2005年06月30日
泡盛学会できる
東京農業大学の小泉武夫教授が記念講演し、その中で泡盛は仕次という独特な方法で熟成させるが、このやり方はスペインのシェリー酒の熟成方法と全く同じ。沖縄と1万キロ以上離れた東洋と西洋で同じ方法で熟成させているのはほんとうに驚きだといっていた。
間違いなく泡盛の源流はタイの酒でこれが沖縄に伝わり、蒸留方法が沖縄から薩摩に伝えられた。薩摩でできた芋焼酎は熟成させない蒸留酒で、泡盛の方がはるかにうまく、江戸時代には焼酎は琉球の酒であり薩州のものとは全然違うと泡盛が礼賛されている。その記録がいくらでもあると文献を実際に読みながら講演していた。
さらに泡盛が黒麹でつくられるが、この黒麹は世界中で沖縄にしかなく、酸やビタミン類を大量につくり出す優れものであると強調した。しかも、驚いたのは黒麹菌の分離方法を沖縄の西表島や黒島の(昔、泡盛をつくっていたことがあるという)おばあちゃんたちが知っており、桑の木の皮の黒くなっているところを削って蒸した米にまぶすと黒麹菌が簡単にでき、分析したらほとんど黒麹菌、一部黄麹菌もあったことだ、という。
小泉教授はよくTVにもでてきて人気がある人であるが、話も面白い。
芋焼酎は原料の芋が足りなくなるという危機に直面しているのに対し、泡盛の原料は昔からタイの砕米なので原料不足はあり得ない。鹿児島の芋焼酎が芋を輸入したら鹿児島産でなくなる。薩摩は泡盛をマネして、生産量で沖縄を上回ったが、うまさでは泡盛の足元に及ばない。薩摩や熊本にカラカラがあるけど、明らかに沖縄のマネ。私は会津出身だから薩摩との間で色々あるわけで…。(爆笑)
2005年06月29日
今日もサーバー不調・復旧しました
復旧に取り組みますが、今度は時間がかかりそうです。トホホ。
昨日おしらせした、ページもなくなっています。
渡久地明
だいたい復旧しました。サーバーのハードディスクが壊れたそうです。サーバーからなくなったデータを入れ直しました。漏れがあるかも知れません。(追記、15:00)
奇想天外、再び
を推敲・校正した上、だいぶテキストを追加してあります。
2005年06月28日
2005年06月28日
HPの不調について・復旧しました
www.sokuhou.co.jp
にアクセスできない状態が続いており、何かの障害が起こっています。
メールも見られない状態なので、お急ぎの方は電話かFAXでお申し越し下さい。
沖縄観光ニュース・渡久地明
10時頃には復旧しました。ホスティングのサポートによると、あるHPへのアクセス殺到でサーバーへがダウンしていたそうです。解決したそうです。
ただし、昨日の夜8時頃から本日の10時頃までに送信されたメールは跳ね返されています。跳ね返された場合に適当に時間をおいて再送する機能があるメールはぼちぼち届いていますが、そうでないものは手動で再送して下さい。(追記、11時10分)
2005年06月27日
奇想天外、再び
1985年10月13日、沖縄県内の二つの日刊紙でビッグニュースが報じられた。復帰前に世界最大の海運会社・米国NBC社の船に乗って働いた船員OBたちが、NBC社( NATIONAL BULK CARRIERS INC. )の創業者を動かし、沖縄に敷地150ヘクタール、クイーンエリザベス級の客船が横付けできる2,000室のホテルを備えたリゾート複合施設の建設に合意したというものだった。県内複数の自治体が計画中の埋立地などにこの巨大プロジェクトを誘致しようと動いた。奇想天外なそのプロジェクトは、県民や観光業界いや政財界の度肝を抜くものだった。
どうやってアメリカの大企業を動かしたのだろう。株式会社沖縄NBC会という元船員が集まった会社の徳村直栄社長に会ってみると、このプロジェクトの裏には戦後の日本が高度成長を遂げる際の米、日、沖縄の壮大なドラマがあった。
戦艦大和をつくった日本の造船技術に目を付けたNBC社のラドウィック氏は日本企業に次々と世界最大級のタンカーや貨物船を発注する。これを受けたのが後の石川島播磨重工業の土光敏夫氏と真藤恒氏だった。そして、船を造るのと同じようによく働く船員も欲しいというラドウィック氏のリクエストに対し「日本は窮屈な法律があって無理だが、沖縄の人たちなら日本の船員と同じ仕事が出来る」と真藤恒氏がアドバイスする。これをきっかけに、復帰前の20年間に延べ2,000人の沖縄の青年たちがNBC社のクルーとなり、世界中を航海、仕事をしたのだった。
この2,000人のクルーの中に徳村氏がいた。沖縄が日本復帰すると外国船に乗り組むにはさまざまな規制があって難しく、ほとんどのクルーが陸に上がり、新たな仕事を見いだしていく。
船を下り、稼いだ元手で、沖縄ではじめての道路清掃会社をつくった徳村氏は、会社を軌道に乗せる。
そして、私が今あるのは昔、船に乗ったからだ。世界一の船をどんどん造ることが出来たNBCという会社の社長に会って見たい…、との思いを募らせる。
その後、ラドウィック、真藤、徳村はある時点で互いに対等の立場で横一線に並び、同じ夢を見る…
というドキュメンタリーに着手したので、そのお知らせ。
2005年06月26日
ツルハシ摩文仁事件=遺骨は出なかった事件
23、4年前になるが、沖縄地区税関に名物税関長、譜久原さんがいた(故人)。
譜久原さんは陸軍中野学校の出身者らしいといううわさがあり、記者懇談会(沖縄地区の輸出入統計、ときどき白い粉の事件)で沖縄戦の模様も披露していた。その中で本人の目撃談として、米軍が摩文仁に50m四方の巨大なプールを堀り、転がっている死体をブルドーザーで投げ入れ、土をかぶせた。が、戦後これが発掘されたというニュースを聞かない…、という。
