明のご自身の理想のようなものを描
いて、現状をあまり調べないまま、沖縄観光は未熟であるなどと主張するものが
多かった。

 実験また実験でデータをそろえる工学部のやり方からすると、全く科学ではな
かったが、わたしの発言は観光学者には届かなかった。とにかくデータを集める
ことばかりに専念していたら、いつの間にか数学を忘れ、観光を科学にしようと
いう最初の志すらどこかに行ってしまうところであった。

 そこに「観光を科学にしよう」という呼びかけである。「工学部の先生方、来
るのが遅かった。わたしは一人で寂しかったよ」と大内先生の呼びかけに応じた
のが、わたしと観光情報学会のつながりである。琉球大学工学部には観光につい
ての知識は少ないが、研究の方向性さえ気がつけばどんどん成果が出せる体制が
整っており、遠藤聡志教授が中心になって「おきなわ観光情報学研究会」が組織
され、呼びかけから二年で二十本を越えるさまざまな論文が出てきている。わた
しも奮発してこれまで集めたデータを体系化し昨年「沖縄観光成長の法則」とい
うレポートをまとめた。これは観研メンバーとのメールのやり取りを通じていく
つものヒントを得、経済学の常識程度の勉強をやり直してまとめたものだ。工学
部の実験では当たり前の手法を観光産業に応用したものだが、工学部や金融機
関、経済学者から良い反応をいただいている。最近になってこの法則は海外でも
通用しているらしいことが分かり始めた。

 観光情報学の研究分野はこれからますます拡大して行き、実証実験に基づく
しっかりした論文がどんどんでてくると思う。いまはまだ手探りで研究が進めら
れているようだが、ここ数年で実用に耐える成果がいくつも出てくると予想でき
る。多くの観光事業者が学会に参加して、現場からのニーズと目の前で起こって
いることを研究者に伝えて欲しいと思う。面白い成果が続出し、世界中から注目
されるようになると思う。

========

なお、工学部の各氏から、穏やかでないので「いままでの観光学は科学ではなかった」という部分は削るように要請を受けていたわけであるが、日刊紙に載せるわけではないのでそのまま無修正で掲示した。

  
Posted by 渡久地明 at 12:39Comments(0)TrackBack(0)

2005年05月14日

沖縄大学院大学に経済物理学がいい

今日の沖縄タイムスに朝刊トップは沖縄大学院大学の運営に向け「県に科技振興財団」をつくるというニュースである。



 沖縄大学院大学はノーベル賞をとる、とった学者を集めて世界最高水準の研究を行うというものだが、



 主要テーマは生命システムに収束しつつあるようだ。



 昔、トップクォークを発見したフェルミ研究所(沖縄ではフェルミ研究所といっても誰も知らず、ファーミー 研究所と訳す人もいたが)の葉恭平教授にインタビューしたことがある。



http://www.sokuhou.co.jp/backno/564-2.html



 その中で、わたしは葉先生はノーベル賞を取るに違いない、と書いた。その紙面はコピーされて相当県庁内で読まれたそうである。



 「高エネルギー物理学も沖縄で十分研究可能。サイクロトロンじゃなく、リニア加速器を南北に地下につくればいい」といっていた。



 また、「これがトップクォークの軌跡だ」といって一点から放射状に線が飛び出している絵を見せてもらったが(紙の裏から表に向かって陽子が飛んできて、という良くある図)、サインをしてその紙そのものをもらっておけばよかった。



 で、葉先生も沖縄大学院大学のアドバイザーになっているが、経済物理学をちょっと教えて取り上げてもらうことは可能だと思う。



 経済物理学にについて、簡単に書評したが、エッセンスは物理学者にはホンの数分で伝えることができる。



 かなり多くの経済現象が、指数関数で表されるという点だ。



 で、驚いたことに経済学者が




片対数グラフの使い方を知らない




 らしいのだ。



 経済苺でも経済物理学の入口中の入口であるこれに理解が得られていないように見える。



http://www.ichigobbs.net/cgi/15bbs/economy/0632/



 で、再び「経済物理学の発見」を読み返すと、この本ではその簡単なことを意識的にか無意識にか、一般には分かりにくく書いてある。



 実例もかなりどうでもよいか、経済学者がとてもついて来れないような内容に絞られているような気がする。具体例は示されていないが、大きな成果を出しているのは事実だと思う。内緒にしているのではないか。



