2005年09月29日
沖縄の負担軽減というのは芝居だろう
今日の沖縄タイムス朝刊1面は在日米軍再編協議で日本政府は沖縄基地面積を大幅に削減するよう目指しているという特ダネである。(記事とリンクを<続きを読む>以下に念のため収録。下線はわたし)
この記事で、いやそれ以前から気になっているのは、「沖縄の負担軽減のため」基地を縮小するという部分である。米軍は沖縄の加重負担というセリフを確かに使っているが、軍事的にはそれが基地縮小の目的にはなり得ないはずだ。
極東の米軍再編の狙いはあくまで北朝鮮情勢が先にあり、これに変化が生じた、あるいは生じるときに動く。
沖縄海兵隊そのものが朝鮮半島有事に備えたものであり、沖縄海兵隊が要らなくなるというのは、朝鮮半島有事に海兵隊の出番がない形態の戦争となるか、有事が起こらない場合だ。
すでに韓国米軍が削減されており、北朝鮮の戦闘能力は相当に低下していると見られていた。空軍の戦闘機の訓練時間は極端に少なくなり、訓練ができなければ、実践での攻撃力は極めて弱まっている。
朝鮮半島の米軍を支援するのが沖縄海兵隊であるから、支援する米軍が後ろに退いているなら、沖縄海兵隊の役目も終わりが近いということになる。
中台有事があるから、沖縄米軍は撤退できないという理屈もあり、それを説明しに来たアメリカの研究者の講演を聞いたこともあるが、説得力はない。中台の大がかりな戦争に沖縄海兵隊は向かないし、そもそも中台有事というのは、中台が互いに利用し合う条件であって、本当に武力で戦うことはあり得ない。
最近になって、中国がロシア軍と合同演習を行ったので、中ロ軍ににらみを利かせるために沖縄基地の重要性は高まっているという専門家もいるが、軍事アナリストの神浦元彰さんは、中ロを相手にする軍隊は沖縄には収まりきれない(もっと強大な戦争になり、それはあり得ない)、というようなことを言っていて、こちらの方が説得力がある。
とすれば、在沖米軍基地の縮小問題はやはり、米軍の都合によって一方的に行われるが、その意図をぼかすために「沖縄県民の負担軽減」という枕詞が使われているのにすぎないと考える他はない。
タイムス記事は面白い特ダネであるが、その裏にある本当の日米の事情は何かを見通しておかないと、沖縄県民は日米両政府にありがとうございますと言ってしまう可能性がある。また、日米で辺野古縮小案の意見が食い違っているというのは、芝居であると見ておく方がよい。
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この記事で、いやそれ以前から気になっているのは、「沖縄の負担軽減のため」基地を縮小するという部分である。米軍は沖縄の加重負担というセリフを確かに使っているが、軍事的にはそれが基地縮小の目的にはなり得ないはずだ。
極東の米軍再編の狙いはあくまで北朝鮮情勢が先にあり、これに変化が生じた、あるいは生じるときに動く。
沖縄海兵隊そのものが朝鮮半島有事に備えたものであり、沖縄海兵隊が要らなくなるというのは、朝鮮半島有事に海兵隊の出番がない形態の戦争となるか、有事が起こらない場合だ。
すでに韓国米軍が削減されており、北朝鮮の戦闘能力は相当に低下していると見られていた。空軍の戦闘機の訓練時間は極端に少なくなり、訓練ができなければ、実践での攻撃力は極めて弱まっている。
朝鮮半島の米軍を支援するのが沖縄海兵隊であるから、支援する米軍が後ろに退いているなら、沖縄海兵隊の役目も終わりが近いということになる。
中台有事があるから、沖縄米軍は撤退できないという理屈もあり、それを説明しに来たアメリカの研究者の講演を聞いたこともあるが、説得力はない。中台の大がかりな戦争に沖縄海兵隊は向かないし、そもそも中台有事というのは、中台が互いに利用し合う条件であって、本当に武力で戦うことはあり得ない。
最近になって、中国がロシア軍と合同演習を行ったので、中ロ軍ににらみを利かせるために沖縄基地の重要性は高まっているという専門家もいるが、軍事アナリストの神浦元彰さんは、中ロを相手にする軍隊は沖縄には収まりきれない(もっと強大な戦争になり、それはあり得ない)、というようなことを言っていて、こちらの方が説得力がある。
とすれば、在沖米軍基地の縮小問題はやはり、米軍の都合によって一方的に行われるが、その意図をぼかすために「沖縄県民の負担軽減」という枕詞が使われているのにすぎないと考える他はない。
タイムス記事は面白い特ダネであるが、その裏にある本当の日米の事情は何かを見通しておかないと、沖縄県民は日米両政府にありがとうございますと言ってしまう可能性がある。また、日米で辺野古縮小案の意見が食い違っているというのは、芝居であると見ておく方がよい。
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2005年09月27日
え、結核のホームレスや独居老人はほったらかせというの?
今日の琉球新報の夕刊一面左肩に驚くべき記事が出ている。
旧厚生省が結核の病人に入院命令ができるとしてきた法律を、路上生活者や独居老人には適用するな、とするという。もとの法律は、入院命令は同居者に結核を感染させる恐れがある場合に限られていたが、旧厚生省は1989年に法を拡大解釈して、路上生活者や独居老人にも適用できるよう全国の自治体に通知していた。
しかし路上生活者や独居老人は同居者がいなこと、入院命令の医療費は公費負担されるため、無駄を省こうと16年ぶりに拡大解釈を撤回するという内容だ。
http://www.tokyo-np.co.jp/00/sya/20050927/eve_____sya_____001.shtml
(リンク先は東京新聞=共同の配信で文章は同じ(失礼、東京新聞の記事は全く同じではありませんでした。似ているので参照して下さい)。タイムスにも出ているが、2社面の地味な扱いで、反発する自治体の言い分は落としている)
ついに無駄を省くために、路上生活者や独居老人の結核(健康や生命)なんかどうでもよい、という政策がとられるわけだ。
アメリカで返還軍用地がどのように跡利用されているか、取材したことがあるが、どの閉鎖基地でも使える施設は、まずホームレスの更正施設を最優先に活用している、という話しを聞いたが、日本ではホームレスやこれまで戦後の国造りのために尽くしてきたはずの高齢者が病気になっても、のたれ死にでいいということだ。ホームレスや独居老人は自己責任、結核にかかるのも本人が悪いというわけか。
本当におかしいぞ。日本。
記事では、この廃止に対して罹患率が最も高い大阪市が猛反対、東京都など政令指定都市でつくる衛生主管局長会などが「人々が接触することの多い大都会では非現実的」と厚生労働省に撤回や再考を求めているという。
大阪市、公費の無駄遣いでマスコミからサンドバック状態にされているが、実態や背後にあるものは報道とは違うのではないか。
=================
追記 先ほどホームページも更新しましたので、こちらにもおいで下さい。糸満市長にカジノに関する考え方をわたしが聞いています。条件付きで誘致したいという初めての発言です。
http://www.sokuhou.co.jp/
その他新着記事
●糸満市 カジノ誘致「市民の会」が解散
●夏休みの沖縄線7%増
●おきなわ観光情報研究会 Tourism Informatics(TI)の試み 27
●前川昌道・IT導入、成功と失敗の法則(16)
●渡久地明コラム 684 公共工事の波及効果、観光より大きい
(21:15)
旧厚生省が結核の病人に入院命令ができるとしてきた法律を、路上生活者や独居老人には適用するな、とするという。もとの法律は、入院命令は同居者に結核を感染させる恐れがある場合に限られていたが、旧厚生省は1989年に法を拡大解釈して、路上生活者や独居老人にも適用できるよう全国の自治体に通知していた。
しかし路上生活者や独居老人は同居者がいなこと、入院命令の医療費は公費負担されるため、無駄を省こうと16年ぶりに拡大解釈を撤回するという内容だ。
http://www.tokyo-np.co.jp/00/sya/20050927/eve_____sya_____001.shtml
(リンク先は東京新聞=共同の配信で文章は同じ(失礼、東京新聞の記事は全く同じではありませんでした。似ているので参照して下さい)。タイムスにも出ているが、2社面の地味な扱いで、反発する自治体の言い分は落としている)
ついに無駄を省くために、路上生活者や独居老人の結核(健康や生命)なんかどうでもよい、という政策がとられるわけだ。
アメリカで返還軍用地がどのように跡利用されているか、取材したことがあるが、どの閉鎖基地でも使える施設は、まずホームレスの更正施設を最優先に活用している、という話しを聞いたが、日本ではホームレスやこれまで戦後の国造りのために尽くしてきたはずの高齢者が病気になっても、のたれ死にでいいということだ。ホームレスや独居老人は自己責任、結核にかかるのも本人が悪いというわけか。
本当におかしいぞ。日本。
記事では、この廃止に対して罹患率が最も高い大阪市が猛反対、東京都など政令指定都市でつくる衛生主管局長会などが「人々が接触することの多い大都会では非現実的」と厚生労働省に撤回や再考を求めているという。
大阪市、公費の無駄遣いでマスコミからサンドバック状態にされているが、実態や背後にあるものは報道とは違うのではないか。
=================
追記 先ほどホームページも更新しましたので、こちらにもおいで下さい。糸満市長にカジノに関する考え方をわたしが聞いています。条件付きで誘致したいという初めての発言です。
http://www.sokuhou.co.jp/
その他新着記事
●糸満市 カジノ誘致「市民の会」が解散
●夏休みの沖縄線7%増
●おきなわ観光情報研究会 Tourism Informatics(TI)の試み 27
●前川昌道・IT導入、成功と失敗の法則(16)
●渡久地明コラム 684 公共工事の波及効果、観光より大きい
(21:15)
2005年09月24日
減損会計でホテル破綻
リザンシーパークホテルが減損会計の導入で大幅な含み損を出すことになり、民事再生手続を開始したが、バブルの頃の土地の取得と初期投資の借り入れ金利がデフレ下で大きくのしかかったのだと見られている。この減損会計は大型企業に適用され、規模が小さいところには影響しないとされる。(下の記事参照)
この問題は、県内では特定企業に特有な現象との見方があるが、バブルの頃にできたホテルに共通の問題である可能性がある。(さらにしたの記事)
というより、バブルの前にできたホテルでも、バブル時に借り入れて改装などを行っていれば、建設時期に関係なく影響を受けていると思われる。
このことが、県内ホテルで入域観光客数は増えているのに、厳しいという声になってあらわれていると考えられる。
この減損会計だが、基本的には不良債権処理という構造改革の一環として出てきたもので、グローバリズムの流れにも沿うものだ。
このブログでは何度も誰のための構造改革かということを述べてきたが、このような形で沖縄で構造改革の悪弊が出てきたのだ。つまり、だれの何のためか分からない構造改革が進んだおかげで、企業が破綻したのだ。
そして、構造改革と景気回復が関係がないことも改めて明らかになった。ホテル建物や従業員はそのまま、影響は続けられる。先駆的な仕事をした人を追い出しただけとなった。
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この問題は、県内では特定企業に特有な現象との見方があるが、バブルの頃にできたホテルに共通の問題である可能性がある。(さらにしたの記事)
というより、バブルの前にできたホテルでも、バブル時に借り入れて改装などを行っていれば、建設時期に関係なく影響を受けていると思われる。
このことが、県内ホテルで入域観光客数は増えているのに、厳しいという声になってあらわれていると考えられる。
この減損会計だが、基本的には不良債権処理という構造改革の一環として出てきたもので、グローバリズムの流れにも沿うものだ。
このブログでは何度も誰のための構造改革かということを述べてきたが、このような形で沖縄で構造改革の悪弊が出てきたのだ。つまり、だれの何のためか分からない構造改革が進んだおかげで、企業が破綻したのだ。
そして、構造改革と景気回復が関係がないことも改めて明らかになった。ホテル建物や従業員はそのまま、影響は続けられる。先駆的な仕事をした人を追い出しただけとなった。
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2005年09月21日
株高は構造改革のおかげではないだろう
いま株が上がっているのは、構造改革のおかげではない。外資の仕掛けであるが、その仕掛けを仕込んだのは日本である。
評論家の増田俊男氏がラジオ(http://www.radiomorioka.co.jp/index_pc.html)で「世界の投資家が日本の株式市場への投資を選んだ。いまの外資の日本株買いは誘い水。今後、日本株はどんどん上がる」といっていたのをヒントに、以下は空想の域を出ないかも知れないが、こういうサイクルがあるのではないか。
(1)日本:円安にするため、2003年1月から2004年3月にかけて、日銀の35兆円の円売り介入で35兆円がアメリカに渡たり、日本は約3500億ドルを得た。このドルで、その後、アメリカ国債やその他の証券を購入した(*ドル札を持っているだけでは金利が付かないから、金利の付く米国債など証券を買った方がよい)。最初の35兆円は政府が短期国債を発行して市中からかき集めたものである。外為特別会計での操作であり、赤字国債にはカウントされていない(性質は赤字国債と同じ)。
(2)アメリカ:同じ期間、日本円35兆円をアメリカは受け取り、米国内証券会社に売却。円は米証券会社のふところに入った。日本政府が買った米国債の代金として戻ってきた3500億ドルは米財政の足しになった。
(3)アメリカ:35兆円を得た米証券会社は円札のまま持っていてもしょうがないので、下がりに下がった日本の証券を買う。円札には金利は付かないが、証券なら金利や配当が付くからである。ここまでは日本がやったことと全く同じ。しかし、米証券は金利の安い日本国債など買わずに、株式市場(土地でも良い)をターゲットにして、売買益を得ることを選ぶ。
(4)日本:不況は予定通りに進行しており、ものは過剰生産、個人金融資産は1400兆円まで積み上がっており、個人金融資産の多くが金利の安い銀行預金や郵便貯金、国債に投じられている。東京証券取引所の時価発行総額は400兆円。
(5)アメリカ:35兆円を元手に日本の株式市場を拡大して、アメリカが狙うのは1400兆円の個人金融資産である。東証の400兆円はいかにも安いが、元手の35兆円のをフルに活用して、日本株を買い続けると、株価が上がり、金利が安い個人金融資産が株式市場に向かう。
(6)アメリカ:適当に株価が上がったときに、売り抜け、利益を確保。円で得た利益をドルに代えるには、円高になっている状態がベスト。よって、円高を操作する可能性がある。
(7)アメリカ:さらに利益をつぎ込んで株高市場を演出。適当に上がったところで売り抜け利益確保…。この押したり引いたりをくり返し個人金融資産が全部株式市場にでてくるのを待ち、最後に利益確保。この時は過去最高の円高になっているのが望ましい。
(8)日本:株式市場が外資のおかげで高騰するので、資産は倍増、株に投資して困る人はいない。最終的に円は日本に戻ってくるので、個人資産1400兆円がアメリカに吸い取られるということはない。1400兆円が市場にでてくる過程でアメリカも日本も互いに株価の値上がりで儲けることが出来る。
(9)アメリカ:結局、アメリカが得られるのは、日本が持っているドル資産(70兆円くらいだったか)。それ以上を吸い取るには日本政府が米国からドルを借金する場合となる。そこまでいったとき、日本の植民地化完了。
==============
*外国為替資金特別会計が保有する外貨資産に関する運用について
3.運用対象 外貨資産については、上記運用目的の観点から必要とされる各通貨ごとに、流動性・償還確実性が高い国債、政府機関債、国際機関債及び資産担保債券等の債券や、外国中央銀行、信用力が高く流動性供給能力の高い内外金融機関への預金等によって運用する。
財務省報道資料より(http://www.mof.go.jp/jouhou/kokkin/gaitametokkai_170404.htm)
==============
以前の記事(http://toguchiakira.president-blog.jp/d2005-09-08.html)も参照。