この話は、先輩記者らは何度も聞いているらしく、またかという顔をしていたのだが、駆け出しのわたしは大ニュースだと思って、ときどき税関で顔を合わせており、よく酒も飲んでいた日刊紙記者とTV記者に伝えた。二人とも、その時の会見はさぼって出席してなかったと思う。その内の一人が鈴木記者であることはいうまでもない。
「税関長がこんな話をしているが、われわれで掘ってみないか」
二人は面白がって早速、税関長に改めてインタビューをとったり、当時の摩文仁の戦闘状況を調べたり、大量に発見された遺骨の情報を集めるなど下準備をはじめた。
また、税関長の記憶はすばらしく、場所を特定するところまできたのである。この間、税関長の経歴を調べるうちに、ひょっとしたら陸軍中野学校出身(=日本のスパイ養成所)、という未確認情報が出てきたわけだが、本人からの確認はとっていないと思う。
かなりの精度で税関長の話の通りなら、遺骨が出そうであるということになった。
ただし、この間の取材は2人がもっぱらやり、わたしは締切をとっくに過ぎた昭文社の「マップルガイド沖縄」というガイドブックを仕上げなければならないという、別の仕事に追われていた。(ちなみにこのガイドブックは20数版を重ねるベストセラーになった。いまは絶版)
で、わたしは時間が空いたときに、いつでも堀りに行けるようにと、会社にツルハシを常備していたのだが、どういういきさつか忘れたが、鈴木記者がそのツルハシを社まで持ってきてくれ(わたしが持っていってやると押し込んだかも知れない)、というので担いで編集局に乗り込んだのである。いまと違い、新聞社の編集局というのは無防備で、わたしは編集局のど真ん中で、まずいことをしている可能性があるなと思ったのだが、誰も止めなかった。
こうして、ツルハシを編集局に持っていったのであるが、なぜ、そうしたのか、ほとんど記憶にないのである。そうする必然性もなかったかも知れない。(実際にこのツルハシの出番はなかった)
鈴木記者がこれを車に常備して、土曜日か日曜日、掘るときには一緒に掘ろうということだったかも知れない。
しかし、TV記者の方がもっと上手で、建設会社からユンボをかり出すことに成功し、譜久原税関長立合の元、TVカメラを入れて、実際に掘ったのである。
不思議なことにこの時もわたしは確か南大東島に取材に出かけており、現場に立ち会えなかったのである。
発掘現場周辺はまだ、不発弾が残っているということもあり、ユンボが岩を削ると削り粉が舞って白い煙が立つのであるが、いつ不発弾にあたるか分からない。カメラマンも命がけで撮影していたのである。
結果、遺骨は出なかった。
鈴木記者は会社にそう報告したら、先輩記者から
「一体もなー!」
といわれたそうである。
TV番組では遺骨が出なかったという特番を造り、鈴木記者は特番を出し抜くわけには行かないと、タイミングを見て「遺骨は出なかった」という大きな記事を書いたわけである。
この発掘は誰か発掘の主体がいて、それをメディアが取材するというものではなく、記者の発案で事を進めた点、特殊な取材ではある。(最近ははこういう取材はあるのだろうか)
徳川の埋蔵金が出なかったという話しによく似ているわけであるが…
ツルハシ事件といわれるものの全体像はこのようなものであるから、ほんとうは「遺骨は出なかった事件」の方が正しい。しかし、これがツルハシ事件として印象に残っているのであれば、わたしが知らないところでツルハシの一件が話題になっていたのだろうと思う。
2005年06月25日
身近な戦争体験
村を焼き払ったのは日本軍だった。米軍が村を焼き討ちにするというのはウソだった。壕の下を米兵が通った。この時、小さな子供が泣くと潜んでいることがばれるからと、赤ん坊の口に綿を詰めて声が出ないようにした。
「殺したという意味ですか」
殺した。わたしは泣かない子供だったので殺されなかった。
いよいよ米兵に見つかりそうになると、もういつ死んでもいいだろうと年寄りを入り口付近に押し立てようとしたが、年寄りほど真っ先に奥に逃げ込んで動かなかった。子供が先に表に出た。
表に出てみると、米兵は傷を手当し、食べ物をくれた。米兵に殺されるというのは沖縄住民の思いこみだった。
………
沖縄慰霊の日を外して戦争の話をわざとするわけだが、上の証言は21日の産学交流サロンの後に久茂地のある飲み屋で飲んでいる際、琉大工学部の山城教授が同年生くらいではないか、といってその飲み屋の主人から引きだしたものだ。口を挟んでいるのはわたしである。
ときどき飲みに行く店のマスターから意外な話を聞いたものだ。え、3歳の記憶が信じられるかって、信じられる。わたしも2、3歳ごろの記憶のいくつかが鮮明にある。戦争ならなお鮮明に残っているだろう。
特攻隊の飛行機は伊是名の沖合いでどんどん打ち落とされた。
「攻撃成功はなかったんですか」
あたる分けないよ。みんな途中で落ちた。花火を見ているようだった。
とマスターは話を続けた。沖縄に住んでいると、何かを調べようとしなくてもこのような話は自然にきこえてくる。
この他、
●従軍慰安婦がいなかったって? そんなバカな話があるか。沖縄戦ではオレはまだ小学生だったが、そのお姉さんたちを連れて一緒に逃げたんだよ。(県内大手企業経営者)
●南方で戦っていたが、慰安所に並んで順番を待っていたよ。(県内中小企業社長)
●人の脳は当時は結核の薬だった。(県内大手企業社長=故人)
上の最後の証言は県内中小企業の社長たち10人くらいで中国に行って、夕食会でへびの肉やスッポンの生き血の酒、猿の脳を食ってみたいという話をしているとき、最高齢の団長から聞いた話しであるが、かなり詳細な証言で全員が一瞬会長は何をいっているんだろうと唖然とし、全員が自分の聞き違いだろうと思ったものだ。その後、誰もこの話に触れなかった。
