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2010年03月28日

撤去可能な海上基地に戻ったら

連日の普天間移設先案だが、96年のSACO合意

「撤去可能な」海上基地、滑走路1300m、施設の長さ1500m

で再度決着ができないのかと思う。

この案はメガフロートを想定していると報じられ、将来の撤退を見越した上で合意されたものだった。メガフロート案はいまのキャンベルさんらがまとめたアイデアでもあり、海兵隊も受け入れたはずだ。当時の大田昌秀知事が悩み抜いて最後に反対して没になった。

メガフロートの安定性については、1975年以来、本部町の海洋博公園に展示されていた100×100mのアクアポリスで風雨に耐えることで実証済みと思われる。幅50m長さ200mのフロート8個を浮かべて、環境負荷の少ない桟橋を造れば十分ではないのか。

ところが、90年代後半、工法で県外大手ゼネコンがメガフロートより高くつく、桟橋杭打ち方式とかポンツーン方式など荒唐無稽な提案を行い、建設予想額が無駄に高騰した。一方、稲嶺恵一知事は、埋立・軍民共用2500mの滑走路・15年期限付きというやはり荒唐無稽な案でで日本政府と決着してしまった(米は15年期限を激しく拒否)。

その後、06年に浅瀬埋立て・V字型・嘉手納以南の基地返還で再度日米が合意したわけだ。

しかし、

海を埋め立てるのに比べ公共工事が小さくなることが難点になっていたという話がある。たしかに本州の造船工場でメガフロートを製作し、沖縄に送れば基地は完成する。地元で行う公共工事は桟橋の建設くらいしかない。しかしもしそれがネックなら、海を埋め立てるのと同程度の額の別の公共事業を沖縄で行うことにしたら良いのである。またメガフロートの製造工場を沖縄に作っても良い。


という「経済コラムマガジン」(3月29日付)のあとがき部分での提案
http://www.adpweb.com/eco/

があり、わたしも、これならよいのではないかと思った。

埋立と同額の別の公共工事とは南北縦貫鉄道を含む嘉手納以南の返還基地の戦災復興事業に当てるべきである。また、兆円単位の公共工事は沖縄はもちろん日本全体の良い景気刺激策になる(いまの日本で数兆円規模では不足だが、それなりの効果はある)。

将来の撤退を前提にあと一歩だったSACO合意のメガフロートに戻り、06年のV字案で日米が合意済の嘉手納以南の基地返還を実現し、そこに戦災復興事業を入れるというなら、3方一両損というような解決案になりそうだ。

あとは軍事的合理性があるかという問題になるが、もともとキャンベルさんらが企画したものであり、米側も文句はないのではないか。



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Posted by 渡久地明 at 16:12│Comments(0)返還基地の跡利用
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