評論家の増田俊男氏がラジオ(http://www.radiomorioka.co.jp/index_pc.html)で「世界の投資家が日本の株式市場への投資を選んだ。いまの外資の日本株買いは誘い水。今後、日本株はどんどん上がる」といっていたのをヒントに、以下は空想の域を出ないかも知れないが、こういうサイクルがあるのではないか。
(1)日本:円安にするため、2003年1月から2004年3月にかけて、日銀の35兆円の円売り介入で35兆円がアメリカに渡たり、日本は約3500億ドルを得た。このドルで、その後、アメリカ国債やその他の証券を購入した(*ドル札を持っているだけでは金利が付かないから、金利の付く米国債など証券を買った方がよい)。最初の35兆円は政府が短期国債を発行して市中からかき集めたものである。外為特別会計での操作であり、赤字国債にはカウントされていない(性質は赤字国債と同じ)。
(2)アメリカ:同じ期間、日本円35兆円をアメリカは受け取り、米国内証券会社に売却。円は米証券会社のふところに入った。日本政府が買った米国債の代金として戻ってきた3500億ドルは米財政の足しになった。
(3)アメリカ:35兆円を得た米証券会社は円札のまま持っていてもしょうがないので、下がりに下がった日本の証券を買う。円札には金利は付かないが、証券なら金利や配当が付くからである。ここまでは日本がやったことと全く同じ。しかし、米証券は金利の安い日本国債など買わずに、株式市場(土地でも良い)をターゲットにして、売買益を得ることを選ぶ。
(4)日本:不況は予定通りに進行しており、ものは過剰生産、個人金融資産は1400兆円まで積み上がっており、個人金融資産の多くが金利の安い銀行預金や郵便貯金、国債に投じられている。東京証券取引所の時価発行総額は400兆円。
(5)アメリカ:35兆円を元手に日本の株式市場を拡大して、アメリカが狙うのは1400兆円の個人金融資産である。東証の400兆円はいかにも安いが、元手の35兆円のをフルに活用して、日本株を買い続けると、株価が上がり、金利が安い個人金融資産が株式市場に向かう。
(6)アメリカ:適当に株価が上がったときに、売り抜け、利益を確保。円で得た利益をドルに代えるには、円高になっている状態がベスト。よって、円高を操作する可能性がある。
(7)アメリカ:さらに利益をつぎ込んで株高市場を演出。適当に上がったところで売り抜け利益確保…。この押したり引いたりをくり返し個人金融資産が全部株式市場にでてくるのを待ち、最後に利益確保。この時は過去最高の円高になっているのが望ましい。
(8)日本:株式市場が外資のおかげで高騰するので、資産は倍増、株に投資して困る人はいない。最終的に円は日本に戻ってくるので、個人資産1400兆円がアメリカに吸い取られるということはない。1400兆円が市場にでてくる過程でアメリカも日本も互いに株価の値上がりで儲けることが出来る。
(9)アメリカ:結局、アメリカが得られるのは、日本が持っているドル資産(70兆円くらいだったか)。それ以上を吸い取るには日本政府が米国からドルを借金する場合となる。そこまでいったとき、日本の植民地化完了。
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*外国為替資金特別会計が保有する外貨資産に関する運用について
3.運用対象 外貨資産については、上記運用目的の観点から必要とされる各通貨ごとに、流動性・償還確実性が高い国債、政府機関債、国際機関債及び資産担保債券等の債券や、外国中央銀行、信用力が高く流動性供給能力の高い内外金融機関への預金等によって運用する。
財務省報道資料より(http://www.mof.go.jp/jouhou/kokkin/gaitametokkai_170404.htm)
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以前の記事(http://toguchiakira.president-blog.jp/d2005-09-08.html)も参照。
2005年09月19日
国債発行残高の意味
(1)国債はカネとして流通させることができる。現金の代わりに国債を受け取る人はいくらでもいるだろう。
つまり、
(2)国債=カネ、である。企業が出す手形もカネと同じに流通している。ほぼ、というのはカネと国債では姿形が違うということだ。
国債残高が530兆円になったというのは、カネを530兆円発行したということと同じである。530兆円くらいのカネの印刷では物価は上がらなかった。ハイパーインフレにはならず、困る人はいない。逆に物価は下がっている。国債の発行額が少なすぎるからだ。また、このようにして発行されたカネは国民に行き渡り、企業や高所得者層に集中し、個人金融資産1400兆円の一部となった。
国債発行残高が多すぎると思いこんだり、国民一人当たり400万円の借金があるという数値の比較の方法がおかしい。530兆円を1億3000万人でわり算したらいくらになるという計算だが、これは銀河系には星が5000億個あり、国民一人あたり5000個にあたる、という計算とおなじくらい意味がない。
根拠のない国債発行への嫌悪感から、政府支出を微増にするか減らすと、公共投資が減る、社会補償が手薄になるなどマイナスの波及効果となり、世間の金回りが一層悪くなり、中小企業は赤字・倒産が続き、失業は解消せず、国民には税収増のための増税と、ますます状況は悪くなる。いまの自民党や民主党はこの方法を構造改革と称して押し進め、日本を恐慌に陥れようとしているしている。
(3)もしどうしても国債残高をゼロにしたいというなら、国債を全部日銀が買い取ればよい。すなわちカネとして通用した530兆円の国債を日銀券と交換すればよい。日銀は回収した国債を焼却する。世の中にあるカネの総額はそれによって全然変わらないから、誰も困らないし、ハイパーインフレにもならない。
(4)そして国債発行残高がゼロになると、国民は喜んで(?)金を使うなら、景気は良くなり、問題は解決する。
(5)ところが国債残高がゼロになっても、政府は予算を組むために新たな国債発行が必要となるので、またまた毎年4,50兆円の国債発行が積み重なる。そこでまた5,60年たったら国債発行残高が多すぎるという国民が増えてきて、2070年頃、また不況になるのであるが、またまた日銀は2000兆円くらいの国債を全部買い取ればよい。
失業はゼロになり、国民の所得は貧乏人も金持ちもそれなりに増え、カネがなくて困る人はいなくなる。何でそこを目指すという政治家が日本では貶められるのだろう。
つまり、
(2)国債=カネ、である。企業が出す手形もカネと同じに流通している。ほぼ、というのはカネと国債では姿形が違うということだ。
国債残高が530兆円になったというのは、カネを530兆円発行したということと同じである。530兆円くらいのカネの印刷では物価は上がらなかった。ハイパーインフレにはならず、困る人はいない。逆に物価は下がっている。国債の発行額が少なすぎるからだ。また、このようにして発行されたカネは国民に行き渡り、企業や高所得者層に集中し、個人金融資産1400兆円の一部となった。
国債発行残高が多すぎると思いこんだり、国民一人当たり400万円の借金があるという数値の比較の方法がおかしい。530兆円を1億3000万人でわり算したらいくらになるという計算だが、これは銀河系には星が5000億個あり、国民一人あたり5000個にあたる、という計算とおなじくらい意味がない。
根拠のない国債発行への嫌悪感から、政府支出を微増にするか減らすと、公共投資が減る、社会補償が手薄になるなどマイナスの波及効果となり、世間の金回りが一層悪くなり、中小企業は赤字・倒産が続き、失業は解消せず、国民には税収増のための増税と、ますます状況は悪くなる。いまの自民党や民主党はこの方法を構造改革と称して押し進め、日本を恐慌に陥れようとしているしている。
(3)もしどうしても国債残高をゼロにしたいというなら、国債を全部日銀が買い取ればよい。すなわちカネとして通用した530兆円の国債を日銀券と交換すればよい。日銀は回収した国債を焼却する。世の中にあるカネの総額はそれによって全然変わらないから、誰も困らないし、ハイパーインフレにもならない。
(4)そして国債発行残高がゼロになると、国民は喜んで(?)金を使うなら、景気は良くなり、問題は解決する。
(5)ところが国債残高がゼロになっても、政府は予算を組むために新たな国債発行が必要となるので、またまた毎年4,50兆円の国債発行が積み重なる。そこでまた5,60年たったら国債発行残高が多すぎるという国民が増えてきて、2070年頃、また不況になるのであるが、またまた日銀は2000兆円くらいの国債を全部買い取ればよい。
失業はゼロになり、国民の所得は貧乏人も金持ちもそれなりに増え、カネがなくて困る人はいなくなる。何でそこを目指すという政治家が日本では貶められるのだろう。
2005年09月18日
都市にカネが集まるから、地方で公共投資が正解だろう
資本主義はその制度に不況を内在するが、公共投資や累進課税で解決できるのだった。これが経済学の教科書のおおざっぱな結論だ。
で、不況とは資本家がどんどんカネをため、生産過剰となり、貧しいものはもっと貧しくなることだった。(マルサスの一般的過剰生産説)
これはいま日本で顕著だ。個人金融資産が1400兆円を超え、大企業を中心に業績が回復してきているというのは、景気回復ではなく一層の不況に向かっているということだ。中小零細企業はますます厳しくなると予想される。これは企業や個人の自己責任ではない。制度の問題だ。創造的破壊は一挙には起こらず、これまでの実証研究では不況下では成功した中小企業を大企業が買収するか、新しい成長分野を独占することが分かっている。大企業はそれによってさらに伸び、中小零細企業は一層の不況にまっしぐらというわけだ。
また、日本が過剰生産の状態になっていることを、丹羽春喜教授(http://www.niwa-haruki.jp/)はデフレギャップとして計算し、300〜400兆円分の設備が余っているとしている。現在500億円のGDPは少なすぎ、800〜900兆円に達しているべきだとしている。
このことは失業者の数からも大ざっぱに計算できる。全国の失業者300万人(真の失業率は600万人という推計もある。http://bewaad.com/20050730.html#p01)に、年間売上1000万円の仕事を与えると、300兆円になる。つまり、せっかく300兆円を稼ぎ出す国民がいるのにこれを使っていない。これこそが無駄の極致である。もったいない。この程度の生産能力が日本では毎年無駄に捨てられているのだ。
生産能力が余っている状態。だから政府が需要をつくらなければならないということも教科書通りである。
地方対都市の格差も教科書通りに表れているだけだろう。貧富の差が拡大するというのは高所得者が全国にまんべんなくいて、それを取り巻いて低所得者が全国にまんべんなくいるという状態だろうか。
そうではなく都市に高所得者が集まり、地方には低所得者が取り残されているだけということだろう。全国の低所得者は都市に集中している高所得者にどんどん吸い取られている。だから、地方での公共投資なのだ。地方に投資されたカネは地方で消費されるが、商品の多くを大都市の企業が供給しているなら、結局カネは大都市に戻っていく。沖縄の場合、食べ物、自動車、電気製品、文房具に至るまでほとんど県外で生産されたものを購入しているわけだから、沖縄での公共投資はかなりの割合が(どの程度か計算する必要があるが)、長期的には大企業に戻る。(だから、沖縄に製造業を興す政策や県産品愛用運動は正解である。それによって、地方にもカネが徐々にたまっていく。)
これは沖縄で大がかりな公共投資をすれば、日本経済全体に効率よく還元されるということをも意味する。他の地方も同じだろう。地方で公共投資をする理由はこれである。
で、不況とは資本家がどんどんカネをため、生産過剰となり、貧しいものはもっと貧しくなることだった。(マルサスの一般的過剰生産説)
これはいま日本で顕著だ。個人金融資産が1400兆円を超え、大企業を中心に業績が回復してきているというのは、景気回復ではなく一層の不況に向かっているということだ。中小零細企業はますます厳しくなると予想される。これは企業や個人の自己責任ではない。制度の問題だ。創造的破壊は一挙には起こらず、これまでの実証研究では不況下では成功した中小企業を大企業が買収するか、新しい成長分野を独占することが分かっている。大企業はそれによってさらに伸び、中小零細企業は一層の不況にまっしぐらというわけだ。
また、日本が過剰生産の状態になっていることを、丹羽春喜教授(http://www.niwa-haruki.jp/)はデフレギャップとして計算し、300〜400兆円分の設備が余っているとしている。現在500億円のGDPは少なすぎ、800〜900兆円に達しているべきだとしている。
このことは失業者の数からも大ざっぱに計算できる。全国の失業者300万人(真の失業率は600万人という推計もある。http://bewaad.com/20050730.html#p01)に、年間売上1000万円の仕事を与えると、300兆円になる。つまり、せっかく300兆円を稼ぎ出す国民がいるのにこれを使っていない。これこそが無駄の極致である。もったいない。この程度の生産能力が日本では毎年無駄に捨てられているのだ。
生産能力が余っている状態。だから政府が需要をつくらなければならないということも教科書通りである。
地方対都市の格差も教科書通りに表れているだけだろう。貧富の差が拡大するというのは高所得者が全国にまんべんなくいて、それを取り巻いて低所得者が全国にまんべんなくいるという状態だろうか。
そうではなく都市に高所得者が集まり、地方には低所得者が取り残されているだけということだろう。全国の低所得者は都市に集中している高所得者にどんどん吸い取られている。だから、地方での公共投資なのだ。地方に投資されたカネは地方で消費されるが、商品の多くを大都市の企業が供給しているなら、結局カネは大都市に戻っていく。沖縄の場合、食べ物、自動車、電気製品、文房具に至るまでほとんど県外で生産されたものを購入しているわけだから、沖縄での公共投資はかなりの割合が(どの程度か計算する必要があるが)、長期的には大企業に戻る。(だから、沖縄に製造業を興す政策や県産品愛用運動は正解である。それによって、地方にもカネが徐々にたまっていく。)
これは沖縄で大がかりな公共投資をすれば、日本経済全体に効率よく還元されるということをも意味する。他の地方も同じだろう。地方で公共投資をする理由はこれである。
2005年09月18日
経済学の教科書をもとにいまの日本を正しく分析すべき
先ほど追加したマルサスの不況の説明は、その後、マルクスで恐慌が必然的に起こるという理論となり、ケインズは恐慌にならないようにするために政府が累進課税や公共投資を実行すべきという提案になった。現実に社会主義国家は崩壊し、ケインズの提案が世界中に広がったのだった。
しかし、マルサスが、消費が減少し、生産が増大すると述べたこと、マルクスが恐慌は必然的にくり返すとのべた状態は世界中で起こっており、最近では1929年の世界恐慌が典型的な例だ。この時まだケインズの理論は出ていなかったが、日本は世界に先駆けて金本位制から離脱し、金融政策を自由に行って赤字国債を発行、需要をつくり出し、不況から脱却するのに成功する。
当時の日本も現代と全く同じ世相で、不況なのは大企業が政府と癒着して不正を行っているからだとか、中国からの安い製品が輸入されるからだなどと長期にわたる議論が展開されていた。そして、いまの小泉政権と同じように無駄を省けと叫ぶ首相が日本人の間で人気があった。やっと、政権が変わってデフレ脱却が行われる。しかし、正しくデフレ脱却を実現した高橋是清は暗殺される。高橋は軍事費の増大には反対したといい、これに危機感を持った軍の若手が刺客となったのだった。
世界恐慌からは日本に次いでスウェーデンが脱却、アメリカはその後ルーズベルトのニューディール政策、戦争、戦後にかけてやっと不況から脱却する。
戦後60年、日本の生産力はどんどん拡大し、1970年代半ばから国債が発行されるようになる。国債を発行するということは、大きくなりすぎた供給能力を政府が吸収するという意味があり、このころから生産が過剰になり始めたのだと見ることもできる。
つまり、最近のニュース個人金融資産1400兆円、公債発行額530兆円は、経済学の教科書通りの現象だ。供給力が拡大したのに、カネが使われない(需要がない)から政府が国債を発行しただけだ。財政赤字を一層拡大したとして評判の悪い小渕総理が正解で、それでも景気が回復していないのは、赤字の出し方が足りなかっただけである。また、行財政改革で消費税を上げた橋本政権は完璧に間違いである。