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2005年06月24日
観光情報学会、本記
沖縄観光ニュース
http://www.sokuhou.co.jp/index.html
にUPしました。当日、何をやっていたかだいたい分かります。
記事で取り上げられなかったポスター展の写真や懇親会の様子も写真特集として掲載してあります。
「観光とけいざい」紙面で取り上げた本記
http://www.sokuhou.co.jp/library/TI/sti-okinawa.html
紙面で取り上げられなかった写真と記事(書き下ろし)
http://www.sokuhou.co.jp/library/TI/sti-okinawa-graph.html
2005年06月22日
沖縄観光の未来予測
民主党沖縄ビジョン改訂ワーキングチーム(円より子さんら)との意見交換会(6月19日)と昨日の財団法人南西地域活性化センター・産学交流サロン(50人参加)でわたしが配付した資料(クリックして拡大。じっくり味わって欲しい)。
*民主党沖縄ビジョン改訂WT来沖メンバー=円より子参議院議員(ネクスト沖縄北方担当大臣)、齋藤勤参議院議員(組織委員長代理・沖縄担当)、武正公一衆議院議員(改訂WT座長)、榛葉賀津也参議院議員(ネクスト沖縄北方担当副大臣、改訂WT事務局長)、ツルネンマルテイ参議院議員(改訂WT主査)、若井康彦衆議院議員(改訂WT副主査)、藤本祐司参議院議員(改訂WT副主査)、市村浩一郎衆議院議員(ネクスト国家公安副委員長)、渡辺周(衆議院議員、外交・安保担当)。
*沖縄側出席者は民主党沖縄県連会長の喜納昌吉参議院議員ら20人。
*産学交流サロンは「さて、本交流サロンは産学官が気軽に集まって話し合える機会を設け、会員ならびに関係者の皆様への情報提供、そしてお互いの交流を一層深めることにより、地域の活性化に寄与することを狙いとして開催しております」というもの。
2005年06月20日
森永卓郎はいいが、リチャード・クーはダメ
「インフレターゲットの企画を出したいのだが、社内で通らない」という。
通らない最大の理由は、積極財政の番組をつくると視聴率がとれないからだという。
さらに、政治的な圧力もありそうで、竹中一派もかなり戦闘力があるのだろう。
しかし、このディレクター氏はわたしと全く同じ考えを持っていることが分かり、楽しい酒であった。
問題はこれからだ。森永卓郎は愛嬌もあり、笑いがとれるのでまだ使える。しかし、リチャード・クーは上からの圧力もありほとんど大手メディアは使わなくなった。せいぜい、視聴者が格段に少ないケーブルテレビ、衛星放送くらいだという。積極財政が正しいことは分かっていても、社内の経済音痴を説得するには、大変な労力が必要となり、それよりも企画が通り、かつ2番目、3番目にやりたいことを優先するという具合になる。
メン・イン・ブラック
という映画を読者はご覧になっただろうか。
地球上には宇宙人が人間に化けてうようよしており、悪さをした宇宙人を始末する組織がMIBである。トミー・リー・ジョーンズ扮するMIBのボスが、新人の相棒を連れ回すのだが、タチの悪い宇宙人が現れたという確かな情報が本部から告げられる。ボスの捜査は最初に道端の新聞スタンドでタブロイド紙を買う。タブロイド紙とは欧米ではセンセーショナルとエンターテイメント性を重視する大衆紙であり、虚実取り混ぜて記事を造るから、一段低いものと見られている。
「そんなの買ってどうするんですか」という新人に
「ここに真実がある」とトミーリージョーンズがまじめな顔でいう。笑える。この映画の一番の名場面だろう。
タブロイド紙の一面トップには「ゴキブリの大群が主人を食べた」という主婦の証言が…。大新聞はそんなバカなことがあるはずないと最初から取り上げようとしないのだ。
日本の全国メディアも大企業の収支改善を中心に景気は回復しつつあるという政府発表が大きく取り上げられる。しかし、いま、日本では週刊誌がこれとは全く異なる記事を書いていることに読者は気がついているであろう。真実は後者にある。
大本営(戦争中、日本は勝っているという偽情報を流し、国民を洗脳した組織)発表そのままのことを、大手メディアはいま、またくり返している。
2005年06月19日
観光客は減っているとの体感
「県の統計は信用できない。売上は減っているし、お客の数も増えてない」
といわれた時期が何度かある。
最初にこれを聞いたのは80年代半ばのような気がする。
次に、90年代半ばにも聞いた。いま、同じ状況になっている。
これは客観的には、
観光客はわずかに伸びているが、ホテルなら客室が増えており、競争相手が増えているので、お客が分散して、自分のホテルの売上が減る。
同じことはお土産品店やレストランでも起こる。お土産品店もレストランもどんどん増えており、競争相手が増え、観光客の伸びが追いつかないと、自分の店の売上は減っている。観光客は減っていると体感するわけだ。
このようになっていることは簡単に分かるから、業界から観光客は減っているのではないかと聞かれたら、県の統計の正当性を説明して、お客が分散しているからだと分析し、観光客が増えていることは間違いないと説明してきた。
しかし、このような説明はやはり他人事であろう。個々の事業所からすると、確かに観光客は減っているのである。
個別の事業所から見て、観光客は減っている→経営は苦しい。
ことと、
全体の観光客はやや増えている→苦しいのは経営側の問題。
と他人事のようにいっていたわけだ。
他人事でない解決策は、たとえ統計の数値が増えていても、観光客が減っていることが正しい現実であると認めた上で、
