2008年07月12日
土井教授のホテルのプロムナード
HP「沖縄観光ニュース」を更新した。
「土井教授のホテルのプロムナード」1〜10を一挙掲載(08年7月12日)
<1>新年号から連載開始(web版の追記「土井先生との出会い」渡久地明)
<2>2008年の観光市場を展望する
<3>ホテル産業の採用の展望
<4>ホテルは人なり
<5>旅行社依存とホテル・サービス
<6>出張先では寝るだけで充分
<7>サービスとは何か(上)
<8>サービスとは何か(下)
<9>ブランド別、市場の細分化
<10>学校でのキャリア・デザイン指導
土井先生との出会い(web版への追記を転載)
土井教授は07年6月から一年計画で沖縄本島北部の名護市にマンションを借りて長期滞在し、計画通り一年後の08年6月30日に東京の実家へお帰りになった。
30年前、現在のJALプライベートリゾートオクマの開業スタッフとして、沖縄で仕事をした。その後、世界中で働き、70歳を過ぎて「戦後の日本人の幸福とは何だろうか、ということを沖縄で考えてみたい。それを残された人生のテーマにしたい」と表明された。
「観光とけいざい」をご覧になって、07年11月頃「あなたは頑張っている。友情の印に原稿をプレゼントしたい」といって始まったのがこの連載。年内に20回分のコラムをメールで受け取った。この間、那覇においでの際に朝食をご一緒したり、夜には泡盛を飲み、時にはカラオケをうたった。
6月29日に那覇市内で開かれた土井教授を囲んでの少人数のお別れの宴では、沖縄観光をどうするかという話を何時間も交わした。
「東京からたった2時間、これからも、いつでもおじゃまする」
とあいさつされ、お開きとなった。原稿はその後もどんどん届いているので、ご期待下さい。
(本紙編集長・渡久地明、2008年7月12日)
「土井教授のホテルのプロムナード」1〜10を一挙掲載(08年7月12日)
土井先生との出会い(web版への追記を転載)
土井教授は07年6月から一年計画で沖縄本島北部の名護市にマンションを借りて長期滞在し、計画通り一年後の08年6月30日に東京の実家へお帰りになった。
30年前、現在のJALプライベートリゾートオクマの開業スタッフとして、沖縄で仕事をした。その後、世界中で働き、70歳を過ぎて「戦後の日本人の幸福とは何だろうか、ということを沖縄で考えてみたい。それを残された人生のテーマにしたい」と表明された。
「観光とけいざい」をご覧になって、07年11月頃「あなたは頑張っている。友情の印に原稿をプレゼントしたい」といって始まったのがこの連載。年内に20回分のコラムをメールで受け取った。この間、那覇においでの際に朝食をご一緒したり、夜には泡盛を飲み、時にはカラオケをうたった。
6月29日に那覇市内で開かれた土井教授を囲んでの少人数のお別れの宴では、沖縄観光をどうするかという話を何時間も交わした。
「東京からたった2時間、これからも、いつでもおじゃまする」
とあいさつされ、お開きとなった。原稿はその後もどんどん届いているので、ご期待下さい。
(本紙編集長・渡久地明、2008年7月12日)
Posted by 渡久地明 at 20:00│Comments(0)
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