2006年07月09日
骨太方針は評価できるようだ
今日の沖縄タイムスに2本の面白い主張がある。2本とも骨太の方針に関するもので、一つは社説。もう一つは経済学者の評論だ(共同の配信と思われる)。
社説が骨太方針を実現できるのかといちゃもんをつけて批判しているのに対し、経済学者は皮肉は交えているがプラスに評価している。
読者の手間を省くために、2本を並べてそのまま転載しよう。わたしの考えは最後に述べる。なお、この時点でわたしは骨太方針はまだ読んでいない。
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社説(2006年7月9日沖縄タイムス朝刊5面)
[骨太の方針]
歳入改革の道筋を示せ
政府は今後五年間の経済財政運営の基本的指針となる「骨太の方針二〇〇六」を閣議決定した。
小泉政権の最後となる今回の方針で政府は、名目成長率3%程度を前提として一一年度に国と地方の基礎的財政収支(プライマリーバランス)を確実に黒字にすると明記。財源不足額十六兆五千億円のうち、十一兆四千億—十四兆三千億円を歳出を削減して賄うことを強調している。
だが歳出を調整するには、きちんとした歳入の算出が必要ではないか。
つまり残りの財源不足を補うには増税に頼らざるを得ないはずなのに、その工程表があいまいにされたまま十分な論議もされていない。
政府、与党が来年夏の参院選に影響があるとして、消費税率の引き上げ幅や導入時期など歳入に関する具体策を先送りしたのは疑問と言うしかない。
当然のことだが、国の歳入・歳出の問題は国民の暮らしと将来に密接にかかわる。
財政改革が喫緊の課題であれば、解決への道筋づくりを選挙後に先送りしてはならず、現政権が責任をもってつくるべきだ。
もう一つ言えば、当初盛り込まれるはずであった地方交付税の削減方針も、やはり来年の選挙を控えた参院自民党の反対で削除されている。
確かに国民に痛みを強いる問題を選挙前に打ち出せば、影響が出るのは間違いない。
だが解決すべき最重要課題であるのなら選挙に左右されてはならず、厳しい状況の中で努力することが本来の政治家の責務ではないか。
つまり国会論議を通して、国民の前にはっきりと歳出削減の痛みか、増税による痛みかの選択を問うべきであり、それこそが政治の役割だろう。
政府、与党内には参院選後に消費税率の引き上げ論議を本格化させ、〇九年度に控えている基礎年金の国庫負担割合の引き上げで必要な財源を確保しようとの狙いがあるという。
柳沢伯夫自民党税調会長や中川秀直政調会長も「〇九年度までの消費税引き上げ」に言及している。
であれば“増税隠し”の手法は姑息と言うしかなく、これでは「骨太」ではなく、小手先の方針だけを打ち出したと批判されても仕方あるまい。
政府はまた、国と地方が抱える八百兆円近い長期債務残高を縮小する方針も示さなかった。
避けて通れない歳入改革、つまり増税論議を棚上げにしたままでは、プライマリーバランスの黒字化は達成できないということを肝に銘じたい。
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評論(2006年7月9日沖縄タイムス朝刊2面)
骨太方針と小泉改革
歳出削減優先に意義
諮問会議実質終焉告げる
岩田部昌澄氏 早稲田大学政治経済学術院教授
(わかたべ・まさずみ 65年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒。ケンブリッジ大学客員研究員などを経て05年から現職。主著「経済学者たちの闘い」「改革の経済学」など。)
今年のいわゆる「骨太方針」は、小泉経済政策の決算報告書である以上に、今後の内閣の設計図でもある。その注目点は大きく分けて二つある。内容そのものと、この内容が骨太方針として決まった過程である。
まず内容面では、今年の骨太方針は㈰成長力・競争力強化㈪財政健全化㈫安全・安心で柔軟かつ多様な社会の実現1の三本柱からなる。
第一の柱は、国の競争力を強化するという、経済学的にはあまり意味のない言葉が用いられていることを除けば、具体的な施策をほとんど欠くので、実質的には人畜無害である。第三の柱は、再チャレンジ支援など「格差社会」批判への解答であるとともに、小泉後の最有力候補者安倍晋三官房長官の政権構想に配慮している。とはいえ、この部分には新味はない。
今年の骨太方針で最も実質的で重要なのは第二の柱である。第一の柱でうたわれている成長力強化も第二の柱と一体となってこそ意味をもつ。
その意義は三点ある。まず、名目成長率3%程度を維持するという前提を明確にしたこと、次に国の債務残高について対国内総生産(GDP)比で削減していくことを明記したこと、そして歳出削減を優先することによって、増税への道を遠のかせたことである。
細部はともかく、経済と財政を一体としてみるこの基本方針は正しい。財政について基礎的財政収支のみを問題にしているところは見事である。
