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2005年10月20日

米国の基地閉鎖と跡利用の実例

米国の基地閉鎖と跡利用の実例

 これも「観光とけいざい」(2000年1月1日)で書いたが、新聞では5分の1くらいに削ってあるようだ。もったいないので取材メモを全部公開する。この原稿は「NIRA研究報告書 米軍基地跡地利用を推進する新たな組織の設立可能性に関する研究」(2000年2月28日付)の付録として収録されている。電子的に公開されるのは初めて。

 米が基地の閉鎖と跡利用に相当緻密な計画と予算をつけ丁寧に仕事をしていることが分かる。沖縄ならこれ以上のことをしなければならないだろう。閉鎖が決まったなら、いますぐ始めるべきだ。それでも遅すぎたかも知れない。

 返還が予定されている自治体の政策担当者や新規ビジネスを計画している人はぜひ読んで欲しい。

(写真が残っていたので追加。それにしても、アメリカの方が沖縄基地の閉鎖について、相当に真剣に考えていたことが改めて分かる。この報告書そのものも、全然話題にならず、県内のあるジャーナリストはあからさまにこの内容のテレビでの放映を邪魔したものだった。10月21日08:55追記)

〈国防総省・基地閉鎖・環境浄化・跡利用担当者》
《Office of the Under Secretary for Environmental Security Office of the Under Secretary for Installations
Topics : Okinawa Bases, the Futenma Air Base Relocation, and the DOD Legacy Program》
 ※基地閉鎖を決める全体のプロセスは配付資料に説明してある。基本的には時代が変わり、米軍の組織も変化して基地の閉鎖が必要になってきた。施設・インフラを変えていく必要が出てきた。米国内に基地が有り余っている状態だ。その一部を閉鎖する必要が出てきて、これまでに100箇所を閉鎖してきた。整理統合は250箇所で行われマイナークロージャーは250箇所で実施された。
 重要なのは基地閉鎖が痛みを伴うプロセスだということだ。
 閉鎖・統合・縮小は1988年、91年、93年、95年と4段階で実施に移された。この中で重要なプロセスは基地閉鎖の決定の透明性だ。議会も閉鎖には関与しているが候補地の決定などは独立した委員会で行われる。9人の委員がおり、議会の長老など高い地位の米国指導者が委員になり大統領が任命する。
 国防総省は閉鎖する基地の候補地を挙げ、これが委員会に上程され、吟味検討される。この間、オープンヒアリングを各地で行うため、地域住民の発言の場を得ることができる。これをオープンフェアプロセスという。基地閉鎖・統合・縮小のための法律BRAC法があり、これまで国防総省提案の閉鎖基地候補リストの85%が委員会で承認された。これによって国防総省の意志は正しかったものと認められた。
 委員会はもちろん自ら基地閉鎖を検討し、さらに地元の意見を聞き、閉鎖候補リストを修正したりする。このプロセス全体は6つの部分からなる。
 何が必要で基地を範疇別に整理し直し、判断基準をどう作るか。
 軍は陸・海・空・海兵の対話も促進している。なるべく4軍がつの基地を利用できるよう、ジョイントクロスサービス(共同利用)ができる基地を目指している。4軍と国防総省長官が一緒になり、基地の閉鎖・統合を決めるが、その報告書がこの春にでき上がる。
 ここに95年のクロージャーレポートを用意したので基地閉鎖にどんな法律があるのか詳細を参考にして欲しい。
 大統領は春に出る報告書を3月から7月にかけて検討し、最終報告書を出す。
 95年のBRAC報告は大統領が受け取り、拒否する権限があったが拒否しなかった。その後、議会に報告書が提出され、45日以内に検討する。何もなければ法律になる。オールオアナッシングだ。これがBRACの最も重要なプロセスだ。
 最後は判断基準だが、これは4軍が行う。もちろん軍の価値観が最も重要でこれが最優先する。軍の戦闘能力、土地・施設・空域のアベイラビリティー、将来の準備、コスト、人員などだ。投資による利益も計算しなければならない。どんなコストが基地削減に必要になるのか検討する。