 国家予算も日本など戦後の額をセミログに取れば直線になっていると予想される。であれば、方眼紙で描いた国の財政赤字の増え方を見て、国民やトンデモ経済学者らが大変だ、大変だといっているだけに過ぎないことも分かるわけだが。…以下略



 この本に触れたところ物理学の大学院生のトラックバックやリンクがついたので、へえ、と思っているところだ。(なつかしい言葉が並んでいるが、スマンが、もはやいまのわたしには精密には分からない。こういうことをやっているんだろうという空想はしている)

  
Posted by 渡久地明 at 10:21Comments(0)TrackBack(0)

2005年05月12日

消えたHPその後

4月28日に消えたHPという短い記事を書いたが、

やっと地元の日刊紙が記事にした。

昨日、琉球新報が、今日、沖縄タイムスがそれぞれ朝刊2社面で記事にしている。

見出しは新報が

事業開始1カ月で倒産 ホテル建設構想の会社

http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-2084-storytopic-1.html

タイムスは

75人雇用賃金払わず解雇/県内でリゾート構想

http://www.okinawatimes.co.jp/day/200505121300_07.html

となっている。

本文中で企業名を出していないのは不思議だ。また、社長名もなぜ出さないのだろう。

社名は「日本インペリアル・ミルトス」

である。

また社長は東京の大学の教授でHPで沖縄の役に立つことをやりたい、と書いていたが、HPを消し去ったので(驚いたことに4月28日にはgoogleのキャッシュまで消えていたぞ)、わたしが忘れた。そのうち思い出したらここに上げる。

新聞記事では概要は分からないが

わたしの知ってる話では

米国ロックフェラーグループがリゾート開発を中心に沖縄に1600億円を投資する計画であり、その受入れ準備をするというものだ。

沖縄産業支援センターの3フロアに跨って事務所を確保し、実際に出社している人が上の報道では75人いたそうである。

で、役員室には読谷村の空撮写真が大きき飾ってあり、訪れる人が勝手に読谷を中心に開発が行われると勘違いしたようだ。

しかし、この話がおかしいのは、これほど大きな計画を持っているのに一行も新聞記事にならなかったことだ。わたしの経験からまともに記者会見をしない話は常にインチキ臭い。大抵は新聞記者がかぎつけたところで記者会見といういきさつになるが、新聞に求人広告をだし、事務所開きのパーティーもしたのに記者連中が気がつかなかったというのは、ばれるとまずい何かがあるからだ。あとで気がついたが、2ちゃんねるには早い段階でこの会社ヘンだという書き込みがあった。

採用された社員は希望に満ちて自分たちの構想をふくらませた。英語学校に通って英語を勉強し直す人もいた。わたしの会社にも最近の観光動向を知りたいというこの会社の社員が来て新聞を3000円分買っていった。

新聞社はなぜ匿名で報道するのか不思議である。社名も社長名も明かにすべきである。業界からわたしにこの話はカジノオーストリア社のことかという問い合わせの電話がある。もちろん全く異なる。匿名で記事を書くとかえってこのような要らぬ混乱を招く。

社員は自分のプロジェクトを隣の机の社員にも漏らしてはいけないという命令だったという。ロックフェラーと組んだからってこんなばかばかしい仕事の仕方があるものか。

大学教授の社長はニセモノなんじゃないのか。こんなものが日本の大学にははびこっているんだなあ。  
Posted by 渡久地明 at 18:14Comments(1)TrackBack(0)

2005年05月12日

観光情報学会に110人

昨日、午後2時、県庁記者会見室で観光情報学会沖縄大会の記者発表を行った。

 大会を準備している琉球大学の、遠藤聡志、岡崎威生、當間愛晃、県の下地芳郎、沖縄ツーリスト東良和、産業振興公社島田勝也、渡久地明が発表者の席に座り(写真)多数の記者が詰めかけ…といいたいところだが、7、8人が狭苦しい発表席よりも大幅にゆったりした記者席にぽつぽつと着席した。

 記事にしてもらえるかなと思っていたら、早速、沖縄タイムスは本日の朝刊経済面左肩に3段見出し。それにに加え、「全国大会に向けて」というコラムで沖縄大会委員長の遠藤教授の原稿を掲載した。素早い。(琉球新報はまだだが、よろしく頼む。当日も取材してね)


 発表内容は開催するというアナウンスそのもの、確定プログラムの発表、参加人数の集計(110人以上が参加、内50人が県外からの参加)、当日の取材依頼である。

 普段はわたしも記者席に座るのだが、久々に取材される側になった。写真は発表側の様子。(島田勝也撮影。左から下地、東、わたし、遠藤、岡崎、當間の各氏)  
Posted by 渡久地明 at 08:15Comments(0)TrackBack(0)

2005年05月10日

プリティ柘植ではないのか

 「沖縄観光成長の法則」の改訂版をつい先ほど完成させたばかりの渡久地明である。(何と原稿用紙280枚分!!!)