不況脱却の解決策は累進課税と公共投資なのに、全く逆にいまの日本は累進制をフラットにしよう、公共投資を削減しようというスローガンを掲げた構造改革の自民党が圧勝というおかしな結果になってしまった。
当然、それらの政策が実現すればマルクスが予言したように恐慌になる。いや、いまでも恐慌状態なのが、よけい悪い大恐慌になるというわけだ。日本人はこのまま行けば確実に搾り取られるだけ、より悪くなるだけの貧乏人でさえ、小泉内閣を支持し、マルクスの予言を実現させようとしている。
しかも、野党の民主党の政策を見よ。小泉よりもっと悪い。頭が悪すぎる。何のために生きているんだ。
(なお、財政赤字は全然気にする必要はないのだが、もし解消したいというならアメリカの例に倣えばよい。それまでの財政赤字はクリントンが解消したが、所得税の累進制を強化したからだった。財政赤字がそれほど気になるなら、クリントンをまねればよい。簡単。決して消費税増税であるべきではない。)
しかし、マルサスが、消費が減少し、生産が増大すると述べたこと、マルクスが恐慌は必然的にくり返すとのべた状態は世界中で起こっており、最近では1929年の世界恐慌が典型的な例だ。この時まだケインズの理論は出ていなかったが、日本は世界に先駆けて金本位制から離脱し、金融政策を自由に行って赤字国債を発行、需要をつくり出し、不況から脱却するのに成功する。
当時の日本も現代と全く同じ世相で、不況なのは大企業が政府と癒着して不正を行っているからだとか、中国からの安い製品が輸入されるからだなどと長期にわたる議論が展開されていた。そして、いまの小泉政権と同じように無駄を省けと叫ぶ首相が日本人の間で人気があった。やっと、政権が変わってデフレ脱却が行われる。しかし、正しくデフレ脱却を実現した高橋是清は暗殺される。高橋は軍事費の増大には反対したといい、これに危機感を持った軍の若手が刺客となったのだった。
世界恐慌からは日本に次いでスウェーデンが脱却、アメリカはその後ルーズベルトのニューディール政策、戦争、戦後にかけてやっと不況から脱却する。
戦後60年、日本の生産力はどんどん拡大し、1970年代半ばから国債が発行されるようになる。国債を発行するということは、大きくなりすぎた供給能力を政府が吸収するという意味があり、このころから生産が過剰になり始めたのだと見ることもできる。
つまり、最近のニュース個人金融資産1400兆円、公債発行額530兆円は、経済学の教科書通りの現象だ。供給力が拡大したのに、カネが使われない(需要がない)から政府が国債を発行しただけだ。財政赤字を一層拡大したとして評判の悪い小渕総理が正解で、それでも景気が回復していないのは、赤字の出し方が足りなかっただけである。また、行財政改革で消費税を上げた橋本政権は完璧に間違いである。
不況脱却の解決策は累進課税と公共投資なのに、全く逆にいまの日本は累進制をフラットにしよう、公共投資を削減しようというスローガンを掲げた構造改革の自民党が圧勝というおかしな結果になってしまった。
当然、それらの政策が実現すればマルクスが予言したように恐慌になる。いや、いまでも恐慌状態なのが、よけい悪い大恐慌になるというわけだ。日本人はこのまま行けば確実に搾り取られるだけ、より悪くなるだけの貧乏人でさえ、小泉内閣を支持し、マルクスの予言を実現させようとしている。
しかも、野党の民主党の政策を見よ。小泉よりもっと悪い。頭が悪すぎる。何のために生きているんだ。
(なお、財政赤字は全然気にする必要はないのだが、もし解消したいというならアメリカの例に倣えばよい。それまでの財政赤字はクリントンが解消したが、所得税の累進制を強化したからだった。財政赤字がそれほど気になるなら、クリントンをまねればよい。簡単。決して消費税増税であるべきではない。)
2005年09月18日
2005年09月17日
経済学の教科書を読もう(上)
居酒屋談義の経済学が横行していると思う。特に新聞、テレビは目があてられない。構造改革の成功で財政出動なき景気回復が実現しつつあるとか、構造改革路線のおかげで株価が上がっているなど、あり得ないことだらけだ。
しかし、それをわたしが大きな声でいっても、単なる脳内妄想だろうと受け取られる可能性の方が高い。経済学の博士号を持っていれば、話しを聞く人もいるかも知れないが、ところがどっこい、経済の博士号も最近では全く信用できない。アメリカで経済学博士をとったという女性エコノミストが自民党の刺客として、選挙区では落選なのに比例で復活当選するケースがあったが、この人のいっていることはめちゃくちゃであることは、ネット上では良く知られている。
そこで、まともな教科書には不況の原因は何で、どうやって回復すると書かれているのか、非常に長くなるが引用して、少し解説を加える。非常に長くなるので3回くらいに分ける。
テキストは『経済学入門』(千種義人・慶応大学教授、同文館、初版昭和30年10月、改訂36版昭和56年10月)である。
まずは、景気変動の性質。(下線は渡久地)
=========第10部景気変動論 第3章景気変動=======
(略)
3 景気変動の局面
景気変動のリズムは、局面(phase)または様相と称せられる変動部分から成る。これら各局面は相合して一つの循環を形成する。もとより景気変動は多種多様の局面を示すものであって、まったく同一の様相が反復されるということはない。しかしそれにもかかわらず、過去の経験に照らしてみれば、だいたいにおいて典型的なものが存在している。これらの局面を明らかにしようとしたいくつかの研究がある。
最近では景気変動の局面を第2図(略=渡久地)のように区分するのが習わしである。好況(prosperity)のつづいた後で景気後退(recession)が現われて不況(depression)に転ずる。この転換が急激におきる場合を恐慌(crisis)という。やがて回復(recovery)が始まって繁栄に入る。不況では、弱体企業は淘汰され、生産は最小限度に制限され、有価証券の価格は下落し、経済全体は極端に低い水準に落ち着く。事業活動は委縮し、金利は低下しつづける。長期投資は危険であると感ぜられ、短期資金の供給が増大するために、短期金利の低下は特に顕著となる。中央銀行の割引歩合もこれに応じて引き下げられる。事業活動の不振と相まって失業者の数が増大する。好況において異常な増産をみた資本財の生産数量はいまや最低にまで減少する。
不況においては、輸出が激増する。国内市場が不況に陥った場合の安全弁は輸出であるといわれている。各産業は国内需要の減少を海外市場への輸出によって補おうとする。景気変動が国際性を有するとはいえ、なおかつ世界市場にはそれぞれの特異性、たとえば国民の特性、工業国であるか原料国であるかの差などがあるから、輸出を増加させることができる。不況がしばらく存続するならば、やがて回復へ転換する可能性が発生する。不況によって強制された企業および産業の合理化、不況において進展した低金利、低物価、低賃金、不況中に圧迫されていた需要等は徐々に企業家活動を回復させる。何らかの外部的刺激たとえば発明、豊作、政治的変動等によって上昇への契機が生み出される。やがて有効需要は増大し、遊休設備は利用され、滞貨は整理され、生産は増加し、雇用は増大する。信用は拡張され、これにともなって金利、利潤、賃金、物価等はしだいに騰貴する。
景気回復の最初の兆候は金融市場に現われる。金利の低下は企業家活動を刺激し、貨幣資本に対する需要を増大させる。さらに金利の低下は、貯蓄預金を証券投資に向けさせるであろう。何となれば恐慌の影響から時間的、心理的に遠ざかるにつれて、貯蓄を預金した者は証券投資に対する危倶の念をしだいに滅らすであろうし、また金利が一定水準以下に低下すると、貯蓄を預金の形でもつよりも証券の形でもつ方が有利になるからである。かくして投資はまず確定利付証券(公債、社債)に対して行なわれる。やがて利潤証券(株式)の価格は騰貴する。資金に対する需要が増大し、金利が騰貴するにつれて、確定利付証券の価格は下落する。投資の増加は経済の全領域に波及し、投資は投資を生んで、雇用量と生産量、したがってまた、国民所得を増大させる。投資の増加は、まず機械、鉄鋼、建築材料等の資本財の生産部門に現われ、資本財の生産を活況にする。やがて物価が騰貴し始める。しかし物価は一律に騰貴するのではない。原料品および半製品の価格は完成品の価格よりも騰貴が甚だしく、また卸売物価は小売物価よりも騰貴しやすい。賃金および利子は好況の最後になるまで一般物価の騰貴に遅れる。
物価の騰貴および所得階層の変動の結果として消費もまた変化する。いかなる商品に対する需要が増大するかは、各商品の需要の弾力性によって支配される。すなわちバンの消費は比較的不変であるが、自動車、耐久消費財および奮移品に対する需要が増大し、これら商品の生産者は利益を得る。景気の上昇にともなって各産業の原料需要が増大し、輸入が増加する。これに対して輸出は物価騰貴のために減少するから、貿易差額は逆調となる傾向がある。好況は遅かれ早かれ終局に達し、景気後退に転ずる。まず金融が極端に困難となり、金利が昂騰する。資金の需要がますます増大するにもかかわらず、貸付資金は欠乏する。すなわち資本欠乏の現象が現われる。金利の騰貴は株式市場における投機取引をますます困難にし、証券価格を下落させる。したがって新証券の発行は極度に減少して、産業金融の主たる源泉が梗塞される。銀行が事態のなりゆきに不安を感じて貸付を回収しようとし、預金者がまた預金の不安を感じて「取付」(run)を行なうようになると、信用恐慌が発生する。
金融市場の崩壊は、生産の減少、失業者の増大、所得の減少、企業の破産、物価の暴落等の現象を相次いで発生させる。好況は景気後退に転ずるげれども、恐慌にまで進むかどうかについては問題がある。もしシュピートホッフのように、恐慌を急激な信用崩壊と多数の支払停止であると定義するならば、恐慌は必然的ではないが、景気変動の歴史は恐慌をともなった幾多の例を示している。どの程度の企業の破産、どの程度の有価証券の暴落、どの程度の信用崩壊を恐慌というべきかは、必ずしも明瞭ではない。一般にいわれる恐慌には国民経済的なものと経済組織の一部に発生するものとがあるが、ここにいう恐慌は国民経済的規模において発生する全体的な恐慌である。経済組織の一部に起こる部分的恐慌は、それぞれ特有の原因に基づくものであって、それは景気変動とは必ずしも関係がない。
なお恐慌には、景気変動の結果として起きるもののほかに、自然的、政治的な大変動によって起こる「外生的」な恐慌もありうる。
4 景気変動の原因
現実の景気変動はきわめて複雑な現象であって、これを何か一つの原因によって説明することはできない。この原因を見出そうとする実証的あるいは理論的な多くの試みがなされてきたげれども、定説があるわけではない。ミッチェル(W. C. Mitchell)は景気変動の原因を、自然現象に求めるもの、心理現象に求めるものおよび制度的現象に求めるものの3種類に分けている。しかし、第1の自然的要因から景気変動を説明しようとする試みは、今日もはや重要視されていない。もとより自然的要因が何らかの形で景気変動に影響を及ぼしうることは否定できない。しかし自然的要因は経済のいわば与件であって、それは資本主義以前においても、資本主義においても存在していた。ところが景気変動は資本主義成立後において幾分規則的に発生するようになったのであるから、景気変動の原因としては、自然的要因以外の何か資本主義に特有なものに求めなければならない。自然現象のような経済外的要因から景気変動を説明しようとするものを外生的理論とよぶ。第2の心理的要因もまた景気変動に重要な関係を有することは明らかである。しかし心理的要因それ自体は、資本主義に固有なものではない。したがって結局、残るところのものは第3の制度的要因である。制度的要因こそ資本主義に特有な景気変動を説明するものである。もちろん自然的または心理的要因が景気変動をひき起こすことがありうる。しかしこれらの要因は制度的要因と結びついてのみ、景気変動を発生させるのである。制度的要因の多くは経済的要因であるから、これに基づいて景気変動を説明しようとするものを内生的理論とよぶ。(399〜402ページ)
=================================
上の景気変動の説明は91年までのバブルとバブルの崩壊の様子をよく説明している。また、不況の時の社会情勢をよく説明している。昭和56年の改訂版テキストだから、現在の日本の様子をみて書かれたものではない。資本主義では制度的にこのようなことが起こると説明している。
では、制度的な要因をみてみよう。このブログでは、いまの日本は需要不足であり、このようなときには政府が赤字を出して投資すべきであると述べた来たが、不況の要因は次のように説明されており、いくつかある。それらを解決して不況から脱出するための教科書の記述は次である。
======第10部景気変動論 第4章景気変動に関する学説====
(略)
2 一般的過剰生産説
マルサス(Thomas Robert Malthus)にいたって初めて一般的過剰生産が認められた。マルサスによれば、富の増加の原因には、資本の蓄積、土地の豊かさおよび技術の進歩の三つがある。しかし富の量の増加は必ずしもその価値(交換価値)の増加を意味しない。富の量は生産によって増加するけれども、その価値は生産物に対する有効需要に依存する。有効需要を増加させるためには、富の分配を変更しなければならない。その理由はつぎのようである。いま企業が利潤の一部を蓄積し、この資本をもって生産を拡張するとしよう。この場合、第1に、これまで不生産的労働に従事していた人々が生産的労働に移行する。しかしこれによって、全体としての労働者の消費は増減しない。第2に、資本家は節約によって資本を蓄積するのであるから、彼らの消費は減少しなければならない。第3に、生産拡張によって生産物は著しく増加する。かくして全体として見れば、消費は減少したのに生産は増加した結果となる。それ故に、生産的労働者の増加によって得られた商品の増加量は、その購買者を発見しえなくなって一般的過剰生産がおきる。この過剰は特殊の商品に関するものでなく、一般的なものである。過剰生産がおきた場合には、価値は生産費以下に低下する。したがって富を永続的に増加させていくためには、その量を増加させるのみならず、その価値を増加させなければならない。では価値の増加はいかにして可能となるか。マルサスによれば、それは生産物の消費者への分配を変更することによって可能である。価値を増加させる原因に三つある。第1に、土地財産の分割、第2は、商業の発展、第3は、不生産的労働者の増加である。土地財産の分割は富を多数の者に分割することによって、商品に対する需要を増加させる、富者によって消費されない富の部分が彼らによって消費されるようになる。第2の商業の発展もまた、需要を喚起することによって商品の価値を増大させる。第3に、地主、政治家、軍人、官公吏、自由職業者等、直接生産に従事しない人々が増加した場合には、生産に比して消費財需要が栂対的に増大する。かくして富の分配に対する干渉によって商品の価値を増大させ、商品の一般的過剰生産を防止することが可能となる。このようなマルサスの理論が後にケインズの有効需要の理論を生み出すことになるのである。(404〜405ページ)
=================================
ものあまりの現代日本の様子をよく説明しているが、このような不況がおこることは100年以上前(マルサス1766〜1834年)に説明されているわけだ。そして、解決策として、㈰土地財産の分割、㈪商業の発展、㈫不生産的労働者の増加を挙げている。
㈰は現代では累進課税となって、実現したのだが、最近の日本は累進制をフラットにしようとしていることは、景気回復に反する政策である。㈪は当たり前の話のように見える。㈫は公務員を増やせといっているわけだが、これも最近の世論とは逆の処方箋である。しかし、クソ公務員を減らせというのは、感情論であって、ホントは公務員を増やすことが景気回復に役立つ。沖縄の場合、観光客の増加は、これと全く同じ効果を生む。観光客は何かを生産するわけではないが、とにかく消費する。これによって、観光地の景気が良くなる。同様に学生を大量に集める大学や軍隊も地域経済にプラスである。沖縄米軍は消費は基地内が中心であり、必要な消費物資も米国から搬入されているから、最近は経済効果が格段に低下している。1ドル=360円のころまでは、沖縄の物価が安いので基地外で大いに消費したが、最近は基地の中から出てこなくなった。もし、米軍再編で沖縄米軍が大幅に削減され、代わって自衛隊が軍事力の空白を埋めるなら、自衛隊は県内で消費するから経済的にはプラスである。