個々の事業所のお客が増えたと実感できる程度に、全体の観光客数は大幅に増やすこと。
が実現したときである。このとき、はじめて、全体がハッピーになる。
これを達成するための観光客数の増加率は、いまなら、直感的には年間7、8%くらいの伸びが必要になるだろう。
直感的と述べたのは、5月の観光客数が6%程度伸びているが、ホテル稼働率は前年並みにしかなっていないからだ。前年を上回るには7、8%の観光客の増加が必要ということになる。
したがって、04年の観光客数は03年に比べて3%増えたが、個々の事業所の売上は芳しくなく、実態は厳しかったということになる。
ただし、事実上2社しかない航空会社は沖縄が伸びた分そのまま実績が伸びるので、売上は単純に増えた。
このことから、航空会社は沖縄に限ると、7、8%成長が実現できる運賃体系をとるべきだという、結論が一つ出る。
もし、現行運賃より5%下げて、乗客が8%増える運賃体系がとれるなら、そうすべきだ。両航空会社は県内にいくつもホテルや関連事業を持っており、そこが利益を出せば万々歳という政策を考えるべきだ。単体の利益最大化なら、観光客数は低い伸びに止まる。
せいぜい5%成長が限界という経営判断なら、今年は運賃は下げる必要はなく、5%成長で最大の利益が出るように運賃が決められ、6%以上伸びる見込みがあると、さらに運賃を上げようという経営判断になる可能性がある。最初から7、8%成長で利益が最大になる運賃体系を組むべきだ。04年、03年の低い伸びはこの経営判断のミスがあったのではないか。
やはり、全体の伸びを最優先にした運賃体系が航空会社に求められ、全体を増やす中で利益を最大化するプログラムを組むべきだ。
日本経済全体についても似たようなことが言えるかも知れない。右肩下がりが当たり前、とみんなが思い込んだら売上が減っても利益が出るような経営が求められ、人件費を減らすという判断になる。
もっとも、沖縄の場合は伸びる余地があるが、日本全体の場合は政府が緊縮予算を組んでGDPが増えない状態で、どうしようもないが。
2005年06月18日
畏友・鈴木孝史氏のHPから
感動的にすばらしい。
ので、本人の許可を得て全文を転載します。
オリジナルは
http://www.me-too.jp/news/
の「ウチナータイムス」6月18日付。
沖縄税関記者懇か…。25年前にさかのぼるのう。
いまだに税関記者懇には出ているぞ。取材に来るのは若いのばっかりになっているけど。
=================
鈴木孝史のウチナータイムス
■ 畏友・渡久地明氏がブログ開設
【閑話&メッセージ】 2005/06/18 08:41:54
畏友・渡久地明氏がブログ開設 沖縄観光業界の《荒ぶる魂》・ジャーナリストの渡久地明氏がブログを開設しました。
渡久地明の時事解説~沖縄から世界を見る
(下記の「関連リンク」参照)
渡久地氏は、業界誌『観光とけいざい』の編集長(沖縄観光速報社)です。
観光はもちろん、軍事・政治・経済・ジャーナリズム・文化まで守備範囲が広く、発言のユニークさ・オリジナリティーが魅力です。
最近は文筆活動にとどまらず、シンポジウムや講演会でも活躍しています。
記者デビューが私と同じ年で、沖縄税関の定例会見で知り合って以来、二十数年の酒飲み友達です。
(略)
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鈴木記者とはその後、一緒に「週刊レキオ」を創刊し、創刊直後にわたしがレキオをやめるというスリルとサスペンスに満ちた笑いと感動のジェットコースタードラマがあるのであるが、それについてはそのうち気が向いたらここに書き込む、かも知れないので期待するように。
2005年06月16日
小さすぎた民主党の沖縄ビジョン
http://www.takemasa.org/next/okinawavision.htm
というのがある。
02年8月に民主党沖縄担当国会議員らが地元の有識者17人の意見も取り入れてまとめ、党の政策としたものだが、不肖・野生人・渡久地明もこの17人にはいっていて、民主党若手と酒を飲みながら、いろんな話をしてある。もちろん、わたし自身は必ずしも民主党の支持者ではないとことわった上、個人の意見を言うのはやぶさかではないとして参加したものである。
今回、その沖縄ビジョンを改訂することになり、大幅に地元メンバーを増やして19日に意見交換会をするが、増えるメンバーというのは、ま、一言でいえば昔の文化人。野生人であるわたしとは肌が合わないのである。国会議員らとの意見交換会の前に打ち合わせがしたいというのだが、さぼろうと思っていたら、電話で出て欲しいというので、しぶしぶ、昨日、顔を出した。
すると10人くらいが集まっており、昔の活動家たちが100年くらい前からの昔話をはじめ、組合関係のA氏は招集者の文化人B氏に対し、「今日の集まりの意味がわからん」といいはじめて、非常に面倒で退屈な議論になったわけである。
話題はいろいろだが、基地がなくなったあとの経済的自立について、あーでもない、こーでもないと小一時間…
頃合いを見計らい、「基地関連収入2000億円がなくなっても観光産業が2013年に800万人を受け入れ、現状の観光収入3700億円がが7000億円となるので、経済的自立には全く問題がない。これはわたしが責任をとる。わたしの精密な計算に基づくもので、その紙はあとで配布する。したがって、観光産業立地を促進し、効率を高めるために南北縦貫鉄道、滑走路の増設が喫緊の課題である」
といったら全員、観光政策については渡久地明に一任ということになった。
