カネを刷れという教科書の忠告
インフレターゲティングと金融政策の運営
中央銀行の人たちは彼らを導いてくれる単純なルールが好きである。彼らは、ある期間、マネーサプライを一定率で増加させるというルールに魅了されていた。利子率はなるようにしておけばよい。もしマネーサプライの成長率が適切に選ばれれば、物価水準の安定が保証されるとの希望が持たれていた。この種の政策はマネタリズムと呼ばれる。しかしその政策はうまく物価を安定させることができず、利子率の激しい変動をもたらした。今日では、多くの中央銀行がインフレターゲティングに従っている。中央銀行は目標となる特定のインフレ率を設定し、インフレ率がその目標を上回ることが観察(あるいは予想)されたならば、利子率を引き上げる。インフレ率の上昇よりも大きく利子率を引き上げるので、実質利子率は上昇する。実質利子率の上昇は総需要を減少させ、インフレ圧力を低下させる。
しかしながら、もっとも難しい間題は適切なインフレ目標を発見することである。インフレーションと失業の間に短期のトレードオフが存在するのであれば、少なくとも短期においては、インフレ目標を低く設定すると失業が増加することになる。NAIRUを「目標」にすることを試みている金融政策当局も存在する。すなわち、経済がNAIRU未満の失業率であると考えたときには、インフレが高まりつつあるので、金融政策を引き締めるのである。この場合、NAIRUがいくらであるのかが問題となる。ここまでみてきたように、NAIRUは時間を通じて大きく変化する。1990年代初め、IMFと連邦準備制度(Fed)はアメリカのNAIRUは6%から6.2%の間であると考えていたが、クリントン政権の中にはもっと低い値であると考える人もいた。彼らは、アメリカ経済の構造変化一海外からの競争の増加、労働組合の弱体化、より高い教育を受けた労働力がより容易に転職できるようになったこと、労働市場への新規参入者が減少したこと、そして生産性上昇率の上昇一により、経済がインフレーションを上昇させることなくより低い失業率で生産を行うことが可能になったと考えていたのである。そして、この見解が正しいことが証明された。失業率は、インフレ率の上昇なしに4%以下まで徐々に低下したのである。
日本においてもまた、インフレターゲティングを提唱する人が存在する。しかし、その理由は逆のものである。すなわち、日本ではデフレーションを終わらせるための戦略の一部として提唱されているのである。インフレ率がたとえば1%未満である限り、インフレ率を上昇させるために金融政策を使い続けることを政府が公表し、信認を得ることができれば、期待を緩やかなデフレーションから緩やかなインフレーションへと変化させることが可能となる。問題は、中央銀行はどのようにしてそれを信用させるかである。中央銀行は銀行システムの流動性を増加させ、銀行が貸出しを行いやすくすることはできる。しかし、それでも銀行が貸出しをしない、あるいは利子率が低下しても企業が投資を行うことを決定しないならば、総需要は増加せず、デフレーションからは回復しない。金融政策によって総需要を増加させることはできないという悲観論があまりにも強いため、インフレターゲットの公表自体が期待を変えるというのはありえないように思われる。
別の戦略として、財政赤字の一部を、紙幣を印刷して調達することがある。もちろん、過剰な紙幣の印刷が急激なインフレーションをもたらす恐れはある。しかし、それは、紙幣の印刷が物価に上昇圧力を加えるということを強調した言い方にすぎない。したがって、適切な額の紙幣を印刷すれば、財政赤字の資金調達をするための借入れによって政府が負う負担(日本の国債残高の対GDP比は140%を超えており、先進工業諸国ではもっとも高い国の一つとなっている。そのため、この負担はますます大きな問題となっている)が軽減されるだけでなく、デフレーションから緩やかなインフレーションへの逆転をも可能にするのである。これは実質利子率を低下させ、投資を刺激し、経済にさらなる刺激を与えるであろう。
このような戦略が試される機会が生じる前に、日本の景気回復が始まった。
スティグリッツ「入門経済学」第3版、480‐481ページ
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