しかし、それをわたしが大きな声でいっても、単なる脳内妄想だろうと受け取られる可能性の方が高い。経済学の博士号を持っていれば、話しを聞く人もいるかも知れないが、ところがどっこい、経済の博士号も最近では全く信用できない。アメリカで経済学博士をとったという女性エコノミストが自民党の刺客として、選挙区では落選なのに比例で復活当選するケースがあったが、この人のいっていることはめちゃくちゃであることは、ネット上では良く知られている。
そこで、まともな教科書には不況の原因は何で、どうやって回復すると書かれているのか、非常に長くなるが引用して、少し解説を加える。非常に長くなるので3回くらいに分ける。
テキストは『経済学入門』(千種義人・慶応大学教授、同文館、初版昭和30年10月、改訂36版昭和56年10月)である。
まずは、景気変動の性質。(下線は渡久地)
=========第10部景気変動論 第3章景気変動=======
(略)
3 景気変動の局面
景気変動のリズムは、局面(phase)または様相と称せられる変動部分から成る。これら各局面は相合して一つの循環を形成する。もとより景気変動は多種多様の局面を示すものであって、まったく同一の様相が反復されるということはない。しかしそれにもかかわらず、過去の経験に照らしてみれば、だいたいにおいて典型的なものが存在している。これらの局面を明らかにしようとしたいくつかの研究がある。
最近では景気変動の局面を第2図(略=渡久地)のように区分するのが習わしである。好況(prosperity)のつづいた後で景気後退(recession)が現われて不況(depression)に転ずる。この転換が急激におきる場合を恐慌(crisis)という。やがて回復(recovery)が始まって繁栄に入る。不況では、弱体企業は淘汰され、生産は最小限度に制限され、有価証券の価格は下落し、経済全体は極端に低い水準に落ち着く。事業活動は委縮し、金利は低下しつづける。長期投資は危険であると感ぜられ、短期資金の供給が増大するために、短期金利の低下は特に顕著となる。中央銀行の割引歩合もこれに応じて引き下げられる。事業活動の不振と相まって失業者の数が増大する。好況において異常な増産をみた資本財の生産数量はいまや最低にまで減少する。
不況においては、輸出が激増する。国内市場が不況に陥った場合の安全弁は輸出であるといわれている。各産業は国内需要の減少を海外市場への輸出によって補おうとする。景気変動が国際性を有するとはいえ、なおかつ世界市場にはそれぞれの特異性、たとえば国民の特性、工業国であるか原料国であるかの差などがあるから、輸出を増加させることができる。不況がしばらく存続するならば、やがて回復へ転換する可能性が発生する。不況によって強制された企業および産業の合理化、不況において進展した低金利、低物価、低賃金、不況中に圧迫されていた需要等は徐々に企業家活動を回復させる。何らかの外部的刺激たとえば発明、豊作、政治的変動等によって上昇への契機が生み出される。やがて有効需要は増大し、遊休設備は利用され、滞貨は整理され、生産は増加し、雇用は増大する。信用は拡張され、これにともなって金利、利潤、賃金、物価等はしだいに騰貴する。
景気回復の最初の兆候は金融市場に現われる。金利の低下は企業家活動を刺激し、貨幣資本に対する需要を増大させる。さらに金利の低下は、貯蓄預金を証券投資に向けさせるであろう。何となれば恐慌の影響から時間的、心理的に遠ざかるにつれて、貯蓄を預金した者は証券投資に対する危倶の念をしだいに滅らすであろうし、また金利が一定水準以下に低下すると、貯蓄を預金の形でもつよりも証券の形でもつ方が有利になるからである。かくして投資はまず確定利付証券(公債、社債)に対して行なわれる。やがて利潤証券(株式)の価格は騰貴する。資金に対する需要が増大し、金利が騰貴するにつれて、確定利付証券の価格は下落する。投資の増加は経済の全領域に波及し、投資は投資を生んで、雇用量と生産量、したがってまた、国民所得を増大させる。投資の増加は、まず機械、鉄鋼、建築材料等の資本財の生産部門に現われ、資本財の生産を活況にする。やがて物価が騰貴し始める。しかし物価は一律に騰貴するのではない。原料品および半製品の価格は完成品の価格よりも騰貴が甚だしく、また卸売物価は小売物価よりも騰貴しやすい。賃金および利子は好況の最後になるまで一般物価の騰貴に遅れる。
物価の騰貴および所得階層の変動の結果として消費もまた変化する。いかなる商品に対する需要が増大するかは、各商品の需要の弾力性によって支配される。すなわちバンの消費は比較的不変であるが、自動車、耐久消費財および奮移品に対する需要が増大し、これら商品の生産者は利益を得る。景気の上昇にともなって各産業の原料需要が増大し、輸入が増加する。これに対して輸出は物価騰貴のために減少するから、貿易差額は逆調となる傾向がある。好況は遅かれ早かれ終局に達し、景気後退に転ずる。まず金融が極端に困難となり、金利が昂騰する。資金の需要がますます増大するにもかかわらず、貸付資金は欠乏する。すなわち資本欠乏の現象が現われる。金利の騰貴は株式市場における投機取引をますます困難にし、証券価格を下落させる。したがって新証券の発行は極度に減少して、産業金融の主たる源泉が梗塞される。銀行が事態のなりゆきに不安を感じて貸付を回収しようとし、預金者がまた預金の不安を感じて「取付」(run)を行なうようになると、信用恐慌が発生する。
金融市場の崩壊は、生産の減少、失業者の増大、所得の減少、企業の破産、物価の暴落等の現象を相次いで発生させる。好況は景気後退に転ずるげれども、恐慌にまで進むかどうかについては問題がある。もしシュピートホッフのように、恐慌を急激な信用崩壊と多数の支払停止であると定義するならば、恐慌は必然的ではないが、景気変動の歴史は恐慌をともなった幾多の例を示している。どの程度の企業の破産、どの程度の有価証券の暴落、どの程度の信用崩壊を恐慌というべきかは、必ずしも明瞭ではない。一般にいわれる恐慌には国民経済的なものと経済組織の一部に発生するものとがあるが、ここにいう恐慌は国民経済的規模において発生する全体的な恐慌である。経済組織の一部に起こる部分的恐慌は、それぞれ特有の原因に基づくものであって、それは景気変動とは必ずしも関係がない。
なお恐慌には、景気変動の結果として起きるもののほかに、自然的、政治的な大変動によって起こる「外生的」な恐慌もありうる。
4 景気変動の原因
現実の景気変動はきわめて複雑な現象であって、これを何か一つの原因によって説明することはできない。この原因を見出そうとする実証的あるいは理論的な多くの試みがなされてきたげれども、定説があるわけではない。ミッチェル(W. C. Mitchell)は景気変動の原因を、自然現象に求めるもの、心理現象に求めるものおよび制度的現象に求めるものの3種類に分けている。しかし、第1の自然的要因から景気変動を説明しようとする試みは、今日もはや重要視されていない。もとより自然的要因が何らかの形で景気変動に影響を及ぼしうることは否定できない。しかし自然的要因は経済のいわば与件であって、それは資本主義以前においても、資本主義においても存在していた。ところが景気変動は資本主義成立後において幾分規則的に発生するようになったのであるから、景気変動の原因としては、自然的要因以外の何か資本主義に特有なものに求めなければならない。自然現象のような経済外的要因から景気変動を説明しようとするものを外生的理論とよぶ。第2の心理的要因もまた景気変動に重要な関係を有することは明らかである。しかし心理的要因それ自体は、資本主義に固有なものではない。したがって結局、残るところのものは第3の制度的要因である。制度的要因こそ資本主義に特有な景気変動を説明するものである。もちろん自然的または心理的要因が景気変動をひき起こすことがありうる。しかしこれらの要因は制度的要因と結びついてのみ、景気変動を発生させるのである。制度的要因の多くは経済的要因であるから、これに基づいて景気変動を説明しようとするものを内生的理論とよぶ。(399〜402ページ)
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上の景気変動の説明は91年までのバブルとバブルの崩壊の様子をよく説明している。また、不況の時の社会情勢をよく説明している。昭和56年の改訂版テキストだから、現在の日本の様子をみて書かれたものではない。資本主義では制度的にこのようなことが起こると説明している。
では、制度的な要因をみてみよう。このブログでは、いまの日本は需要不足であり、このようなときには政府が赤字を出して投資すべきであると述べた来たが、不況の要因は次のように説明されており、いくつかある。それらを解決して不況から脱出するための教科書の記述は次である。
======第10部景気変動論 第4章景気変動に関する学説====
(略)
2 一般的過剰生産説
マルサス(Thomas Robert Malthus)にいたって初めて一般的過剰生産が認められた。マルサスによれば、富の増加の原因には、資本の蓄積、土地の豊かさおよび技術の進歩の三つがある。しかし富の量の増加は必ずしもその価値(交換価値)の増加を意味しない。富の量は生産によって増加するけれども、その価値は生産物に対する有効需要に依存する。有効需要を増加させるためには、富の分配を変更しなければならない。その理由はつぎのようである。いま企業が利潤の一部を蓄積し、この資本をもって生産を拡張するとしよう。この場合、第1に、これまで不生産的労働に従事していた人々が生産的労働に移行する。しかしこれによって、全体としての労働者の消費は増減しない。第2に、資本家は節約によって資本を蓄積するのであるから、彼らの消費は減少しなければならない。第3に、生産拡張によって生産物は著しく増加する。かくして全体として見れば、消費は減少したのに生産は増加した結果となる。それ故に、生産的労働者の増加によって得られた商品の増加量は、その購買者を発見しえなくなって一般的過剰生産がおきる。この過剰は特殊の商品に関するものでなく、一般的なものである。過剰生産がおきた場合には、価値は生産費以下に低下する。したがって富を永続的に増加させていくためには、その量を増加させるのみならず、その価値を増加させなければならない。では価値の増加はいかにして可能となるか。マルサスによれば、それは生産物の消費者への分配を変更することによって可能である。価値を増加させる原因に三つある。第1に、土地財産の分割、第2は、商業の発展、第3は、不生産的労働者の増加である。土地財産の分割は富を多数の者に分割することによって、商品に対する需要を増加させる、富者によって消費されない富の部分が彼らによって消費されるようになる。第2の商業の発展もまた、需要を喚起することによって商品の価値を増大させる。第3に、地主、政治家、軍人、官公吏、自由職業者等、直接生産に従事しない人々が増加した場合には、生産に比して消費財需要が栂対的に増大する。かくして富の分配に対する干渉によって商品の価値を増大させ、商品の一般的過剰生産を防止することが可能となる。このようなマルサスの理論が後にケインズの有効需要の理論を生み出すことになるのである。(404〜405ページ)
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ものあまりの現代日本の様子をよく説明しているが、このような不況がおこることは100年以上前(マルサス1766〜1834年)に説明されているわけだ。そして、解決策として、㈰土地財産の分割、㈪商業の発展、㈫不生産的労働者の増加を挙げている。
㈰は現代では累進課税となって、実現したのだが、最近の日本は累進制をフラットにしようとしていることは、景気回復に反する政策である。㈪は当たり前の話のように見える。㈫は公務員を増やせといっているわけだが、これも最近の世論とは逆の処方箋である。しかし、クソ公務員を減らせというのは、感情論であって、ホントは公務員を増やすことが景気回復に役立つ。沖縄の場合、観光客の増加は、これと全く同じ効果を生む。観光客は何かを生産するわけではないが、とにかく消費する。これによって、観光地の景気が良くなる。同様に学生を大量に集める大学や軍隊も地域経済にプラスである。沖縄米軍は消費は基地内が中心であり、必要な消費物資も米国から搬入されているから、最近は経済効果が格段に低下している。1ドル=360円のころまでは、沖縄の物価が安いので基地外で大いに消費したが、最近は基地の中から出てこなくなった。もし、米軍再編で沖縄米軍が大幅に削減され、代わって自衛隊が軍事力の空白を埋めるなら、自衛隊は県内で消費するから経済的にはプラスである。
2005年09月17日
経済学の教科書を読もう(中)
この他、教科書では部分的過剰生産説(セイ)、所得不足説、信用説、太陽黒点説なども取り上げているが、マルクスと小泉構造改革骨太の方針のヒントになったシュムペーターの説を見てみると、
======第10部景気変動論 第4章景気変動に関する学説====
(略)
9 マルクスの恐慌理論
マルクスによれば、資本主義において恐慌は必然的に発生する。ただマルクス自身は、恐慌理論を体系的に述べていないので、彼の恐慌理論をどのように解釈するかについて、種々の意見がある。大別してつぎの三つである。
㈰マルクスは利潤率低下傾向から恐慌を根拠づけようとしている。
㈪マルクスは恐慌の原因を過少消費に求めている。
㈫マルクスは恐慌の直接的原因を生産部門間の不比例に求めている。
しかしこれらを総合してつぎのように解することができると思う。
資本構成は産業部門によってそれぞれ異なるから、商品が価値どおり販売されるとすれば、利潤率はそれぞれ異ならねばならない。しかし自由競争下においては、実際において利潤率は平均しなければならない。したがって商品は価値から離れた生産価格で売られることになる。ところで平均利潤率は、資本構成の高度化につれて低下せざるをえない。資本家は利潤率の低下を償うために、利潤の絶対量を増加させようとする。利潤の絶対量を増加させるには剰余価値の絶対量を増加させねばならない。剰余価値の増加は資本蓄積の増大によって可能となる。しかし資本の有機的構成が高まれば利潤率はさらに低下する。資本家にはこの低下を償うために資本の蓄積をもう一段増加させようとする。同時に資本の集積と集中をはかる。このような経過をたどって生産力はますます増大し、それとともに商品の生産量も増大しつづける。ところがこれらの商品は売れなければならない。もしそれらが売れないか、またはその一部だけしか売れないか、あるいは生産価格以下でしか売れないならば、剰余価値は少しも実現されないか、あるいは一部だけしか実現されない。この剰余価値の実現は生産諸部門間の比例的関係と社会の消費力とによって制約される。
生産力の発展にともなって消費財生産量は増大しつづける。ところが労働者の分け前である賃金は資本家の分け前である剰余価値に比して相対的に減少する。したがって労働者によって購入される消費財は消費財生産量に比して相対的に減少することになる。資本家所得は相対的に増大するから、もし資本家が消費支出を増大させるならば、消費財生産の増加分はほとんど売れるであろう。しかし剰余価値のすべてが消費に支出されるならば、資本の蓄積が不可能となるが故に、資本家はこのような支出をしないであろう。かくして一方から見れば消費財の過剰生産、他方から見れば消費不足の現象がおきる。かくして商品の一部は売れないか、あるいは生産価格以下でしか売れないこととなる。
このような状態は生産部門間の比例関係をうち破る。拡大再生産が行なわれるためには、第1部門と第2部門の間に一定の比例関係がなければならない。ところで一方において、第1部門では資本財の生産はますます増大しつづけるが、第2部門では、過少消費の傾向があるために、生産規模をあまり拡張することができない。したがって第2部門は第1部門が売ろうとしている資本財をすべて購入するというわけにはいかない。かくして資本財は過剰となり、二つの部門間の比例関係は破れる。これが恐慌である。生産力の発展は必然的に産業予備軍を発生させるのであるが、いまやこの同じ原因が必然的に恐慌を引き起こすのである。
ところが恐慌の発生は、再び拡大再生産の存続を可能にする。何となれば恐慌によって、既存資本の価値が破壊されて、生産部門間の比例関係が再び成立するからである。しかし恐慌の発生は利潤率を低下させるから、資本家は利潤の絶対量を増加させようとして、資本の蓄積、集積および集中を促進させる。その結果、さらに生産力は増大し、恐慌も一段と大規模になる。このような恐慌は一定の期間をおいて規則的に発生し、1回ごとにその規模を拡大する。