また、「一国二制度、道州制下の単独州が予見されるが、●●●●について、××は日本のままでいいが、△△△△開発は沖縄(琉球)に任せる。これを民主党に飲ませるべき」と述べたところ、全会一致で了承となり、A氏が当日提言することになった。(伏せ字はあとで公開する。民主党が検討するといっただけでビッグニュースなのでいまは内緒)
ついでに、「民主党に一言いいたい。沖縄ビジョン改訂版案に
『(基地の)思いやり予算は経済、財政事情が悪化する一方で公共工事的支出が高まり、基地の固定化を高めかねない。(次期協定の)改訂を期に段階的な縮小を検討する』
と書いてあるが、君たちは経済財政事情を良くするために国会議員になっているはずである。こんなバカなことをいってはならない」と強く申し述べてある。
これも昔の活動家から注目を集めたわけであるが、政治家が政治を他人事のようにすすめているのが間違いなのだ。
意見交換会は乗り気はしなかったが、当日面白くなりそうなので、仕方がないので飲みに行こう。ただし、パーティーは高いので、その場で顔を合わせたメンバーと適当にどこかで飲もうと思う。
2005年06月14日
ひめゆり入試問題
ひめゆりの塔に行ったときに、語り部の話が退屈だった、というエッセイがでてこれが沖縄の新聞で問題になった。
英語の問題そのものは、沖縄戦という大問題を伝えるのに、退屈だと感じてしまった学生がいることそのものがコミュニケーションの難しさであるというようなテーマだったそうだ。
これがそれほど大ニュースだとは思えなかったので、見出しくらいしか見ていなかったが、青山学園高等部の木村修文校長が13日、来沖、ひめゆり平和記念資料館の木村つる館長らにお詫びした。
で、わたしの記憶である。
首里高校は昔の県立1中ということで、学校の側に1中健児の塔というのがあり、毎年、生徒がみんなでお参りし、校長の話を聞くというのがある。1中健児の塔は首里の坂道の途中にあり、柔道部などはこの坂道を上ったり下ったり何セットもやって体力を付ける出発点のようなところで、走り回っていた。
で、入学したての高1の春、健児の塔でのお参りがあるわけであるが、これが退屈なのだ。まさに、いまの青学高等部の生徒が感じたことをわたしは30数年前に感じており、時代の最先端をいっていたのである。あまりに退屈なので後ろの方で仲間たちとプロレスをやっていたほどだ。
もちろん、その後、担任の中山東先生からきつく怒られたのであるが。
で、問題は生徒が退屈だといったからといって、そのような教育が意味がないということにはならないということだ。
わたしは年をとってからひめゆりの塔には何度かいっている。展示替えしたあとの展示はすばらしいと思う。また、新しくなった平和祈念資料館で夏休みに十代とみえる若い人たちが熱心に当時の人たちの手記を読んでいる姿には驚いたものだ。
わたしはガキの頃にこんなことをしたことがない。むしろ、どうすればアメリカに勝てたかと考えた方だ。
沖縄戦については相当年をとってから体験者からときどき話しを聞いているくらいだ。しかし、いろいろなことを聞いたり、体験したり、思いを巡らせて、1中健児の塔のエピソードもあったせいか、いまでは反戦平和の塊になっている。
だから、高校生がその時、退屈だったといったからといって、また、たとえ入試問題になったからといって、そこまで非難することはない。それより、この入試が突いているテーマそのもの=戦争の伝え方やなぜ子供たちが退屈だと感じたか、退屈だと感じたからといってそれがまるっきりムダなことではない。
いまのようなかたちで青学高等部を非難するのは間違いであろう。
2005年06月11日
泡盛のルート
蒸留器 / ↓ ↓(福建省経由琉球説も有力)
メソポタミア(前3000年) タイ→琉球(15世紀)泡盛→日本(薩摩)(16世紀)焼酎
\ ラオ・ロン酒
→モロッコ→フランス(16世紀)ブランデー
↓
スコットランド(18世紀)スコッチ
泡盛について調べていると、上のような経路があったとの記述がある。「泡盛の文化誌」(萩尾俊章、ボーダーインク、04年)の蒸留器の伝播経路図。
三味線、サツマイモが中国から琉球経由日本に伝わったのは教科書にも出ているが、焼酎も琉球経由だったとは知らなかった。はじめ、薩摩に伝わった泡盛は焼酎と呼ばれており、後に薩摩で焼酎が造られるようになると、琉球焼酎と区別するために泡盛の名が広まる。沖縄では泡盛はサキともいっていた。
面白いのは、ブランデーやスコッチより泡盛の方が早いのである。ブランデーやスコッチに年代物があるように、泡盛にも古酒があり、沖縄では古酒づくりで味が競われていた。
鹿児島焼酎との違いは、泡盛の方がはるかにうまい酒であり、焼酎より1段も2段も上の酒と見られていたことだ。
将軍家にも献上され、日本中の大名や豪商が競って手に入れようとし、手に入らないと日本酒を絞ったあとの粕を蒸留して粕とり焼酎をつくり常備したという。また、薩摩では泡盛に焼酎を混ぜて水増し(焼酎増し)したほどだったが、これは泡盛の価値を下げるとして禁止される。
この本の中ではほとんど触れられていないが、江戸時代に有力者たちから羨望の的になっていたのは、現代の泡盛とは異なる「古酒」だったからではないか。焼酎の古酒はあるにはあるが泡盛の古酒のような風味や味は出ないように思う。1700年代、200年の古酒があるといい、150年古酒なら珍しくないとさえ言う記述がある。相当な高見に泡盛は登っていた時期があったのだ。
ブランデー(コニャック)にも相当熟成させたものがあるが、100年は樽では持たないといわれる。
つまり、現代の泡盛と昔の泡盛は全く異なるもので、
現代、流通している泡盛=造ってすぐの新酒、3年もの古酒、せいぜい10年もの古酒のことだが
昔、珍重されていた泡盛=古酒(100年超もの?)
