2005年06月14日

ひめゆり入試問題

青山学院高等部の英語の入試問題で

ひめゆりの塔に行ったときに、語り部の話が退屈だった、というエッセイがでてこれが沖縄の新聞で問題になった。

英語の問題そのものは、沖縄戦という大問題を伝えるのに、退屈だと感じてしまった学生がいることそのものがコミュニケーションの難しさであるというようなテーマだったそうだ。

これがそれほど大ニュースだとは思えなかったので、見出しくらいしか見ていなかったが、青山学園高等部の木村修文校長が13日、来沖、ひめゆり平和記念資料館の木村つる館長らにお詫びした。

で、わたしの記憶である。

首里高校は昔の県立1中ということで、学校の側に1中健児の塔というのがあり、毎年、生徒がみんなでお参りし、校長の話を聞くというのがある。1中健児の塔は首里の坂道の途中にあり、柔道部などはこの坂道を上ったり下ったり何セットもやって体力を付ける出発点のようなところで、走り回っていた。

で、入学したての高1の春、健児の塔でのお参りがあるわけであるが、これが退屈なのだ。まさに、いまの青学高等部の生徒が感じたことをわたしは30数年前に感じており、時代の最先端をいっていたのである。あまりに退屈なので後ろの方で仲間たちとプロレスをやっていたほどだ。

もちろん、その後、担任の中山東先生からきつく怒られたのであるが。

で、問題は生徒が退屈だといったからといって、そのような教育が意味がないということにはならないということだ。

わたしは年をとってからひめゆりの塔には何度かいっている。展示替えしたあとの展示はすばらしいと思う。また、新しくなった平和祈念資料館で夏休みに十代とみえる若い人たちが熱心に当時の人たちの手記を読んでいる姿には驚いたものだ。

わたしはガキの頃にこんなことをしたことがない。むしろ、どうすればアメリカに勝てたかと考えた方だ。

沖縄戦については相当年をとってから体験者からときどき話しを聞いているくらいだ。しかし、いろいろなことを聞いたり、体験したり、思いを巡らせて、1中健児の塔のエピソードもあったせいか、いまでは反戦平和の塊になっている。

だから、高校生がその時、退屈だったといったからといって、また、たとえ入試問題になったからといって、そこまで非難することはない。それより、この入試が突いているテーマそのもの=戦争の伝え方やなぜ子供たちが退屈だと感じたか、退屈だと感じたからといってそれがまるっきりムダなことではない。

いまのようなかたちで青学高等部を非難するのは間違いであろう。


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