以上がマルクスの恐慌理論の骨組であるが、ではマルクスのいうように生産財の過剰生産は必然的であろうか。マルクスは過少消費からこの必然性を説いていると解されるのであるが、これに対して蓄積された資本は資本財に対する需要となって市場に現われるから、過剰生産は必ずしもおきないという主張がある。たとえばツガン・パラノウスキーによれば、商品に対する需要には、消費のための需要と生産のための需要とがある。消費のための需要は労働者の購買力不足によって減退しても、生産のための需要は資本の蓄積によって増加する。それ故に、商品に対する全需要は資本蓄積の増大によって減少するとはかぎらない。消費財に対する需要が減少するならば、消費財の生産を減らして資本財の生産を増加させていけば、過剰生産は発生しないであろうと。このことをマルクスの再生産表式を改造することによって証明しようとする。
このツガンの説に対しては、資本財に対する需要は消費財に対する需要と無関係ではないという反駁がなされうる。消費財に対する需要が減少するならば、あるいは減少するという予想があるならば、資本財に対する需要は増加しえないであろう。資本は蓄積されても、それは資本財に対する需要となって現われてこないであろう。したがって資本は需要に比して過剰となるであろう。この意味でマルクスの『資本論』第三巻の主張を無視することは許されない。恐慌の原因に関して、『資本論』第二巻と第三巻の間に矛盾があるということは、しばしば指摘されているところであり、そのいずれの主張をとるべきかについて種々の解釈が成立しうるのであるが、資本主義経済崩壊に関するマルクスの結論は、第二巻の再生産の表式からは薄かれない。ツガンが示すように、資本財への需要増加によって、数学的には再生産表式の比例関係が保たれうるとしても、消費財に対する購買力が不足する場合には、実際的には、この比例関係を保つことはできない。
では過剰生産は必然であろうか。マルクスが理論づけているように、資本主義経済がその純粋な形式で存続するかぎり、その発生は必然的と考えられる。しかし今日では恐慌の発生を防止することは必ずしも不可能ではない。賃金は労働組合の勢力増大によってしだいに増加するようになった。資本家の消費支出は、直接には増大しないにしても、国家が累進課税によって資本家から所得を徴収し、それを貧者へ再分配することによって、あるいは公共事業を行なうことによって、間接的に消費支出は増大する。これに加えてデモンストレーション効果や、依存効果によっても消費支出は増大する。このようにして恐慌の発生が回避される。他方また国家は経済計画によって設備投資の過剰を防止しようとするようになった。無政府的投資から計画的投資への傾向が強くなった。こうしてやはり恐慌は避けられる。さらに独占が強力となって、ある程度の過剰設備があってももちこたえることができるようになった。このようにマルクスの恐慌理論は、マルクスの描いた資本主義社会の下では当てはまるにしても、変貌した資本主義経済の下では適用されない。(411〜413ページ)
=================================
マルクスもマルサスと同様、過剰生産が起こり、それによって起こる恐慌は資本主義の必然であると述べている。これに対し、教科書では恐慌を防止する方法を㈰国家が累進課税によって資本家から所得を徴収し、それを貧者へ再分配する、㈪公共事業を行なうことによって、間接的に消費支出を増大させて、防止すると述べる。1929年の世界恐慌以来、世界中がやってきたのはこの方法だった。
いま、累進制をフラット化する、公共投資を減らすという自民党の小さな政府の政策を国民は選んだわけだが、これではマルクスのいう恐慌まっしぐら、ということになる。本当に郵便局を民営化して公務員を減らしたら景気は回復するのか。いま、小泉改革がやっていることは、まさに教科書と正反対のことである。そして、「小泉改革の逆をやる」といった亀井静香氏ら正統な経済政策を唱える政治家が追いつめられている。
======第10部景気変動論 第4章景気変動に関する学説====
(略)
9 マルクスの恐慌理論
マルクスによれば、資本主義において恐慌は必然的に発生する。ただマルクス自身は、恐慌理論を体系的に述べていないので、彼の恐慌理論をどのように解釈するかについて、種々の意見がある。大別してつぎの三つである。
㈰マルクスは利潤率低下傾向から恐慌を根拠づけようとしている。
㈪マルクスは恐慌の原因を過少消費に求めている。
㈫マルクスは恐慌の直接的原因を生産部門間の不比例に求めている。
しかしこれらを総合してつぎのように解することができると思う。
資本構成は産業部門によってそれぞれ異なるから、商品が価値どおり販売されるとすれば、利潤率はそれぞれ異ならねばならない。しかし自由競争下においては、実際において利潤率は平均しなければならない。したがって商品は価値から離れた生産価格で売られることになる。ところで平均利潤率は、資本構成の高度化につれて低下せざるをえない。資本家は利潤率の低下を償うために、利潤の絶対量を増加させようとする。利潤の絶対量を増加させるには剰余価値の絶対量を増加させねばならない。剰余価値の増加は資本蓄積の増大によって可能となる。しかし資本の有機的構成が高まれば利潤率はさらに低下する。資本家にはこの低下を償うために資本の蓄積をもう一段増加させようとする。同時に資本の集積と集中をはかる。このような経過をたどって生産力はますます増大し、それとともに商品の生産量も増大しつづける。ところがこれらの商品は売れなければならない。もしそれらが売れないか、またはその一部だけしか売れないか、あるいは生産価格以下でしか売れないならば、剰余価値は少しも実現されないか、あるいは一部だけしか実現されない。この剰余価値の実現は生産諸部門間の比例的関係と社会の消費力とによって制約される。
生産力の発展にともなって消費財生産量は増大しつづける。ところが労働者の分け前である賃金は資本家の分け前である剰余価値に比して相対的に減少する。したがって労働者によって購入される消費財は消費財生産量に比して相対的に減少することになる。資本家所得は相対的に増大するから、もし資本家が消費支出を増大させるならば、消費財生産の増加分はほとんど売れるであろう。しかし剰余価値のすべてが消費に支出されるならば、資本の蓄積が不可能となるが故に、資本家はこのような支出をしないであろう。かくして一方から見れば消費財の過剰生産、他方から見れば消費不足の現象がおきる。かくして商品の一部は売れないか、あるいは生産価格以下でしか売れないこととなる。
このような状態は生産部門間の比例関係をうち破る。拡大再生産が行なわれるためには、第1部門と第2部門の間に一定の比例関係がなければならない。ところで一方において、第1部門では資本財の生産はますます増大しつづけるが、第2部門では、過少消費の傾向があるために、生産規模をあまり拡張することができない。したがって第2部門は第1部門が売ろうとしている資本財をすべて購入するというわけにはいかない。かくして資本財は過剰となり、二つの部門間の比例関係は破れる。これが恐慌である。生産力の発展は必然的に産業予備軍を発生させるのであるが、いまやこの同じ原因が必然的に恐慌を引き起こすのである。
ところが恐慌の発生は、再び拡大再生産の存続を可能にする。何となれば恐慌によって、既存資本の価値が破壊されて、生産部門間の比例関係が再び成立するからである。しかし恐慌の発生は利潤率を低下させるから、資本家は利潤の絶対量を増加させようとして、資本の蓄積、集積および集中を促進させる。その結果、さらに生産力は増大し、恐慌も一段と大規模になる。このような恐慌は一定の期間をおいて規則的に発生し、1回ごとにその規模を拡大する。
以上がマルクスの恐慌理論の骨組であるが、ではマルクスのいうように生産財の過剰生産は必然的であろうか。マルクスは過少消費からこの必然性を説いていると解されるのであるが、これに対して蓄積された資本は資本財に対する需要となって市場に現われるから、過剰生産は必ずしもおきないという主張がある。たとえばツガン・パラノウスキーによれば、商品に対する需要には、消費のための需要と生産のための需要とがある。消費のための需要は労働者の購買力不足によって減退しても、生産のための需要は資本の蓄積によって増加する。それ故に、商品に対する全需要は資本蓄積の増大によって減少するとはかぎらない。消費財に対する需要が減少するならば、消費財の生産を減らして資本財の生産を増加させていけば、過剰生産は発生しないであろうと。このことをマルクスの再生産表式を改造することによって証明しようとする。
このツガンの説に対しては、資本財に対する需要は消費財に対する需要と無関係ではないという反駁がなされうる。消費財に対する需要が減少するならば、あるいは減少するという予想があるならば、資本財に対する需要は増加しえないであろう。資本は蓄積されても、それは資本財に対する需要となって現われてこないであろう。したがって資本は需要に比して過剰となるであろう。この意味でマルクスの『資本論』第三巻の主張を無視することは許されない。恐慌の原因に関して、『資本論』第二巻と第三巻の間に矛盾があるということは、しばしば指摘されているところであり、そのいずれの主張をとるべきかについて種々の解釈が成立しうるのであるが、資本主義経済崩壊に関するマルクスの結論は、第二巻の再生産の表式からは薄かれない。ツガンが示すように、資本財への需要増加によって、数学的には再生産表式の比例関係が保たれうるとしても、消費財に対する購買力が不足する場合には、実際的には、この比例関係を保つことはできない。
では過剰生産は必然であろうか。マルクスが理論づけているように、資本主義経済がその純粋な形式で存続するかぎり、その発生は必然的と考えられる。しかし今日では恐慌の発生を防止することは必ずしも不可能ではない。賃金は労働組合の勢力増大によってしだいに増加するようになった。資本家の消費支出は、直接には増大しないにしても、国家が累進課税によって資本家から所得を徴収し、それを貧者へ再分配することによって、あるいは公共事業を行なうことによって、間接的に消費支出は増大する。これに加えてデモンストレーション効果や、依存効果によっても消費支出は増大する。このようにして恐慌の発生が回避される。他方また国家は経済計画によって設備投資の過剰を防止しようとするようになった。無政府的投資から計画的投資への傾向が強くなった。こうしてやはり恐慌は避けられる。さらに独占が強力となって、ある程度の過剰設備があってももちこたえることができるようになった。このようにマルクスの恐慌理論は、マルクスの描いた資本主義社会の下では当てはまるにしても、変貌した資本主義経済の下では適用されない。(411〜413ページ)
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マルクスもマルサスと同様、過剰生産が起こり、それによって起こる恐慌は資本主義の必然であると述べている。これに対し、教科書では恐慌を防止する方法を㈰国家が累進課税によって資本家から所得を徴収し、それを貧者へ再分配する、㈪公共事業を行なうことによって、間接的に消費支出を増大させて、防止すると述べる。1929年の世界恐慌以来、世界中がやってきたのはこの方法だった。
いま、累進制をフラット化する、公共投資を減らすという自民党の小さな政府の政策を国民は選んだわけだが、これではマルクスのいう恐慌まっしぐら、ということになる。本当に郵便局を民営化して公務員を減らしたら景気は回復するのか。いま、小泉改革がやっていることは、まさに教科書と正反対のことである。そして、「小泉改革の逆をやる」といった亀井静香氏ら正統な経済政策を唱える政治家が追いつめられている。
2005年09月17日
経済学の教科書を読もう(下)
では、骨太の改革が参考にしたシュムペーターは不況をどう説明しているのか。教科書にはあまり芳しい評価はない。
======第10部景気変動論 第4章景気変動に関する学説====
(略)
10 革新説
シュムペーターによれば、資本主義経済の発展は企業家の革新が銀行の信用創造を受けることによって可能となる。いまある企業家が何かの革新を採用し、銀行からの信用を得て、新生産方法を導入することに成功したとする。その企業は平掬利潤以上の利潤を得るであろう。しかしその生産方法を模倣する企業が続出する。信用はいよいよ増大し、価格は騰貴する。これが好況である。しかしやがて新生産方法は普及して、生産物の供給量は増加し、価格は低落して、利潤は一般的に減少する。もし貨幣量が増大しつづげているならば、価格が低落するようなことはない。しかし最初、銀行から得られた信用はやがて返済され、貨幣量は革新前と同水準に減ってしまう。生産物の量は前より増大したにもかかわらず、貨幣量は一定であるから、諸価格は出発点よりも低落せざるをえない。そこで新生産方法の導入に立ち遅れた企業は崩壊することになる。これが景気後退である。好況の反動としておきる景気後退は必要以上に進行し、不況を発生させる。しかしやがて行きすぎが是正されて景気は回復する。そのうちにまたつぎの革新が信用創造とともに始まって好況を生み出す。
革新と信用が景気変動を引き起こす原動力であることは否定できない。この点を指摘したシュムペーターの功績は大きい。しかしシュムペーター説はまだ完全な理論にまで高められていない。特に革新が行きつくした場合、貨幣量が減少して革新以前と同一の大きさになるということが十分に根拠づけられていない。信用の一部はまだ返済されないで残っているかもしれないし、有効需要増加に見合って貨幣量が増大しているかもしれない。そうだとすれば、物価は下落しない。革新の普及が何故に景気を後退させるかについて十分な説明がつかないように思われる。(413〜414ページ)
=================================
骨太の方針は<新しい成長産業・商品が不断に登場する経済の絶え間ない動きを「創造的破壊」と呼びます。創造的破壊を通して、効率性の低い部門から効率性や社会的ニーズの高い成長部門へヒトと資源を移動します。これが経済成長の源泉です。>(http://www.kantei.go.jp/jp/kakugikettei/2001/honebuto/0626ga.html)といっているわけだが、この4年間で本当にこんなことが起こっただろうか。企業の倒産や失業率の高まり、自殺者の増加という単なる破壊はあったが、それに創造は伴わなかった。
効率性や社会的ニーズの高い成長部門を生みだすことは不況下ではそう簡単にできない、という点で、教科書でも疑問符を付けているが、現実の日本を見ても創造的破壊とか新生産方式による好況は4年たってもなかった。また、IT企業は大きくなったが、それが好況を生みだしたかというと、いくつかの企業が特段に儲かっただけで、景気への影響はほとんどなかった。
最後に、ケインズも支持した心理説とは次のようなものだった。
======第10部景気変動論 第4章景気変動に関する学説====
(略)
12 心理説
景気変動は楽観あるいは悲観という心理的要因によって引き起こされるという考え方がある。心理的要因を重要視する説を心理説という。ピグー(A. C. Pigou)やケインズ(J. M. Keynes)がこれに属する。
ピグーによれば、景気上昇期には、楽観的気分の誤謬が支配的となって、景気が極端にゆきすぎる。その楽観的期待が幻滅であることがわかると、悲観的気分の誤謬におきかえられ、景気は極端に悪化する。
ケインズによれば、好況の後段階において、楽観的期待のために、資本の予想収益が増大して、資本の限界効率が上昇する。したがって生産と雇用が増大する。ところが過度に楽観的となった市場では、やがて幻滅がおきる。資本の限界効率は急激に、しかも破局的な勢いで崩壊する。なぜなら予想収益は人間の不確実な予想に基づいて、群集心理によって評価されるのみならず、専門の投機業者は、資本財の予想収益を合理的に推定するよりは、むしろ市場の人気を予測して利益を得ることに専念するからである。資本の限界効率の崩壊にともなって生ずる驚きと将来に関する不安とは、流動性選好を増加させ、利子率を騰貴させる。このようにして資本の限界効率の低下と利子率の騰貴とが結びついて投資を著しく減少させ、恐慌または沈滞を生ぜしめるのであるが、回復に転ずるまでにはかなりの期間を要する。なぜなら悲観的気分が強いために、資本の限界効率は容易に回復しないからである。このために下降運動がつづく。ひとたび回復がはじまると、楽観的心理によって資本の限界効率が大となり、好況へ向かうのである。(416ページ)
=================================
これもバブルとその後処理、デフレ突入を経験していれば分かりやすい話だろう。バブルの頃の楽観は例えば「日本は完全な持続的発展の時代に入った」という言葉に代表されると思う。日銀那覇支店長経験者からわたしが聞いた言葉だ。