 この他、基地閉鎖による経済的影響、コミュニティーの支持が得られるか、環境問題はどうなっているかだ。
 また、基地の閉鎖にはコミュニティーがイニシアチブをとる面もあり、コミュニティーの企画に予算を出すこともある。これまで130のコミュニティーに1億3,600万ドルの予算を出してきた。
 労働省は5億ドルの予算を労働者の再訓練につけたし、商務省も5億ドルをだした。
 基地関連従業員の雇用の創出はローカルコミュニティーで行う。
 米国の法律は日本とは異なるが、日本では基地が返還されると所有権はもともとの所有者に戻る。しかし、アメリカでは基地を別の公共セクターに渡すことによって早く活用できる。コミュニティーにも早く施設を返還することが可能となる。
 基地を閉鎖し、跡利用するための計画はインターネットでも公表している。基地の跡利用のためのガイドブックもある。これには民間に閉鎖基地を渡して、何がなされたか、基地だったところでどんな再利用が進んでいるかが書かれている。
 基地の跡利用はコミュニティーが行い、連邦はそのお手伝いをするという立場だ。基地閉鎖のために公共事菜も必要になることがあり、このような整備が行われて初めて基地の跡地が魅力的になる。
 基地閉鎖が決まると兵士が移され、平均42ヵ月掛かって実際に閉鎖される。
 環境対策は閉鎖の前から行われる。1985年頃から環境調査、環境アセスが全米の基地で行われており、環境アセスのレベルは民生用と産業用ではレベルが違うが、環境浄化には140億ドル掛かると見積られている。
 施設の処理だが、中には文化遺産として残すべきものもある。また、ホームレス、フードサービス、職業訓練に使えないかどうかが第一に検討される。ローカル政府や自治体が使いたいというものもある。
 コミュニティーでは再開発局を中心に声を一つにまとめ、プランニングする。コミュニティーが基地跡地や施設で何をしたいか地域経済に跡地や施設をどう組み込むか決める。ここで最終決定が行われると住宅土地開発庁が入ってくる。
 基地は閉鎖の前に再利用する方法があるかどうかの施設のマーケティングも行う。
 基地を閉鎖するとゾーニングも必要になるが、これは地元のゾーニング計画に合わせる。その予算も必要になる。
 これまで60の基地閉鎖で10万の雇用が失われたが、1,300のビジネスが生まれ、5万人の雇用が発生した。
 例えばボストンから70キロ北にあるピーズ空軍基地の閉鎖では滑走路を民間用に転用するなど再開発を行い20億ドルを投じた。
 自然保護区を設け、その北側が民間空港になった。滑走路のコストを吸収するためリース用地を設け、ゴルフ場は収入源とした。州兵2,400人はそのまま残っている。空中空輸機もそのまま運用している。
 残りの土地をハイウェイの交差点とした。周辺に港があり隊舎(住宅)は撤去して企業の工場を誘致した。この結果バイオ企業がスイスから進出した。ビール工場、レストランができ、マリオットホテルが開業した。このホテルはコンピュータ企業の従業員訓練の宿泊施設として役に立っている。
 このようにピーズ空軍基地跡地は大変経済的に活性化した。数億ドルが投資され、コンピュータ会社が入り、航空会社の訓練にも使われ、民間航空機が路線を開設している。フロリダに直行便ができ、貨物便も飛んでいる。
 ピーズは国際港で、4,000エーカーの環境をクリーニングしている。このうち1,000エーカーは環境保護区だ。地下水が航空機の洗浄水で汚染されており、まだ飲み水としては十分なクリーニングができていない。
 跡地は州政府が公団をつくって整備した。既存企業以外の企業を誘致し、民間空港ができたために経済が活発化した。企業も進出し2,000人の新規雇用が発生した。軍人は3,000
人いたが、別の基地に移った。
 雇用の流出なく新しい雇用が生み出された例として大変成功した物語だ。20年後には15,000人から2万人の雇用が発生すると見込んでいる。
 基地跡利用のための資金源は政府とPFIによる。なるべく民間企業の資金を得ようと努力している。
 調査に係わる250万ドルのうち80万ドルを国防総省がだし、交通調査に使われた。航空局が1,200万ドル出して空港を改修し、新しい施設に5,000万ドルかけた。
 民間は1億2,000万ドルを投資し、州政府は1億ドルを投入している。特別な税も設けた。地方政府は上下水道を管理している。