 更新できない日があったのはこれに取りかかっていたからであった。わはは。



 沖縄観光がなぜ伸びたのか、数学的な手法とこれまでの取材経験から徹底的に謎解きしている。ホームページで販売する予定だ。



 あまりにも美しい結果が出てきたので、自分でも驚いているところだ。ホームページに前書きの部分だけ公開しているので読んでみて欲しい。あ、ここに張り付ければいいか。明日やろう。



 さて、



 昨日からイラクで斉藤昭彦さんが武装勢力に捕まったというニュースだ。自衛隊出身でフランスの外国人部隊にいたという。



 実は2ちゃんねるに



☆☆☆私ならこうする!by柘植久慶 PART4☆☆☆



http://hobby7.2ch.net/test/read.cgi/army/1111583939/



 という名物スレがあって、



 面白いのでわたしも毎日訪問していたが、最近ぷっつり書き込みがなくなったので、どうしたのかと相当気にになっていた。いまでは本気で大けがをしている斉藤さんがプリティー先生なのではないかと心配している。



 沖縄でも活躍したことのある人だったが…。

  
Posted by 渡久地明 at 22:02Comments(0)TrackBack(0)

2005年05月08日

JR西日本の事故は民営化したから

連休で遊び疲れてますか。

 全然、休んでいない渡久地明である。

 5月16日の観光情報学会、および、ホームページで呼びかけた「沖縄観光成長の法則・増強版」(有料)の準備でビールを飲むヒマもないくらいである。

 不思議なもので、これで極めたと思ったことでもさらに考え直すと、どんどん奧が見えてくるもので、連休中に調べた数字の数々で面白い結論が得られた。

 沖縄観光について徹底的に掘りさげたら、世界につながっていたというビックリ仰天の結論。まるでこのブログのタイトルそのもの。むかし、沖縄から日本が見えるといった人がいたが、わたしからは世界が見えるのである。あはは。

 その一端について、観光情報学会でチラリと見せる予定。

 「成長の法則」(有料版)を申し込まれた方(今のところ一人ですが)には全部提供します。わはは。それにしてもこんだけ面白い結果が出てくるとは…。予告通り値上げしよ。

 あ、タイトルで述べようとしたことを忘れるところだった。

 いろいろな論評が出ているが、確か昨日の夜のTBSテレビでビル・トッテンさんがJR西日本の事故は「民営化したからだ。民間企業は利益を追求するのが当然。民営化したら安全は二の次になる」というようなことをいっていた(会社で横目で見た)。わたしもその通りと思う。ちなみにビルトッテンさんの論説をわたしは愛読している。5月6日付「No.679 無知な国民に対する隠謀」は久々に感動した。

http://www.ashisuto.co.jp/corporate/rinen/totten/ow.php

 事故が起きたその日は丁度伊敷豊編集長の「マーケティング戦略沖縄」第7号を製造中で、途中でわたしも「民営化したからじゃないのか」といったのを覚えている。

 旧国鉄時代の膨大な赤字を切り離して、JR各社は過去の借金の一部だけを返済しているのだが、過去の借金総額はほとんど減っていないのではなかったか。赤字路線はどんどん第三セクターなどで地方に押し付け、その後、廃止になったところも多い。

 国鉄民営化は精密に検証する必要がある。

 で、同様に民営化が求められている郵便局だが、これが民営化したら競争のあるところだけ価格は据え置いて、もうからないところはどんどん郵便料値上げということになると予想される。

 一昔前、預金は銀行が潰れたら帰ってこないのは民間企業だから当然。どの銀行を選ぶかを預金者が吟味しなければならない、などといわれたが、タダでさえ忙しいのにそこまで客である預金者が調べないといけなくなるのかよ、と思ったものだ。ところが、当時のテレビは一生懸命どの銀行を選ぶべきで、判断の基準は…とえんえんと解説していた。

 唯一、郵便局は貯金に上限があり、利率も不利であるが、倒産があり得ないから絶対安心だった。つまり、財布と同じであり、一方銀行は、相手が信用できるかどうか、わざわざ調べなければならなくなっているのである。民営化したら、当然郵便貯金も面倒なことを調べなければならなくなる。こんな面倒なことばかりが増えてきたが、それに要する国民の時間はタダだと思っているのか。不思議である。
 