一転してバブル崩壊では極めて悲観的な状況が続いている。1995年頃の観光危機では沖縄観光は350万人がせいぜいで、400万人に届かないだろうとバカな沖縄の観光学者が言い、日本経済新聞や朝日新聞も沖縄観光はもう終わったというようなことを書いた。わたしは朝日新聞取材をうけて、必ず回復できると述べたが、「紙面に反映できませんでした」というはがきが届いた。その後、業界と行政が一丸となって回復させたのは有名だ。適切な対処を行うことで不況は回復できる。
一度、悲観的な状態に陥ると、随分長い間その状態が続くものだが、右肩上がりの経済はもはやあり得ない、という最近の風潮は誤りである。不況の原因は分かっている。正しく対処すれば必ず回復できる。そして、そのやり方は小泉構造改革とは全く逆の方向にあることをあたらためて強調する。
教科書の経済学は何も古くなっていない。それどころか、教科書でクエスチョンマークが付いている創造的破壊といったおかしな理論を現代に甦らせ、骨太の方針といっているセンスが古くて間違っている。
この教科書はわたしは学生時代に買ったのだと思うが、実は全く記憶にない。著者の業績も知らない。最近になって読み返しているが、昔、読んだ記憶が全くないのにところどころ書き込みがある。古本を買って積んどいただけなのだと思うが、相当よくできた入門書になっていると思う。
======第10部景気変動論 第4章景気変動に関する学説====
(略)
10 革新説
シュムペーターによれば、資本主義経済の発展は企業家の革新が銀行の信用創造を受けることによって可能となる。いまある企業家が何かの革新を採用し、銀行からの信用を得て、新生産方法を導入することに成功したとする。その企業は平掬利潤以上の利潤を得るであろう。しかしその生産方法を模倣する企業が続出する。信用はいよいよ増大し、価格は騰貴する。これが好況である。しかしやがて新生産方法は普及して、生産物の供給量は増加し、価格は低落して、利潤は一般的に減少する。もし貨幣量が増大しつづげているならば、価格が低落するようなことはない。しかし最初、銀行から得られた信用はやがて返済され、貨幣量は革新前と同水準に減ってしまう。生産物の量は前より増大したにもかかわらず、貨幣量は一定であるから、諸価格は出発点よりも低落せざるをえない。そこで新生産方法の導入に立ち遅れた企業は崩壊することになる。これが景気後退である。好況の反動としておきる景気後退は必要以上に進行し、不況を発生させる。しかしやがて行きすぎが是正されて景気は回復する。そのうちにまたつぎの革新が信用創造とともに始まって好況を生み出す。
革新と信用が景気変動を引き起こす原動力であることは否定できない。この点を指摘したシュムペーターの功績は大きい。しかしシュムペーター説はまだ完全な理論にまで高められていない。特に革新が行きつくした場合、貨幣量が減少して革新以前と同一の大きさになるということが十分に根拠づけられていない。信用の一部はまだ返済されないで残っているかもしれないし、有効需要増加に見合って貨幣量が増大しているかもしれない。そうだとすれば、物価は下落しない。革新の普及が何故に景気を後退させるかについて十分な説明がつかないように思われる。(413〜414ページ)
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骨太の方針は<新しい成長産業・商品が不断に登場する経済の絶え間ない動きを「創造的破壊」と呼びます。創造的破壊を通して、効率性の低い部門から効率性や社会的ニーズの高い成長部門へヒトと資源を移動します。これが経済成長の源泉です。>(http://www.kantei.go.jp/jp/kakugikettei/2001/honebuto/0626ga.html)といっているわけだが、この4年間で本当にこんなことが起こっただろうか。企業の倒産や失業率の高まり、自殺者の増加という単なる破壊はあったが、それに創造は伴わなかった。
効率性や社会的ニーズの高い成長部門を生みだすことは不況下ではそう簡単にできない、という点で、教科書でも疑問符を付けているが、現実の日本を見ても創造的破壊とか新生産方式による好況は4年たってもなかった。また、IT企業は大きくなったが、それが好況を生みだしたかというと、いくつかの企業が特段に儲かっただけで、景気への影響はほとんどなかった。
最後に、ケインズも支持した心理説とは次のようなものだった。
======第10部景気変動論 第4章景気変動に関する学説====
(略)
12 心理説
景気変動は楽観あるいは悲観という心理的要因によって引き起こされるという考え方がある。心理的要因を重要視する説を心理説という。ピグー(A. C. Pigou)やケインズ(J. M. Keynes)がこれに属する。
ピグーによれば、景気上昇期には、楽観的気分の誤謬が支配的となって、景気が極端にゆきすぎる。その楽観的期待が幻滅であることがわかると、悲観的気分の誤謬におきかえられ、景気は極端に悪化する。
ケインズによれば、好況の後段階において、楽観的期待のために、資本の予想収益が増大して、資本の限界効率が上昇する。したがって生産と雇用が増大する。ところが過度に楽観的となった市場では、やがて幻滅がおきる。資本の限界効率は急激に、しかも破局的な勢いで崩壊する。なぜなら予想収益は人間の不確実な予想に基づいて、群集心理によって評価されるのみならず、専門の投機業者は、資本財の予想収益を合理的に推定するよりは、むしろ市場の人気を予測して利益を得ることに専念するからである。資本の限界効率の崩壊にともなって生ずる驚きと将来に関する不安とは、流動性選好を増加させ、利子率を騰貴させる。このようにして資本の限界効率の低下と利子率の騰貴とが結びついて投資を著しく減少させ、恐慌または沈滞を生ぜしめるのであるが、回復に転ずるまでにはかなりの期間を要する。なぜなら悲観的気分が強いために、資本の限界効率は容易に回復しないからである。このために下降運動がつづく。ひとたび回復がはじまると、楽観的心理によって資本の限界効率が大となり、好況へ向かうのである。(416ページ)
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これもバブルとその後処理、デフレ突入を経験していれば分かりやすい話だろう。バブルの頃の楽観は例えば「日本は完全な持続的発展の時代に入った」という言葉に代表されると思う。日銀那覇支店長経験者からわたしが聞いた言葉だ。
一転してバブル崩壊では極めて悲観的な状況が続いている。1995年頃の観光危機では沖縄観光は350万人がせいぜいで、400万人に届かないだろうとバカな沖縄の観光学者が言い、日本経済新聞や朝日新聞も沖縄観光はもう終わったというようなことを書いた。わたしは朝日新聞取材をうけて、必ず回復できると述べたが、「紙面に反映できませんでした」というはがきが届いた。その後、業界と行政が一丸となって回復させたのは有名だ。適切な対処を行うことで不況は回復できる。
一度、悲観的な状態に陥ると、随分長い間その状態が続くものだが、右肩上がりの経済はもはやあり得ない、という最近の風潮は誤りである。不況の原因は分かっている。正しく対処すれば必ず回復できる。そして、そのやり方は小泉構造改革とは全く逆の方向にあることをあたらためて強調する。
教科書の経済学は何も古くなっていない。それどころか、教科書でクエスチョンマークが付いている創造的破壊といったおかしな理論を現代に甦らせ、骨太の方針といっているセンスが古くて間違っている。
この教科書はわたしは学生時代に買ったのだと思うが、実は全く記憶にない。著者の業績も知らない。最近になって読み返しているが、昔、読んだ記憶が全くないのにところどころ書き込みがある。古本を買って積んどいただけなのだと思うが、相当よくできた入門書になっていると思う。
2005年09月16日
観光要覧を紹介します。
ネタ切れで休もうと思っていたら、ちょうどいいコメントが寄せられましたので、それに応えます。
================
はじめまして
現在、神奈川の大学院で院生をしております。金城敬太と申します。
日記のほう大変興味深くよまさせて頂いています。
ご連絡先がわからなかったのでこちらに書き込みます。
本題ですが、現在専攻がデータマイニングをしていますが出身が沖縄ということもあり一度観光情報を分析してみたいと思いました。でも肝心の沖縄の観光に関するデータがどこで入手できるのかというのが分からず書き込みを致しました。
(例:ホテルの稼動率、観光者数・観光の目的などなど)
データといいましても、政府が発表しているもの、企業が持っているもの、リサーチ会社に依頼するもの、自ら調査しなくてはいけないものなど多々あると思いますが、現状ではどのようになっているのでしょうか。よろしければお聞かせください。
Posted by kinjo at 2005年09月16日 18:03
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沖縄観光の基礎数値は沖縄県「観光要覧」にあります。県観光商工部観光企画課に資料請求すれば現物を送ってくれると思います。
また、
http://www3.pref.okinawa.jp/site/view/cateview.jsp?cateid=233
に平成15年版の観光要覧PDFがあります。(ダイジェスト版かも知れません。未確認)
なお、この観光要覧の数値を子細に分析すると「沖縄観光成長の法則」にたどり着きます。業界の中にいると人間のドラマに目がいって、こんな身近なところに法則があることに気が付かないんですね。数値だけ分析して法則を見つけて下さい。
また、人間ドラマ=業界のそのときどきの動きは
沖縄観光ニュースhttp://www.sokuhou.co.jp/にあります。数値を分析するまで読まない方がよいかも。
金城さん、わたしがライブドアでこのブログを始めたら早速リンクを張って下さいました。数学専攻ですか。遅くなりましたが、ありがとうございます。
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はじめまして
現在、神奈川の大学院で院生をしております。金城敬太と申します。
日記のほう大変興味深くよまさせて頂いています。
ご連絡先がわからなかったのでこちらに書き込みます。
本題ですが、現在専攻がデータマイニングをしていますが出身が沖縄ということもあり一度観光情報を分析してみたいと思いました。でも肝心の沖縄の観光に関するデータがどこで入手できるのかというのが分からず書き込みを致しました。
(例:ホテルの稼動率、観光者数・観光の目的などなど)
データといいましても、政府が発表しているもの、企業が持っているもの、リサーチ会社に依頼するもの、自ら調査しなくてはいけないものなど多々あると思いますが、現状ではどのようになっているのでしょうか。よろしければお聞かせください。
Posted by kinjo at 2005年09月16日 18:03
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沖縄観光の基礎数値は沖縄県「観光要覧」にあります。県観光商工部観光企画課に資料請求すれば現物を送ってくれると思います。
また、
http://www3.pref.okinawa.jp/site/view/cateview.jsp?cateid=233
に平成15年版の観光要覧PDFがあります。(ダイジェスト版かも知れません。未確認)
なお、この観光要覧の数値を子細に分析すると「沖縄観光成長の法則」にたどり着きます。業界の中にいると人間のドラマに目がいって、こんな身近なところに法則があることに気が付かないんですね。数値だけ分析して法則を見つけて下さい。
また、人間ドラマ=業界のそのときどきの動きは
沖縄観光ニュースhttp://www.sokuhou.co.jp/にあります。数値を分析するまで読まない方がよいかも。
金城さん、わたしがライブドアでこのブログを始めたら早速リンクを張って下さいました。数学専攻ですか。遅くなりましたが、ありがとうございます。
2005年09月13日
国民の半数は反自公じゃないか
県内は比例代表の得票も反自公が自公を上回っていた。
県内比例代表政党別得票数(琉球新報9月13日朝刊)
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2005年 ︱ 2003年
===============︱==============
自民218,383(35.4)︱ 200,198(35.7)
公明 54,592( 8.8)︱ 66,333(11.8)
===============︱==============
与党272,975(44.2)︱ 266,531(47.6)
===============︱==============
民主163,085(26.4)︱ 161,872(28.9)
社民 96,975(15.7)︱ 79,898(14.3)
共産 53,752( 8.7)︱ 51,855( 9.3)
国民 30,605( 5.0)︱
===============︱==============
野党344,417(55.8)︱ 293,625(52.4)
==============================
国民新党に3万票はいっているが、大木のように動かないケインズ派が3万人いたというのは心強い。
ついでに全国も見ておくと
選挙区・比例区の得票数・得票率(朝日新聞9月13日朝刊)
=======================================
選挙区(%) ︱ 比例区(%)
====================︱==================
自民 32,518,388 (47.8)︱ 25,887,798 (38.2)
公明 981,105 ( 1.4)︱ 8,987,620 (13.3)
====================︱==================
与党 33,499,493 (49.2)︱ 34,875,418 (51.4)
====================︱==================
民主 24,804,784 (36.4)︱ 21,036,425 (31.0)
社民 996,007 ( 1.5)︱ 3,719,522 ( 5.5)
共産 4,937,371 ( 7.3)︱ 4,919,187 ( 7.3)
国民 432,679 ( 0.6)︱ 1,183,073 ( 1.7)
日本 137,172 ( 0.2)︱ 1,643,506 ( 2.4)
その他 3,258,776 ( 4.8)︱ 433,938 ( 0.6)
====================︱==================
野党 34,566,789 (50.8)︱ 32,935,651 (48.6)
====================︱==================
計 *68,066,283(100.0)︱ 67,811,069(100.0)
=======================================
(*選挙区の得票数合計が1だけあわない)
野党は選挙区の得票は0.8%与党を上回り、比例では1.4%下回っただけだった。国民は郵政を巡ってまっぷたつだったといってもいいと思う。
つまり、国民は圧倒的多数で郵政法案に賛成したのじゃなかった。郵政法案賛成派は選挙区に一人いて、反対が複数立候補したから、割れて賛成派だけが当選した。今回のように争点が一つに絞られる時は民主党は談合の音頭をとって社民、共産、国民、日本、大地その他を全部吸収して大野合を行い、選挙区を調整、仮想的二大政党の一極として戦って、あとで分裂しても良かったかも知れない。戦争するとか、憲法改正などの重要法案の時はそうしてね(郵政程度で談合できなければ、重要法案ではよけい無理か)。
県内比例代表政党別得票数(琉球新報9月13日朝刊)
==============================
2005年 ︱ 2003年
===============︱==============
自民218,383(35.4)︱ 200,198(35.7)
公明 54,592( 8.8)︱ 66,333(11.8)
===============︱==============
与党272,975(44.2)︱ 266,531(47.6)
===============︱==============
民主163,085(26.4)︱ 161,872(28.9)
社民 96,975(15.7)︱ 79,898(14.3)
共産 53,752( 8.7)︱ 51,855( 9.3)