内容を個別に見たときにも、興味深い事実が浮かび上がってくる。名目成長率3%を確保するためには、物価上昇率は少なくとも1・5%程度を維持しなくてはならない。これを達成するのは日銀の役割だから、この骨太方針は日銀に注文をつける内容でもある。なお、名目成長率が3%以上になった場合には、増税はさらに遠のくことになるだろう。
さらに興味深いのは、今年の骨太方針が決定された過程である。いうまでもなく、第一の柱は中川秀直政調会長、二階俊博経済産業椙、与謝野馨経済財政担当相によって今年の五月十一日に合意された「経済成長戦略大綱」そのものである。また、第二の柱は三月にほぼ決着し、その後自民党の財政改革研究会で作成された「歳出・歳入一体改革」である。
今年の骨太方針は、小泉政権展後の一年に生じた政策決定過程の重要な変化を明確に示している。それは、重要な政策は与党が決めるということだ。経済財政諮問会議は、それを追認する器にすぎなくなった。今年の骨太方針は、経済財政諮問会議の実質終焉を告げている。今後この変化は続くだろうか。三つの点に注目すべきだろう。第一に、名目成長率を維持することができるかどうか。このためには日銀が安定的に物価を運営することが必要不可欠だ。第二に、歳出削減がどの程度実現するか。歳出削減努力を進めるのは当然としても、その内容は社会保障費のように削減に痛みを伴い、難しいものが多い。どのように政府サービスを提供すればよいかも、別途議論する必要があるだろう。第三に、政治家が今後どれだけ自制できるかどうか。予算編成権を掌握した与党政治家の力量と見識が問われることになろう。
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まったく反対の意見になっているが、わたしは後者の考えに9割同調する。社説にはまったく同意できる部分がない、というか社説そのものに内容が全くない。井戸端会議状態で、責任ある発言とは思えない。
若田部氏は最後の方で政治家が予算を握ったら財政出動をどんどんやるのではないかと懸念しているようだが、わたしは財政出動も含めて景気回復を着実なものにすべきだと考える。そこだけちょっと違うが、その他は全面的に若田部氏の考えが正しいと思う。
それにしても、若田部氏のようなまともな学者が新聞紙上に登場するようになってきたのは喜ばしいことだ。トンデモなタレント学者ばっかりだったからなあ、いままで。
社説が骨太方針を実現できるのかといちゃもんをつけて批判しているのに対し、経済学者は皮肉は交えているがプラスに評価している。
読者の手間を省くために、2本を並べてそのまま転載しよう。わたしの考えは最後に述べる。なお、この時点でわたしは骨太方針はまだ読んでいない。
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社説(2006年7月9日沖縄タイムス朝刊5面)
[骨太の方針]
歳入改革の道筋を示せ
政府は今後五年間の経済財政運営の基本的指針となる「骨太の方針二〇〇六」を閣議決定した。
小泉政権の最後となる今回の方針で政府は、名目成長率3%程度を前提として一一年度に国と地方の基礎的財政収支(プライマリーバランス)を確実に黒字にすると明記。財源不足額十六兆五千億円のうち、十一兆四千億—十四兆三千億円を歳出を削減して賄うことを強調している。
だが歳出を調整するには、きちんとした歳入の算出が必要ではないか。
つまり残りの財源不足を補うには増税に頼らざるを得ないはずなのに、その工程表があいまいにされたまま十分な論議もされていない。
政府、与党が来年夏の参院選に影響があるとして、消費税率の引き上げ幅や導入時期など歳入に関する具体策を先送りしたのは疑問と言うしかない。
当然のことだが、国の歳入・歳出の問題は国民の暮らしと将来に密接にかかわる。
財政改革が喫緊の課題であれば、解決への道筋づくりを選挙後に先送りしてはならず、現政権が責任をもってつくるべきだ。
もう一つ言えば、当初盛り込まれるはずであった地方交付税の削減方針も、やはり来年の選挙を控えた参院自民党の反対で削除されている。
確かに国民に痛みを強いる問題を選挙前に打ち出せば、影響が出るのは間違いない。
だが解決すべき最重要課題であるのなら選挙に左右されてはならず、厳しい状況の中で努力することが本来の政治家の責務ではないか。
つまり国会論議を通して、国民の前にはっきりと歳出削減の痛みか、増税による痛みかの選択を問うべきであり、それこそが政治の役割だろう。
政府、与党内には参院選後に消費税率の引き上げ論議を本格化させ、〇九年度に控えている基礎年金の国庫負担割合の引き上げで必要な財源を確保しようとの狙いがあるという。
柳沢伯夫自民党税調会長や中川秀直政調会長も「〇九年度までの消費税引き上げ」に言及している。