 国鉄や郵便局が民営化したら、国民は損をする。
  
Posted by 渡久地明 at 20:37Comments(0)TrackBack(0)

2005年05月05日

何回も結婚している人知りませんか

そろそろ昼メシを食いに出ようかと思っていたら、電話である。

「大阪でTV番組をつくっているんですが、石垣で何回も結婚している人知りませんか」

(前に書いたが、この業界は確かに自己紹介なんかしないなあと思いつつ)

「いや。離婚率は沖縄全体高いの知ってるけど、どうしたの」

「離婚率、沖縄高いんですが、その中でも石垣が高いんです。それで石垣で何回も結婚している人をご存じないかと思って」

「はわは。知らんが、何回も結婚する人が多いのか」

「はい、というか、離婚率が一番高くて、結婚率も高いんです。で、何回結婚したか、離婚したかの統計がないんです」

「なるほど。で、計算上は同じ人が何回か離婚して結婚もしてなるだろうと」

「はい。計算上そうなるものですから」

「わはは。計算がそうなるなら確からしいな。そりゃー面白い。2、3回結婚する文化があるのかな」

「あはは、そういう人知りませんかねえ」

「いや、石垣では知らんが、そういえばわしの知り合いの××新聞の××さんは確か4回くらい結婚しとるなあ。それは特例で何回も結婚するのが沖縄では普通とは思えんが。そういえばバツイチのきれいなお姉さんというのは飲み屋でもたくさんいるような気がするねえ。こういう人ほっとかれるわけないもんなあ。はわは。なんかあるかもしれんぞ。地元の新聞社に聞いたらどうだ」

「八重山毎日ありますよね。連休で休みのようなんです。誰も取らない」

「だったら開いてるところで観光協会とかホテルの広報でもいいんじゃないの。生活者として身近な話しを聞かせてくれ、でいいだろう」

「そうなんです。生活者の話しが聞きたいんです。あ、いいこと教えてもらいました。××新聞の支局にも聞いてみます。転勤したばかりで分からないと言ってましたが」

「おお、聞いて見ろ。××さんとっくに定年になっているが、重なっていれば分かるだろう」

「ありがとうございます」

 どういう番組になるか分からないが、楽しみじゃ。
  
Posted by 渡久地明 at 17:13Comments(0)TrackBack(0)

2005年05月04日

ポカミスにこだわるわけではないが

統計を取っているわけではないが、4-5月の事故には季節要因があるのではないか。4月25日付で「ぽかぽか陽気のポカミスなのか…」と米軍ヘリの着陸失敗などが起こると書いたが、これは、わたし自身の経験から暖かくなり始めると単純ミスが増えることを認識しており、ミスを起こしやすい季節と米軍事故の多発する時期がにていると感じていたからだ。例えば米軍のポカミスと見られる事故が続発した02年4月の例。

===========
4月の主な米軍事故(沖縄タイムスWeb2002年4月26日より)
 7日 米軍水陸両用車が民間道に進入、アスファルト路面や路肩に傷をつける。
 8日 米軍嘉手納基地で、着陸体勢に入ったF15戦闘機から照明弾が落下、人身や施設への被害なし。
 17日 米軍普天間飛行場内の滑走路でCH53E大型輸送ヘリの補助燃料タンクが落下。
 24日 米軍嘉手納基地所属のF15戦闘機一機(二人乗り)が沖縄本島南東約百三十キロで通常訓練中、風防ガラスが海上に落下。
===========

 危機管理のエキスパート桜井淳氏は当日の様子を

===========
 当日、不覚にもベッドの中で苦しんでいた。4月に入り、体調が思わしくなかったためである。花見で酒を飲みすぎたわけでもなく、いつもの季節病だろう。
 すると、10時半頃、突然、自宅の電話と枕元の携帯電話が交互にけたたましく鳴り始めた。テレビ局からである。
 すぐにNHKのテレビ中継を見た。信じがたい光景に驚いた。車両の破壊状況が痛々しい。死者はまだ十数人の段階であった。(略)
http://www.smn.co.jp/JPN/security/art/366.html
===========

 と書いているが、ご本人もこの時期、季節病が出るという。それを事故の要因と考えられないだろうか。

 鉄道事故も月別に調べると何か特徴があるかも知れないが、国土交通省のHPからは年間の事故件数しか見つけられなかった。どなたか詳しい方、事故の季節別の発生件数とその内容について何か関連がないか、チャレンジしてみて下さい。