 ピーズは成功例の一つで、最も成功した例もある。
 跡利用の完了までには平均して20年必要だ。もっともポートデバンスではジレットが物流センターを建設して予定よりかなり早く再利用が完了した。
 ピーズでは航空機整備企菜を誘致しようと大きな金を使ったが、結局出てこなかった。企業のリストラで整備工場の新設はなくなった。しかし、進出直前までいったことは新聞などで報じられ、ビジネスに有利な土地であるという印象を全米に与えたことはよかった。
 進出企業は窓口としてまず国防総省を訪ねるから、企業の動向が分かる。ウォールストリートジャーナルや業界紙、インターネットで跡地の利用を呼びかける情報を出している。国防総省と商務省にこの関連のホームページがある。
 カリフォルニアでは25カ所の基地が一挙に閉鎖された。ほとんどが海軍だがこの閉鎖情報のホームページがあり、各基地のマーケティング情報とのリンクも張ってある。
 わたしはロシア、ドイツを訪問して、そこでの基地閉鎖を手伝ったことがある。われわれのパイロットプログラムが活用できないかと検討したこともある。特にロシアの汚染はひどかった。
 失敗例もある。1970年代にモンタナ州のグラスゴー空軍基地が閉鎖したが、ここはもともと人口が少ない過疎地だった。ビジネスを誘致しようとしたがマーケットがなく、進出しようとした牛肉の輸送基地は失敗だった。州や地方自治体にも基地跡利用の関心が全くなかった。同時に閉鎖の悪影響もなかった。結局、閉鎖の危機感があって初めて再利用のプランが出てくるということだ。跡利用の失敗があるとしたら、それは地元に関心がないということにつきる。
 ●環境問題の申し入れは沖縄基地の司令官にすべきなのか。
 ※環境アセスはどこの基地もつくっている。沖縄基地にどんな問題があるのか、いま情報を集めている。この作業をしている米軍関係者に直接接触して欲しい。環境浄化は返還前も返還が終わってからも行われる。それもローカルのプランニングに組み込むべきだ。沖縄基地もすぐに再利用できるのか、環境問題があるのか、すぐにやるべきことがあれば対処すべきだ。もし長期的に問題があることが分かれば、ビジネス誘致に問題が起こるかも知れない。したがって、環境問題は米軍基地はまず最初に取り組む。この窓口はローカルの担当者がいるので接触して欲しい。
 ●沖縄では基地司令官と環境当局との話し合いがあり、年次会合を設けている。しかし会議の内容と実際にやっていることとは異なるようだ。つまり、汚染があることが分かっても誰も浄化に取り組んでいない。
 ※日本政府との間で環境基準は取り決めがあり、これを遵守している。沖縄の環境当局は政治ではなく、技術的なことに取り組むべきだと思う。これからみなさんが出かけるアラミダ基地では環境浄化の実際の様子が見られると思う。

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Posted by 渡久地明 at 22:25│Comments(2)返還基地の跡利用
この記事へのコメント
記事興味深く拝見しました。

私はフィリピンのスービック基地の跡地利用のことを修士論文で書き、基地経済から自律経済への脱却の点に興味があります。

しかし修士論文では、跡地開発が結局地元に自律経済を育めたかというのは、希望的観測で終わっってしまいました。

これからまた研究を始めようかと思っていまして、世界の基地のことを検索していたらコチラのページにたどり着きました。

基地跡地利用と地域経済で、沖縄と比較するとしたら、海外の基地跡地ではどこが適当でしょうか。もしアドバイスなどありましたら教えて頂ければと思います。
ありがとうございました!
Posted by peaceplusocean at 2006年01月13日 09:36
基地跡利用の報告書は沖縄では結構出ているようです。ネット上にないのが残念。この記事もわたしが調査チームに参加していなければ、ネット上で公表されなかったと思います。

オフラインではヨーロッパの事例報告会などがありました。

すでにある建物などを活用する、地域のリソースを活かすというのが国際的な潮流のように感じています。
Posted by 渡久地明 at 2006年01月14日 13:50
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