国民 30,605( 5.0)︱
===============︱==============
野党344,417(55.8)︱ 293,625(52.4)
==============================
国民新党に3万票はいっているが、大木のように動かないケインズ派が3万人いたというのは心強い。
ついでに全国も見ておくと
選挙区・比例区の得票数・得票率(朝日新聞9月13日朝刊)
=======================================
選挙区(%) ︱ 比例区(%)
====================︱==================
自民 32,518,388 (47.8)︱ 25,887,798 (38.2)
公明 981,105 ( 1.4)︱ 8,987,620 (13.3)
====================︱==================
与党 33,499,493 (49.2)︱ 34,875,418 (51.4)
====================︱==================
民主 24,804,784 (36.4)︱ 21,036,425 (31.0)
社民 996,007 ( 1.5)︱ 3,719,522 ( 5.5)
共産 4,937,371 ( 7.3)︱ 4,919,187 ( 7.3)
国民 432,679 ( 0.6)︱ 1,183,073 ( 1.7)
日本 137,172 ( 0.2)︱ 1,643,506 ( 2.4)
その他 3,258,776 ( 4.8)︱ 433,938 ( 0.6)
====================︱==================
野党 34,566,789 (50.8)︱ 32,935,651 (48.6)
====================︱==================
計 *68,066,283(100.0)︱ 67,811,069(100.0)
=======================================
(*選挙区の得票数合計が1だけあわない)
野党は選挙区の得票は0.8%与党を上回り、比例では1.4%下回っただけだった。国民は郵政を巡ってまっぷたつだったといってもいいと思う。
つまり、国民は圧倒的多数で郵政法案に賛成したのじゃなかった。郵政法案賛成派は選挙区に一人いて、反対が複数立候補したから、割れて賛成派だけが当選した。今回のように争点が一つに絞られる時は民主党は談合の音頭をとって社民、共産、国民、日本、大地その他を全部吸収して大野合を行い、選挙区を調整、仮想的二大政党の一極として戦って、あとで分裂しても良かったかも知れない。戦争するとか、憲法改正などの重要法案の時はそうしてね(郵政程度で談合できなければ、重要法案ではよけい無理か)。
2005年09月12日
沖縄は反自公が得票上回る
衆院選沖縄選挙区の得票数。全国並の自公の圧勝ではなかった。
========================
1区 当選 下地 幹郎氏(反自公) 72,384
白保 台一氏(自 公) 67,540
比例 赤嶺 政賢氏(反自公) 23,123
上原 秀之氏(反自公) 2,307
2区 当選 照屋 寛徳氏(反自公) 71,861
比例 安次富 修氏(自 公) 60,540
島尻 昇 氏(反自公) 14,617
西平 守伸氏(反自公) 6,875
3区 当選 嘉数 知賢氏(自 公) 72,407
東門美津子氏(反自公) 51,074
玉城デニー氏(反自公) 40,819
猪原 健 氏(反自公) 6,043
4区 当選 西銘恒三郎氏(自 公) 68,419
宮国 忠広氏(反自公) 41,532
真栄里 保氏(反自公) 15,068
金城 浩 氏(反自公) 14,491
========================
629,100
計 (反自公)360,194
(自 公)268,906
========================
比例の仲村正治氏(自公)もあわせて自公4、反自公3議席となったが、選挙区では反自公が9万1,228票、自公を上回った。
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1区 当選 下地 幹郎氏(反自公) 72,384
白保 台一氏(自 公) 67,540
比例 赤嶺 政賢氏(反自公) 23,123
上原 秀之氏(反自公) 2,307
2区 当選 照屋 寛徳氏(反自公) 71,861
比例 安次富 修氏(自 公) 60,540
島尻 昇 氏(反自公) 14,617
西平 守伸氏(反自公) 6,875
3区 当選 嘉数 知賢氏(自 公) 72,407
東門美津子氏(反自公) 51,074
玉城デニー氏(反自公) 40,819
猪原 健 氏(反自公) 6,043
4区 当選 西銘恒三郎氏(自 公) 68,419
宮国 忠広氏(反自公) 41,532
真栄里 保氏(反自公) 15,068
金城 浩 氏(反自公) 14,491
========================
629,100
計 (反自公)360,194
(自 公)268,906
========================
比例の仲村正治氏(自公)もあわせて自公4、反自公3議席となったが、選挙区では反自公が9万1,228票、自公を上回った。
2005年09月10日
右肩上がりをなぜ目指さないのか
8月の観光客数は過去最大の56万人(前年比8%増)となった見込みだ(わたしの試算。県の発表は22日頃)。
56万人でもまだ受入にはわずかに余裕があると思うが、ホテルはなかなかとれない状態だっただろう。
航空機もロードファクターは8割前後となり、席もとりにくい状態だ。
そして、価格も上がっている。
この状態は沖縄から見ると、
●お客がたくさんいる
と感じられる。実際にお客は多かった。
一方、お客から見ると、
■沖縄の客室や航空座席が足りない、
と感じられる。
逆のケースで
6月はオフシーズンで、月間観光客数は40万人くらいとなる。
●沖縄から見ると、お客が少ない
観光客から見ると、
■客室や座席がありあまっている
と見える。
並べ方を変えると、
沖縄にとって
●お客がたくさんいる
●お客が少ない、
時期があるわけだ。これは当たり前にわれわれが経験していることだ。観光客数が減ったり増えたりしているのは事実であり、普通はこの表現が使われる。
そこで、お客が少ない時期は、売上が減るので沖縄(ホテル、航空、旅行社他)は困るから、観光業界はキャンペーンを張って価格を下げたり、イベントなど新たな価値を付けるなどして、お客を増やそうとする。年間を通じて稼働率が高まれば、価格は多少変動する時期があっても毎年着実に成長するなら活路はひらける。
しかし、もう一方の
■沖縄の客室や航空座席が足りない、
■客室や座席がありあまっている
に着目すると、どうか。お客から見ると、沖縄の客室は増えたり減ったりしているように見えるわけだ。(もちろん現実には客室数に変動はない)
ここでは、客室が余っているなら減らせばよい。客室が足りないならどうして増やさないのか、ということもできる。
ホテル客室はお客が少ないときには破壊して減らせないし(もったいない)、お客が多い時に急に増やせない。動かせるのはお客の数(需要)であるから、ホテルの客室(供給)を減らすのではなく、需要を増やすのが当たり前の政策となる。
いま、小泉改革で問題になっているのはこれである。供給が多すぎるので、リストラして供給を減らし、少ない需要に社会をあわせようというのが、小さな政府論。
しかし、現実には供給を減らすというのはホテルの客室を減らせといっているのと同じで、リストラして失業者を増やした上に、せっかくつくった設備を捨てよ、といっているのだ。これほど無駄で、もったいない話はない。
経済学の教科書通り、需要が少ないときには、需要を増やすのが正しい政策である。そのために政府は赤字や借金が必要なら、そうすればよい。あとで必ず回収できる。
沖縄観光は、客室を供給して需要を増やす、需要が増えたら供給を増やすという繰り返しを毎年30年間やった結果1976年80万人だった観光客は今年550万人に拡大する。活路は本当にひらけたのだった。
なぜ、元気のない国内市場ばかり見て、世界を相手にしないのだろう。国の借金はこれ以上増やせない、右肩上がりの経済は今後はあり得ない、というのは迷信であり、日本の経済成長は公務員の数や郵便局の民営化、少子高齢化とも全然関係がないことを改めて強力に主張したい。
56万人でもまだ受入にはわずかに余裕があると思うが、ホテルはなかなかとれない状態だっただろう。
航空機もロードファクターは8割前後となり、席もとりにくい状態だ。
そして、価格も上がっている。
この状態は沖縄から見ると、
●お客がたくさんいる
と感じられる。実際にお客は多かった。
一方、お客から見ると、
■沖縄の客室や航空座席が足りない、
と感じられる。
逆のケースで
6月はオフシーズンで、月間観光客数は40万人くらいとなる。
●沖縄から見ると、お客が少ない
観光客から見ると、
■客室や座席がありあまっている
と見える。
並べ方を変えると、
沖縄にとって
●お客がたくさんいる
●お客が少ない、
時期があるわけだ。これは当たり前にわれわれが経験していることだ。観光客数が減ったり増えたりしているのは事実であり、普通はこの表現が使われる。
そこで、お客が少ない時期は、売上が減るので沖縄(ホテル、航空、旅行社他)は困るから、観光業界はキャンペーンを張って価格を下げたり、イベントなど新たな価値を付けるなどして、お客を増やそうとする。年間を通じて稼働率が高まれば、価格は多少変動する時期があっても毎年着実に成長するなら活路はひらける。
しかし、もう一方の
■沖縄の客室や航空座席が足りない、
■客室や座席がありあまっている
に着目すると、どうか。お客から見ると、沖縄の客室は増えたり減ったりしているように見えるわけだ。(もちろん現実には客室数に変動はない)
ここでは、客室が余っているなら減らせばよい。客室が足りないならどうして増やさないのか、ということもできる。
ホテル客室はお客が少ないときには破壊して減らせないし(もったいない)、お客が多い時に急に増やせない。動かせるのはお客の数(需要)であるから、ホテルの客室(供給)を減らすのではなく、需要を増やすのが当たり前の政策となる。
いま、小泉改革で問題になっているのはこれである。供給が多すぎるので、リストラして供給を減らし、少ない需要に社会をあわせようというのが、小さな政府論。
しかし、現実には供給を減らすというのはホテルの客室を減らせといっているのと同じで、リストラして失業者を増やした上に、せっかくつくった設備を捨てよ、といっているのだ。これほど無駄で、もったいない話はない。
経済学の教科書通り、需要が少ないときには、需要を増やすのが正しい政策である。そのために政府は赤字や借金が必要なら、そうすればよい。あとで必ず回収できる。
沖縄観光は、客室を供給して需要を増やす、需要が増えたら供給を増やすという繰り返しを毎年30年間やった結果1976年80万人だった観光客は今年550万人に拡大する。活路は本当にひらけたのだった。
なぜ、元気のない国内市場ばかり見て、世界を相手にしないのだろう。国の借金はこれ以上増やせない、右肩上がりの経済は今後はあり得ない、というのは迷信であり、日本の経済成長は公務員の数や郵便局の民営化、少子高齢化とも全然関係がないことを改めて強力に主張したい。
2005年09月10日
どっちが勝っても構造改革、トホホ
9日の東京株式市場はほぼ全面高。
「小泉政権継続でも、政権交代となっても構造改革が後退する恐れはない。全業績の見通しは明るく、景気回復が鮮明になりつつある」(米系証券アナリスト)との見通しが浸透し、買い安心感が広がった。(本日の琉球新報一面記事)
どっちが勝っても構造改革か。自民党と民主党の争いは
「わたしはポンカス(構造改革する)である」、「わたしの方がもっとポンカス(構造改革する)である」
という争いであるから、外資にとって、楽勝というわけだ。
この状態で株式市場が拡大して行くなら、安い金利の国債より株を買ったほうがいいという流れはホントにできそうだ。この場合、景気は外資主導で、外資もどんどん利益を出しながら、良くなっていく筋合いだと思われる。外資の買いは決して構造改革を期待しているからではなく、市場にでてくるカネを期待しているだけなのだが(以下略)。
「小泉政権継続でも、政権交代となっても構造改革が後退する恐れはない。全業績の見通しは明るく、景気回復が鮮明になりつつある」(米系証券アナリスト)との見通しが浸透し、買い安心感が広がった。(本日の琉球新報一面記事)
どっちが勝っても構造改革か。自民党と民主党の争いは
「わたしはポンカス(構造改革する)である」、「わたしの方がもっとポンカス(構造改革する)である」
という争いであるから、外資にとって、楽勝というわけだ。
この状態で株式市場が拡大して行くなら、安い金利の国債より株を買ったほうがいいという流れはホントにできそうだ。この場合、景気は外資主導で、外資もどんどん利益を出しながら、良くなっていく筋合いだと思われる。外資の買いは決して構造改革を期待しているからではなく、市場にでてくるカネを期待しているだけなのだが(以下略)。
2005年09月08日
35兆円のドル買い介入効果か
03年1月から04年3月まで政府・日銀は円安にするためにドルを買った。02年暮れ、来年はドルは50円割れもあり得る、とさかんに証券会社が煽っていたのを思い出す。
この期間に政府が買ったドルは35兆円という、極めて異常な額となったことを思い出そう。35兆円の財源は短期国債の発行である。この国債は外国為替特別会計を使うので、世間でいわれる赤字国債には勘定されていない。政府の介入額は下のリンク先にある。
http://www.hefx.ne.jp/market/nichigin.html
このドル買いによって、円安が維持されたということになっており、おかげで輸出が増え(減らず)貿易黒字になったので、その金が景気回復に寄与したともいえる。いや、市場ではそういっているはずだ。この円安は輸出企業にとってモノがどんどん外国に売れたのだから、輸出補助金の意味を持つ。この恩恵を最大限に受けたのは自動車産業である。逆に輸入業者は円高だと外国商品が安く買えるのに、高く買わざるをえなかった。
一方、日本政府は円をアメリカに渡し、ドルを受け取ったわけだが、ドルのまま持っていても利益を生まないので、そのドルで米国証券(米国債など)を買う。
米国側も円を手に入れるが、このままでは使えないので米証券会社などに売却、米政府は多大なドルを得ることができ、財源となった。一部は戦争に使われたかも知れない。
米証券会社は手に入れた円はそのまま持っていても、利益を生まないので投資に使う。その投資は、円が使えるのは日本だけであるから、日本での投資となる。
つまり、最初の35兆円はそっくりそのまま、時間差が付くものの結局日本に戻ってくるカネである(急激に戻ってきてカネが溢れると困る場合は不胎化介入してカネを日銀が市場から吸い上げる。カネを市場に放出したい場合は、非不胎化する。今回は非不胎化)。戻る過程でハゲタカとも呼ばれる外資が株や土地に投資、景気を刺激し、徐々に上向かせる。財政出動なき景気回復と世間には宣伝される。最近の株価の上昇はこのサイクルが作動し始めたからだと思われる。
以上の操作の意味はいろいろに解釈できる。
(1)35兆円も介入して円安にするくらいだったら、国内で公共投資や減税に使うべきだった。同じように円安効果が出たことだろう。しかも、4年も前にそれができたはずだ。
(2)財源に短期国債を使ったわけだが、結局政府には財源はいくらでもあるということだ。
(3)アメリカの国債を買うくらいだったら、日本国債を直接買えよ(日銀の国債直接引受=政府通貨の発行)。そのカネで日本政府は財源を気にせずに、強力な景気対策が打てた。
(4)結局、ハゲタカの手を借りて景気対策したのであり、日本の経済システムは構造問題などではなく、正統な経済学の理論通りに作動していることが再確認された。
(5)ハゲタカは日本政府が行った35兆円のドル買い介入で得た資金で、単純に日本の株や土地を買うのが目的ではなかろう。買った土地や株を高値で売り抜けることが、彼らの仕事だ。そのためには投資先がなくて国債ばっかりかっている個人資産を株式市場などにあぶり出す必要がある。あぶり出すには株式市場が長期的に上がっていくことを強力に国民に刷り込まなければならない。いま、株価上昇で、それが始まったといえるのではないか。
(6)この流れの中で小泉劇場が演じた役回りは何だったのか。大量の失業、経済苦による自殺者と倒産企業の山は本当に必要だったのか。断じて必要なかった。