 米軍は今出張中なので沖縄での事故は目立たないと思う。代わって日本中で事故が起こっている。  
Posted by 渡久地明 at 19:06Comments(0)TrackBack(0)

2005年05月03日

1000万人というのは将来への期待そのもの

観光客1000万人というのは将来への期待そのものであり、それをみんなが信じて一斉に走れば実現できるということである。



 復帰直後の海洋博、2次振計の300万人、3次振計の500万人はそのような役割を果たしたのに、新振計の650万人は弱気の塊であり、暗ーい影を落とす結果となった。(650万人の決め方については href="http://www.sokuhou.co.jp/backno/606.html#t1">ここを参照)



 当然ながら業界のトップはそんなものは無視して走るが、その他多くは先行きを悲観している。



 この結果、どんどん投資する強気の業界人(世界の免税店や最高級リゾート)というところが出る半面、600万人になっても自分のところに得はないとか、なぜ駅前ホテルの建設を許可するのか行政はおかしい、という内向きの不満が続出していいる。



 結局、トップグループと期待が持てないとするグループ間でパワーが打ち消しあって大きく伸びるはずの沖縄観光がわずかしか伸びない。



 日本のデフレ不況(全体のパイが増えないのに、高所得者を優遇するものだから、ますます高所得層が富み、貧しい人たちはタダでさえ右から左にカネを使って消費でGDPを下支えしているのに、増税、社会補償などの負担増でますます貧しくなり)と全く相似の事態が沖縄観光で起こっている。



 人々のやる気さえ引き出す政策をとれば景気は回復するのになんともったいないことをしているのか。

 

 なお、沖縄観光の伸び率(人数ベース)は href="http://www.sokuhou.co.jp/library/04housoku.html">過去30年間の平均の伸び4.8%を設定するのがよい。2011年に650万人を達成するためには、もっと低い伸びでOKだが、従来の伸びをそのまま維持して2、3年前に650万人を達成し、もし650万人が本当に限界ならそこから2、3年横這いの方がこの間の売上は多くなる。もちろん、もっと早く650万人を達成すればこの間の売上を最大化できるばかりか、 href="http://www.sokuhou.co.jp/backno/558.html#t2">懸案の滑走路拡張が早まる。
  
Posted by 渡久地明 at 17:33Comments(0)TrackBack(0)

2005年05月02日

超長期展望は観光地を成長させる

WTO(世界観光機構)は2020年までの世界の到着観光客数は毎年平均4.1%増を予想しているが、過去の実績と予想値は下のようなものである。2020年の予測は確か1995年頃には出ており、2001年9月に大阪で開いたWTO総会で、テロの影響は受けないと確認していた。

 この実績と予想を早速、昨日紹介した経済物理学の手法でセミログのグラフとったらなるほど面白い結果である。

 実績は70年以降はきれいな直線、予測はやや弱気だ。

 20年先のような予測は大変難しいが、この場合は制限要因が見当たらないのでこの通りに行くのではないか。

 ハワイは1980年代初頭に2000年のビジター1000万人を目標にしていた。

 ラスベガスも20年くらい先まで相当大きな数値を予想している。

 このような超長期展望は必要な受入施設を充実させ、観光地を成長させるのに役立つ。

 日本では政府のビジットジャパンキャンペーンで10年後(2010年頃)の外国人客受入1000万人を目標にしている。この数値は特に受入設備をつくることなく現状のまま受入可能である。

 沖縄は10年ごとの振興計画で300万人(1991年)、500万人(2001年)、650万人(2011年)と計画し500万人を達成したが、2020年の1000万人という超長期展望を立てておくべきだと思う。すると必要な仕事が身近に見えてくる。(わたしの計算では1000万人到達は2017年である)
 

国際到着旅客数

 年 100万人

1950   25.3

1960   69.3

1970  165.8

1980  286.5
1981  287.6
1982  286.5
1983  288.3
1984  318.4
1985  328.4
1986  340.5
1987  360.1
1988  384.8
1989  425.5
1990  455.9
1991  461.1
1992  502.2
1993  515.3
1994  535.8
1995  550.4
1996  580.2
1997  601.5
1998  621.4
1999  643.3
2000  687.3
2001  684.1
2002  702.6

2010  1006.4

2020  1561.1

http://www.world-tourism.org/facts/2020.html
  
Posted by 渡久地明 at 18:28Comments(0)TrackBack(0)