であれば“増税隠し”の手法は姑息と言うしかなく、これでは「骨太」ではなく、小手先の方針だけを打ち出したと批判されても仕方あるまい。
政府はまた、国と地方が抱える八百兆円近い長期債務残高を縮小する方針も示さなかった。
避けて通れない歳入改革、つまり増税論議を棚上げにしたままでは、プライマリーバランスの黒字化は達成できないということを肝に銘じたい。
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評論(2006年7月9日沖縄タイムス朝刊2面)
骨太方針と小泉改革
歳出削減優先に意義
諮問会議実質終焉告げる
岩田部昌澄氏 早稲田大学政治経済学術院教授
(わかたべ・まさずみ 65年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒。ケンブリッジ大学客員研究員などを経て05年から現職。主著「経済学者たちの闘い」「改革の経済学」など。)
今年のいわゆる「骨太方針」は、小泉経済政策の決算報告書である以上に、今後の内閣の設計図でもある。その注目点は大きく分けて二つある。内容そのものと、この内容が骨太方針として決まった過程である。
まず内容面では、今年の骨太方針は㈰成長力・競争力強化㈪財政健全化㈫安全・安心で柔軟かつ多様な社会の実現1の三本柱からなる。
第一の柱は、国の競争力を強化するという、経済学的にはあまり意味のない言葉が用いられていることを除けば、具体的な施策をほとんど欠くので、実質的には人畜無害である。第三の柱は、再チャレンジ支援など「格差社会」批判への解答であるとともに、小泉後の最有力候補者安倍晋三官房長官の政権構想に配慮している。とはいえ、この部分には新味はない。
今年の骨太方針で最も実質的で重要なのは第二の柱である。第一の柱でうたわれている成長力強化も第二の柱と一体となってこそ意味をもつ。
その意義は三点ある。まず、名目成長率3%程度を維持するという前提を明確にしたこと、次に国の債務残高について対国内総生産(GDP)比で削減していくことを明記したこと、そして歳出削減を優先することによって、増税への道を遠のかせたことである。
細部はともかく、経済と財政を一体としてみるこの基本方針は正しい。財政について基礎的財政収支のみを問題にしているところは見事である。
内容を個別に見たときにも、興味深い事実が浮かび上がってくる。名目成長率3%を確保するためには、物価上昇率は少なくとも1・5%程度を維持しなくてはならない。これを達成するのは日銀の役割だから、この骨太方針は日銀に注文をつける内容でもある。なお、名目成長率が3%以上になった場合には、増税はさらに遠のくことになるだろう。
さらに興味深いのは、今年の骨太方針が決定された過程である。いうまでもなく、第一の柱は中川秀直政調会長、二階俊博経済産業椙、与謝野馨経済財政担当相によって今年の五月十一日に合意された「経済成長戦略大綱」そのものである。また、第二の柱は三月にほぼ決着し、その後自民党の財政改革研究会で作成された「歳出・歳入一体改革」である。
今年の骨太方針は、小泉政権展後の一年に生じた政策決定過程の重要な変化を明確に示している。それは、重要な政策は与党が決めるということだ。経済財政諮問会議は、それを追認する器にすぎなくなった。今年の骨太方針は、経済財政諮問会議の実質終焉を告げている。今後この変化は続くだろうか。三つの点に注目すべきだろう。第一に、名目成長率を維持することができるかどうか。このためには日銀が安定的に物価を運営することが必要不可欠だ。第二に、歳出削減がどの程度実現するか。歳出削減努力を進めるのは当然としても、その内容は社会保障費のように削減に痛みを伴い、難しいものが多い。どのように政府サービスを提供すればよいかも、別途議論する必要があるだろう。第三に、政治家が今後どれだけ自制できるかどうか。予算編成権を掌握した与党政治家の力量と見識が問われることになろう。
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まったく反対の意見になっているが、わたしは後者の考えに9割同調する。社説にはまったく同意できる部分がない、というか社説そのものに内容が全くない。井戸端会議状態で、責任ある発言とは思えない。
若田部氏は最後の方で政治家が予算を握ったら財政出動をどんどんやるのではないかと懸念しているようだが、わたしは財政出動も含めて景気回復を着実なものにすべきだと考える。そこだけちょっと違うが、その他は全面的に若田部氏の考えが正しいと思う。
それにしても、若田部氏のようなまともな学者が新聞紙上に登場するようになってきたのは喜ばしいことだ。トンデモなタレント学者ばっかりだったからなあ、いままで。
Posted by 渡久地明 at 21:40│Comments(0)
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