だった可能性があると思う。
上記本によると、1534年に冊封使の陳侃が沖縄の酒を飲んで「国王がすすめてくれた酒は清くて強烈だった。その酒はシャムからきたもので、つくり方は中国の蒸留酒と同じだ」と述べているという。
この時、琉球に泡盛が出来てからまだ数十年しかたっていない。ひょっとしたらまだ古酒のつくり方が確立していなかったかも知れない。強烈という表現には現代流通している新酒の評価と同じものがありそうだ。
その後、何度か冊封使がきているが、1562年の冊封使は陳侃と同じような記述。1570年に琉球とシャムとの交易がなくなると、その後の冊封使たちの記録からシャムと蒸留酒に関する記述はなくなる、とある。
これはシャムとの交易がなくなったから、記述もなくなったとは言えないと思う。シャムの酒のようだった泡盛が、古酒の製法の確立と共に、シャムの酒のような味ではなくなったのではないか。
2005年06月09日
人類はどんどん発展できる
確かにその通りであるが、いま差し迫って地球資源が枯渇しているわけではない。
石油? 石油は毎年とれる量が増えているから、すぐにはなくならない。
論文↓
http://cruel.org/other/oil/lotofoil.html
それよりも、地球が有限であるから、経済成長はどれほど可能かを定量的に示すべきだろう。
もし
現在の経済規模<<地球資源
なら、あと1000年でも1万年でも持つ。1万年先のことをいま心配してもしょうがない。
これでは話にならないので、
経済規模=地球資源
に近づいたとき、何が起こるか考える。
その前に、経済が限界に達する前の1000年とか1万年にわたって人類は何の心配もなく、資源獲得のための戦争も必要ないという平和な時期が続くだろう。それを享受すべきである。
しかし、いよいよ、資源がなくなりかけたときには、どうするか。
簡単だ。
宇宙に活路がある。
月にはすでに人類が到達している。(アポロの月着陸はインチキだったという説もあるが…。)
月には資源は多いだろう。宇宙でやれば面白いと思われるのは、原子力発電である。もともと何もないのだから、放射能漏れや環境破壊を心配する必要がない。ときどき運用に失敗して核爆発しても、誰にも被害はない。半径50キロくらいを立入禁止にしておけばよい。月面に住むようになると、「お、また原発が爆発したか」という程度にしか気にならなくなるだろう。相当いい加減に施設設計が出来るから、地球上の100分の1以下のコストで原発が建設運営可能だろう。核融合も月面でなら実現するのではないか。
しかし、月は火星への中継基地として使う。火星の方が面白い。
水が豊富にあるし、生命の痕跡もある。工夫して畑も耕せるだろう。石油や石炭などはごまんとあるに違いない。わたしが生きている間にいけるなら、真っ先に行ってパイオニアになりたいところである。
人類は地球資源を使い果たして、絶滅するほどバカではない。こんな身近なところに新天地があるのだから、これを使わない手はない。
そのためには人類はもっとどんどん豊かになって、一家に一台、月連絡用宇宙船と火星往復クルーズ船が持てるというところまで行くとホントに楽しい。
2005年06月08日
人口×ライフタイムの経済学
で国の豊かさが決まるだろう、昨日と述べた。
身近な例では、沖縄県の観光収入がこの計算で出てくる。つまり、
年間の観光客数×一人一日当たり消費金額×滞在日数
が沖縄県が発表している観光収入である。
昨年の実績は約3800億円であった。
この金額は最終消費支出であるから、沖縄県のGDPをまるまる底上げする数値である。
沖縄県のGDPが3兆5000億円前後だから10%以上を観光収入でたたき出しているわけだ。
観光収入がこのような因数で成り立っていることから、
観光客数の増加より、消費金額を増やすべきだ。観光客数の拡大より、消費金額が拡大するよう質を高めるべきだという議論がある。
全くその通りといえるが、両者が追求するのは観光収入の拡大であり、意味は同値である。
ところが、現実にどちらが達成しやすいかというと、観光客数を拡大するのはこれまで30年以上やってきており、やり方が分かっている。ところが、質の向上というのは誰もが出来る筋合いのものではない。
マリオットが出来たり、今日はジ・アッタテラスが出来たが、最高級リゾートを建設して、そこでのサービス内容を高めることによってやっと実現する。
人数はいいから質だけ上げろという話なら、那覇市内も民宿しかない離島も同じような大がかりな投資が必要であり、莫大な費用がかかる。また、もし品質を高めるために、お客がいない民宿や零細ホテルは早く廃業しろというのであれば、これは暴力である。
それよりも、品質は新しいリゾートや既存の施設が徐々に工夫しながら高めていき、その間、人数で稼ぐのが最も手堅く、現実的な手法であるといえる。
そこで、誤解する人も多いが、わたしは数の追求こそが質を高めるのだ、と述べている。
また、観光消費額の式には滞在日数を伸ばすことによっても売上が増えることがわかる。これももちろん正解で、そのためには客室数を増やす必要があるのだ。
品質を高めるために新しいリゾートをつくったり、滞在日数を伸ばすために客室を増やす行為はいずれも、観光客数を拡大させる政策と全く同じ形式をしているのである。したがって、観光客はもう充分、品質を高めるべきとなっても、観光業界がやっていることは当面、今と何も違わない。