なお、このドル買い介入について、郵政法案反対派の堀内光雄氏(前堀内派会長)が、「巨額為替介入への懸念」(http://www.mfi.or.jp/horiuchi/horiuchi_23_bkno1.htm)という論文を04年6月に書いている。すばらしい見識だと思う。一読されたい。
「せっかく銭を配るならまず国内に配る政策を先に実行してからにした方が得だと思います」という東北大学の数学者黒木玄氏の発言(03年12月)も参照(http://www.math.tohoku.ac.jp/~kuroki/keijiban/b0056.html#b20031210214535)。
この期間に政府が買ったドルは35兆円という、極めて異常な額となったことを思い出そう。35兆円の財源は短期国債の発行である。この国債は外国為替特別会計を使うので、世間でいわれる赤字国債には勘定されていない。政府の介入額は下のリンク先にある。
http://www.hefx.ne.jp/market/nichigin.html
このドル買いによって、円安が維持されたということになっており、おかげで輸出が増え(減らず)貿易黒字になったので、その金が景気回復に寄与したともいえる。いや、市場ではそういっているはずだ。この円安は輸出企業にとってモノがどんどん外国に売れたのだから、輸出補助金の意味を持つ。この恩恵を最大限に受けたのは自動車産業である。逆に輸入業者は円高だと外国商品が安く買えるのに、高く買わざるをえなかった。
一方、日本政府は円をアメリカに渡し、ドルを受け取ったわけだが、ドルのまま持っていても利益を生まないので、そのドルで米国証券(米国債など)を買う。
米国側も円を手に入れるが、このままでは使えないので米証券会社などに売却、米政府は多大なドルを得ることができ、財源となった。一部は戦争に使われたかも知れない。
米証券会社は手に入れた円はそのまま持っていても、利益を生まないので投資に使う。その投資は、円が使えるのは日本だけであるから、日本での投資となる。
つまり、最初の35兆円はそっくりそのまま、時間差が付くものの結局日本に戻ってくるカネである(急激に戻ってきてカネが溢れると困る場合は不胎化介入してカネを日銀が市場から吸い上げる。カネを市場に放出したい場合は、非不胎化する。今回は非不胎化)。戻る過程でハゲタカとも呼ばれる外資が株や土地に投資、景気を刺激し、徐々に上向かせる。財政出動なき景気回復と世間には宣伝される。最近の株価の上昇はこのサイクルが作動し始めたからだと思われる。
以上の操作の意味はいろいろに解釈できる。
(1)35兆円も介入して円安にするくらいだったら、国内で公共投資や減税に使うべきだった。同じように円安効果が出たことだろう。しかも、4年も前にそれができたはずだ。
(2)財源に短期国債を使ったわけだが、結局政府には財源はいくらでもあるということだ。
(3)アメリカの国債を買うくらいだったら、日本国債を直接買えよ(日銀の国債直接引受=政府通貨の発行)。そのカネで日本政府は財源を気にせずに、強力な景気対策が打てた。
(4)結局、ハゲタカの手を借りて景気対策したのであり、日本の経済システムは構造問題などではなく、正統な経済学の理論通りに作動していることが再確認された。
(5)ハゲタカは日本政府が行った35兆円のドル買い介入で得た資金で、単純に日本の株や土地を買うのが目的ではなかろう。買った土地や株を高値で売り抜けることが、彼らの仕事だ。そのためには投資先がなくて国債ばっかりかっている個人資産を株式市場などにあぶり出す必要がある。あぶり出すには株式市場が長期的に上がっていくことを強力に国民に刷り込まなければならない。いま、株価上昇で、それが始まったといえるのではないか。
(6)この流れの中で小泉劇場が演じた役回りは何だったのか。大量の失業、経済苦による自殺者と倒産企業の山は本当に必要だったのか。断じて必要なかった。
なお、このドル買い介入について、郵政法案反対派の堀内光雄氏(前堀内派会長)が、「巨額為替介入への懸念」(http://www.mfi.or.jp/horiuchi/horiuchi_23_bkno1.htm)という論文を04年6月に書いている。すばらしい見識だと思う。一読されたい。
「せっかく銭を配るならまず国内に配る政策を先に実行してからにした方が得だと思います」という東北大学の数学者黒木玄氏の発言(03年12月)も参照(http://www.math.tohoku.ac.jp/~kuroki/keijiban/b0056.html#b20031210214535)。
2005年09月06日
30分で分かる小泉改革の間違い
今日は県内企業に勤める群馬大学工学部の先輩が部下を連れて、我が社を訪れた。
「観光産業の全体像が知りたい」というので、久々に「沖縄観光成長の法則・函館版」を渡して解説したところ、「目からウロコだね」と瞬時に理解してもらった。「目からウロコ」まで、わずか15分。
成長の法則は沖縄観光がどうやって伸びてきて、これからどのように伸びるか詳細に検討したわたしの仮説で、「法則」と名付けたからには相当に真理に近いと思ってもらっていい。物理法則といってもよい。
工学部だと絵を見ただけで全体像が瞬時に分かるので、こちらもあまり言葉による説明が必要ないから、気楽だ。で、その法則の行き着く先を説明すると、そこから初めて生産性向上のための、成長分野への人材の移動という本当の構造改革が必要になるということが、すとんと理解できる。それまでは公共工事も必要であるということも、また。
ここまで行くのに事務所で15分、そば屋に場所を移して15分。たった30分で小泉構造改革が間違いということが分かるんだが。すぐ分かるにはそれまでの問題意識や何を学んだかも大いに影響するから、だれでも30分というわけにはいかないけど。
なお、「沖縄観光成長の法則」PDF版(32ページ、オリジナルの図表25点)の公開は終了した。加筆した増補版48ページ(図表も大幅に増強)はどうしても欲しいという人に5万円で販売中(3万円で売り出したら売れないので値上げしました。値上げしたらかえって売れました。ありがとうございます)。HTML版「見つけた! 沖縄観光成長の法則」はhttp://www.sokuhou.co.jp/library/04housoku.htmlにある(タダ)。
「観光産業の全体像が知りたい」というので、久々に「沖縄観光成長の法則・函館版」を渡して解説したところ、「目からウロコだね」と瞬時に理解してもらった。「目からウロコ」まで、わずか15分。
成長の法則は沖縄観光がどうやって伸びてきて、これからどのように伸びるか詳細に検討したわたしの仮説で、「法則」と名付けたからには相当に真理に近いと思ってもらっていい。物理法則といってもよい。
工学部だと絵を見ただけで全体像が瞬時に分かるので、こちらもあまり言葉による説明が必要ないから、気楽だ。で、その法則の行き着く先を説明すると、そこから初めて生産性向上のための、成長分野への人材の移動という本当の構造改革が必要になるということが、すとんと理解できる。それまでは公共工事も必要であるということも、また。
ここまで行くのに事務所で15分、そば屋に場所を移して15分。たった30分で小泉構造改革が間違いということが分かるんだが。すぐ分かるにはそれまでの問題意識や何を学んだかも大いに影響するから、だれでも30分というわけにはいかないけど。
なお、「沖縄観光成長の法則」PDF版(32ページ、オリジナルの図表25点)の公開は終了した。加筆した増補版48ページ(図表も大幅に増強)はどうしても欲しいという人に5万円で販売中(3万円で売り出したら売れないので値上げしました。値上げしたらかえって売れました。ありがとうございます)。HTML版「見つけた! 沖縄観光成長の法則」はhttp://www.sokuhou.co.jp/library/04housoku.htmlにある(タダ)。
2005年09月03日
沖縄タイムスの社説、痛いなあ
8月30日に「公共投資は減るから業種転換? 知識人ほど間違える」http://toguchiakira.president-blog.jp/e482240.html
を書いたが、その間違っている知識人の実例が、沖縄タイムスの8月21日の社説だ。追記欄に引用しておくので確認して欲しいが、ここで述べておかねばならないのは、
いったいなぜ、マスコミは政府の手先となり、間違った政府の方針を読者に押し付けるのかということだ。
しかし、答は簡単。洗脳を受け入れてしまい、頭が悪いからそれから脱却できないということだ。その洗脳はマスコミ自身が自分でやってきた。
無駄を省けというマスコミのキャンペーンはもう30年以上前から毎日、新聞やテレビで展開されてきた。
30年以上前から続く巨大キャンペーンであるから、最近の若い人は(おっと、建設大手の社長達でさえそういう人がいるのでビックリだが)みんな無駄を省こう、政府支出を減らそう、公共工事は悪という観念に染まってしまった。特に公共工事は、利権やスキャンダルとセットになって批判され、ときどき汚職事件もあって、悪のイメージとなって袋叩きにあう。
しかし、汚職が悪なのであって(悪いやつは従来通りひっつかまえればよい)、公共工事に罪はない。戦後の公共工事は失業対策事業といわれた時期があり、失業者の多い地域に厚く手当されたように、社会資本を整備しつつ、国民をフルに活用するというハートのある政策でもあった。その後、失業対策でははたらくもののプライドを損ねるため、公共事業一本に言葉が統一される。もとをたどれば公共工事は国民を豊かにするための事業である。この意味から、最貧県の沖縄での公共工事は正しい政策である。
しかし、日本中で公共工事が悪であるとの大合唱が始まると、沖縄の知識人の間にもこれが伝染する。知識は瞬時に日本中を駆けめぐるが、最貧県からの脱出という現実問題の解決には数十年かかる。そして、われわれが最も重視しなければならないのは目の前に起こっている問題を解決することである。
問題とは、失業率全国一、所得最低県、社会資本不足(空港、港湾、道路、ダム、上下水道、基地撤去、廃棄物処理施設、長期的に低迷している児童生徒の学力不足などきりがないが)である。
知識は知識として、持っておいて良いが、日本中の風潮に付和雷同するための知識でなく、目の前の現状を解決するために使うべきであろう。そのためには、抵抗勢力とか古いとかいわれても失業対策の公共事業はまだしばらく沖縄には必要であるといわざるを得ない。そして小泉改革が間違いであることを正しく批判しなければならない。
そして、このようなことに早く気が付くべきなのもまた、知識人達であろう。正統な経済学では、政府の赤字は、経済を成長させるためなら全く問題にする必要がないことが、正しく示されている。マスコミはその先頭に立つべきなのだが、下の社説は痛い。痛すぎる。
昔は、新聞は政府の方針など片っ端からかみついたのだが、いまではすっかりポチになってしまった。30年かけて無駄をなくせという根拠薄弱なキャンペーンを張ったら、その通りにするといって、政権の座に着いてしまった首相を守るという、番犬に成り下がってしまった。バカの見本の証拠として引用しておく。続きを読む必要はない。
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を書いたが、その間違っている知識人の実例が、沖縄タイムスの8月21日の社説だ。追記欄に引用しておくので確認して欲しいが、ここで述べておかねばならないのは、
いったいなぜ、マスコミは政府の手先となり、間違った政府の方針を読者に押し付けるのかということだ。
しかし、答は簡単。洗脳を受け入れてしまい、頭が悪いからそれから脱却できないということだ。その洗脳はマスコミ自身が自分でやってきた。
無駄を省けというマスコミのキャンペーンはもう30年以上前から毎日、新聞やテレビで展開されてきた。
30年以上前から続く巨大キャンペーンであるから、最近の若い人は(おっと、建設大手の社長達でさえそういう人がいるのでビックリだが)みんな無駄を省こう、政府支出を減らそう、公共工事は悪という観念に染まってしまった。特に公共工事は、利権やスキャンダルとセットになって批判され、ときどき汚職事件もあって、悪のイメージとなって袋叩きにあう。
しかし、汚職が悪なのであって(悪いやつは従来通りひっつかまえればよい)、公共工事に罪はない。戦後の公共工事は失業対策事業といわれた時期があり、失業者の多い地域に厚く手当されたように、社会資本を整備しつつ、国民をフルに活用するというハートのある政策でもあった。その後、失業対策でははたらくもののプライドを損ねるため、公共事業一本に言葉が統一される。もとをたどれば公共工事は国民を豊かにするための事業である。この意味から、最貧県の沖縄での公共工事は正しい政策である。
しかし、日本中で公共工事が悪であるとの大合唱が始まると、沖縄の知識人の間にもこれが伝染する。知識は瞬時に日本中を駆けめぐるが、最貧県からの脱出という現実問題の解決には数十年かかる。そして、われわれが最も重視しなければならないのは目の前に起こっている問題を解決することである。
問題とは、失業率全国一、所得最低県、社会資本不足(空港、港湾、道路、ダム、上下水道、基地撤去、廃棄物処理施設、長期的に低迷している児童生徒の学力不足などきりがないが)である。
知識は知識として、持っておいて良いが、日本中の風潮に付和雷同するための知識でなく、目の前の現状を解決するために使うべきであろう。そのためには、抵抗勢力とか古いとかいわれても失業対策の公共事業はまだしばらく沖縄には必要であるといわざるを得ない。そして小泉改革が間違いであることを正しく批判しなければならない。
そして、このようなことに早く気が付くべきなのもまた、知識人達であろう。正統な経済学では、政府の赤字は、経済を成長させるためなら全く問題にする必要がないことが、正しく示されている。マスコミはその先頭に立つべきなのだが、下の社説は痛い。痛すぎる。
昔は、新聞は政府の方針など片っ端からかみついたのだが、いまではすっかりポチになってしまった。30年かけて無駄をなくせという根拠薄弱なキャンペーンを張ったら、その通りにするといって、政権の座に着いてしまった首相を守るという、番犬に成り下がってしまった。バカの見本の証拠として引用しておく。続きを読む必要はない。
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2005年09月01日
橋本さんには日米関係がよく見えているんだろう
とわかる沖縄タイムスの記事(9月1日朝刊)。この時期、いい着眼とハートだと思う。
http://www.okinawatimes.co.jp/day/200509011300_02.html
普天間移設「県内では解決せず」/橋本元首相
元首相で自民党沖縄振興委員長などを務め、八月八日の衆院解散に伴い、政界を引退した橋本龍太郎氏(68)は三十一日、沖縄タイムス社のインタビューに応じ、米軍再編の焦点になっている普天間飛行場の移設問題について「県内の問題にとどめている間は本質的には解決しないと思う」と述べ、県内移設では問題解決は難しいとの見方を示した。首相在任中の一九九六年四月、県内移設を前提に日米間で同飛行場の返還に合意した橋本氏が県内移設に固執しない考えを示唆したことは県内外で関心を呼びそうだ。
=========
ネットにはあがってないが、一問一答の最後にこういっている。
「これから先もこの(橋本龍太郎)事務所に遠慮なく寄ってください。わたしが元気で役に立つ間はできることは何でも手伝います。また、沖縄に遊びに行かせてもらいます」
http://www.okinawatimes.co.jp/day/200509011300_02.html
普天間移設「県内では解決せず」/橋本元首相
元首相で自民党沖縄振興委員長などを務め、八月八日の衆院解散に伴い、政界を引退した橋本龍太郎氏(68)は三十一日、沖縄タイムス社のインタビューに応じ、米軍再編の焦点になっている普天間飛行場の移設問題について「県内の問題にとどめている間は本質的には解決しないと思う」と述べ、県内移設では問題解決は難しいとの見方を示した。首相在任中の一九九六年四月、県内移設を前提に日米間で同飛行場の返還に合意した橋本氏が県内移設に固執しない考えを示唆したことは県内外で関心を呼びそうだ。
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ネットにはあがってないが、一問一答の最後にこういっている。
「これから先もこの(橋本龍太郎)事務所に遠慮なく寄ってください。わたしが元気で役に立つ間はできることは何でも手伝います。また、沖縄に遊びに行かせてもらいます」