ところが、政府部門は全く異なる。人数が増えなければ、例えば、滑走路を拡張する必要がない。航空機の便数は増えないから、航空会社は売上が増えない。すると沖縄でキャンペーンを張る意味がなくなる。強力な成長のエンジンである航空会社が一歩退く。同様に基本的に取扱人数に応じて売上を増やしている旅行社も、沖縄よりもっと伸びるところに注力した方がよいとなる。
沖縄観光を伸ばしてきた主要な二つのエンジンが不調になった状態では数も増えず、品質も急に高められず、衰退に向かうであろう。なお、人数が全く増えない状態で高品質のリゾートが開業すると、お客はそちらに殺到することが分かっているから、既存の施設の売上が落ちることになる。
さて、観光収入の式は日本経済全体にも当てはまるだろうと予想している。
GDPは
人口×所得×ライフタイム
で表わす方法があるだろう。
すると日本経済の場合、人口は間違いなく減るから急には拡大できない。ライフタイムは確実に伸びている。
減少する人口と伸びている寿命をかけ算すると、実際には人口は見かけ上、減っていないし、増えている可能性が高い。
すると、人口×ライフタイムは増えているのに、現状のようにGDPが増えないなら、一人当たり所得はどんどん減っており、人々は貧しくなっていると言える。
人数が減るから、経済成長も必要ないという考えは間違いである。
人口×ライフタイム
の伸びに応じたGDPの拡大がどうしても必要だ。その場合にのみ人は長生きして良かった、若い頃の苦労が報われたと感じるであろう。もしそうしないなら、年寄りや貧乏人は早く死ね、といっているに等しい。
2005年06月07日
少子化で経済規模が縮小するというのは本当か
素朴な疑問として、人口が減れば分け前が増えるわけだから、一人当たり所得は高まり、国民は豊かになるはずである。
20年以上前になるが、当時、日本は人口が増えすぎて将来の人口を養っていけなくなるから、産児制限して子供を増やさないようにすべきだ、と力説する大学教授がいた。わたしも漠然とその時はそうだと思ったが、実際に人口が減ることが明瞭になってくると、人口が減るので経済規模が小さくなり、経済成長が出来なくなる。子供を増やすべきだという話になっている。
人口は減っても経済規模は小さくならないという見通しは簡単に立てることが出来る。
人口×所得×ライフタイム
の3重積を考える。
人口はわずかに減っているが、所得は20年前に比べて急拡大、ライフタイムも大幅に伸びている。
人口×生産力×ライフタイム
を考えれば、機械化やIT化で格段に向上した生産性と伸びたライフタイムで、人口のわずかな減少をカバーして有り余るだろう。
最初の素朴な疑問のように、人口があまり増えなかったり減少したりする分、国民の分け前は増えるのが当然である。
それがそうならないのは、人口が減少しているからといって経済全体を縮小させていることに問題がある。
なお、上の3重積は、
単位あたりポピュレーション×温度×ライフタイム
というプラズマのローソン条件の応用と類推である。(経済物理学?)
2005年06月06日
クール・ビズ=かりゆしウェア
クール・ビズの着用を政府は呼びかけている。6月1日から各省庁での着用を推奨、国会でもノーネクタイが目立っている。
夏の冷房の電力を節約しようというものだが、愛・地球博では財界の大物に混じって沖縄知事もかりゆしウェアでファッションショウに出た。
沖縄のかりゆしウェアは30年以上前から観光業界を中心に推奨されたが、これほど一般的になったのは数年前からだ。
わたしも20年以上前からかりゆしウェアで通しているが、その前の数年はデザインがかっこわるいので色やガラのついたワイシャツを着ていた。しかし、かりゆしウェアを当時はいろんな所からもらうので、有効活用のために着ていたら、かっこいいとか悪いとかはどうでもよいと思うようになった。ネクタイをしなくてもかっこわるいかりゆしウェアならOKという雰囲気にだんだんなってきたのだ。ネクタイをするより、かりゆしウェアの方がよいから、ガラなど気にせずとにかくかりゆしウェア(アロハも混じっているが)を着た。
ちなみにアロハをデザインした人はハワイのアメリカ人で7、80年前の話し。7、8年前にアロハを生んだデザイナーが90何歳かで亡くなったという記事が朝日新聞に出ていた。
そして、驚くことに、そのデザイナーはサトウキビ畑で働く日本人の着ていたものを見てアロハをデザインしたというのだ。7、80年前にハワイにいた日本人というのはかなりの確率で沖縄人であるから、ひょっとしたら沖縄の絣などがヒントになったかも知れない。するとアロハとかりゆしウェアは兄弟分であるといって良いだろう。
そのかりゆしウェアについて、沖縄観光振興研究会(会長・大城栄禄元観光リゾート局長)で踏み込んで研究したことがある。スーツ、ワイシャツ、ネクタイというのはヨーロッパ人が毛を見せないようにするための礼儀の意味があった。長袖にして毛を見せない。クビにネクタイをして胸毛を見せないようにすると言うことらしい。
沖縄サミットで半袖のかりゆしウェアを着るのに各国首脳が躊躇したのは毛が見えるからという話しもある。
沖縄もハワイもあまり毛について気にしてないようだが、東南アジア、タイやフィリピン、インドネシアなども紅型や絣に似た民族衣装があり、長袖で正装になっている。
かりゆしウェアのガラは増えたが、正装とか礼服のようなところまでデザインされると面白いと思う。
写真は5月25日の琉球新報夕刊に出た霞ヶ関でのかりゆしウェアの販売会の記事。小池百合子沖縄担当大臣が着ているのは、玉泉洞の「サンフレンド」というブランドだそうだ。玉泉洞の担当者が知らせてくれたものだが、カタログによると花鳥紅型柄の女性用、定価は6,510円となっている。
2005年06月05日
ますます景気は悪くなっている
GDP(国民総生産=国民総所得)
が増えないのに、大企業の収入が増え、大企業や高所得者が所得税を取られなくなった分カネを貯め込む。
すると、その他では何が起こるかと言えば簡単明瞭。
誰かの所得が増えた分、別の誰かは収入が減っているだけだ。
誰の収入が減っているかも明白である。こんな記事がある。
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高校の授業料減免急増 定時制を直撃、日高教調査
2004年度に授業料減免を受けた高校生は2年前の02年度に比べ52%増え、子どもの教育費を負担できない家庭が急増していることが19日、日本高等学校教職員組合(日高教)のまとめで分かった。定時制だけをとると、2年前の4倍以上で困窮ぶりが際立つ。
27道府県の公立高180校を対象にアンケート、20道府県の65校が回答した。
回答校で減免を受けた生徒の総数は、02年度に2592人だったが、03年度は3398人、04年度は3927人と4000人に迫った。このうち定時制は02年度の94人から04年度は438人となっている。
経済的理由で修学旅行に参加できなかった生徒は02年度11人、03年度22人、04年度30人。(熊本日日新聞5月19日=共同)
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沖縄ではこれだ。
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経済的理由で授業料未納増/457生徒に出校停止指導/県教育庁調査
県立高校で二〇〇四年四月から〇五年一月までに、授業料未納などの経済的理由で出校停止の指導を受けた生徒が四百五十七人、件数にして八百八十六件に上ることが十七日、県議会特別予算委員会(砂川佳一委員長)で明らかになった。また、〇三年度には、経済的理由で一人が退学処分となった。県教育委員会は「生徒の勉強に影響が出ることはあってはならず残念だ」として、授業料免除については全国の実態調査などを通して必要であれば免除者の拡大なども含めて検討していく。
調査は十二月議会で質問を受け、県教育庁県立学校教育課が初めて実施。校内規定で経済的理由による出校停止措置を設けているのは三十四校で、うち三十校で出校停止の指導措置がとられた。(沖縄タイムス05年3月18日)
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国民の所得が全体的に減っていることを明快に示す別の記事。6月4日付の記事。
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入居基準収入引き下げ 公営住宅で国交省方針
国土交通省は三日、国民の所得が全体的に低下してきたことを受け、公営住宅に入居するための所得条件となる基準収入額(月収二十万円以下)を引き下げる方針を固めた。一九五一年に公営住宅制度が創設されてから、収入額の引き下げは初めて。また同時に居住者の年齢バランスに配慮して、今後、収入が増える可能性がある若い世代を優先的に、ただし期限付きで入居させる制度の活用も進める。
基準収入額の引き下げは、基準額を超えても入居を続ける人が二〇〇三年度で全体の9%を超える一方、不況やリストラなどを反映して入居者募集に対する応募倍率が九・四倍と高く家賃の低い住宅を本当に必要としている低所得者が入居できないケースがあるため。〇六年度に公営住宅法の政令を改正する方針。
現行の基準収入額は、単身を除く全世帯を収入の低い順に並べ、25%以下の世帯が入居できるように設定。九六年までは所得の上昇に合わせて、基準収入額も段階的に引き上げてきたが、九九年以降は所得が下がってきたのに基準は変更していなかった。(タイムス・新報6月4日=共同)
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テレビに出る評論家は相変わらず、日本経済はジャンボ機の前輪が上がったのに、後輪がまだ滑走路から離れていない状態、といっているのかどうか分からないが、後輪は上がらないのである。経済はジャンボジェット機ではない。
全体の経済が拡大しない状態で勝ち組が大きく勝つと、負ける人が大きく増え、上のようなことが起こっているだけだ。この状態が続くと、ますますカネがカネを生む状態になる勝ち組は大きく勝ち続け、中所得者は低所得者になり、小金持ちもどんどん貯金を減らしていくだけだ。
これを改めるには単純にGDP拡大のための積極財政やインフレターゲットを採用しただけでは元に戻れない可能性すらある。増えた分のGDPを勝ち組が総取りする可能性が出てきた(勝ち組のヒステリシス)。また、多くの国民が傷みすぎて元に戻れない可能性がある(負け組のヒステリシス)。景気回復策で景気が良くなって仕事にありつけても、失業の期間が長くなると仕事の仕方を思い出すために長期のリハビリが必要になる。ある職種は全力を尽くしても若いときのように成果を上げられなくなっているだろう。
「痛みに耐えよ」とはなんとバカなことをしたことか。大幅に減税された所得税の累進制を元に戻して高所得者に増税し、実質的に低所得者に重税となっていた消費税はゼロに戻すべきである。加えて、高所得者もそれ以外も、必要経費を大幅に認めて消費しやすい環境をつくるべきである。







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