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2005年12月28日

2018年1000万人

わたしのつくっている新聞の一面には1段9行の小さな窓があり、「創刊33年、観光客1000万人にチャレンジ」と大きな目標を掲げている。この創刊○○年は毎年変わる部分であるが、その前までは3次振計(92から01年の目標500万人)を100万人上回る600万人を掲げていた。いつ頃から1000万人と印刷し始めたのか調べてみたら1998年10月1日、いまから7年前になる。

「観光とけいざい」第533号一面トップは、2005年までに観光客数を1000万人に急拡大させて、沖縄の経済を立て直そう、という記事である。そのためには那覇空港の滑走路の増設、リゾートホテル30軒くらいの新設、その他必要な公共投資も必要で、達成したら失業がなくなり、県民所得は大幅に拡大、関連産業がまんべんなく発展していると主張したのだった。

何でこんな記事が出ているかというと、当時、おきなワ世紀末というケーブルテレビの月1回のトーク番組を5人のメンバーと一緒に放映しており、知事選を目前に番組中で「1000万人計画に理解を示す候補を支持する」とこちら側から逆提案したのだった。

<新知事に望む「2005年ビジター1000万人」ポリシー(PDF)>(1998年9月25日)
http://www.sokuhou.co.jp/pdf/pdf/2005OCN.pdf

候補者は現職の大田昌秀知事とチャレンジャーの稲嶺恵一氏の二人だった。

番組で1000万人を打ち出した理由などは細かく説明してあるが、その骨格について、面白い提案が出たと新聞でも取り扱ったのだった。

それについて、最近業界の有力社長から

「観光客が400万人程度の時に、1000万人を打ち出したのは渡久地明が最初だろう。あのときはみんな笑いものにしたけど、ここ2、3年で600万人が見えてきた。600万人が見えたら1000万人まで行くのは確実と思えるね」

とわれた。ちゃんと見ている人は見ているものだ(笑われていたとは知らなかった)。(苦笑)

その時以来、わたしの新聞の1面には小さなスペースながら「創刊○○年、観光客1000万人にチャレンジ」と掲げている。不思議なものでこれを言い続けると、まわりも慣れてきて1000万人という人たちがたくさん出てきた。政党の県連はほぼみんな1000万人といっているようだ。また、評論家、経済界の重鎮といわれる人たちも1000万人というようになってきた。
 
沖縄への観光客数をセミログにプロットすると、綺麗な直線ができることは何度も述べた。長い間、その意味が分からなかったが、いまは分かる。「沖縄観光性長の法則」で徹底的に謎解きをしてある。間違いなく2018年には観光客は1000万人となる。

しかし、その途中で空港の増設がどうしても必要になる。1000万人の実現は完全雇用を目指すという意味で県民にとって必要な政策であり、すべての国民にとってはリゾートやレジャー・健康・保養・癒しを提供することになる。それによって人生に彩りを添えることができ、豊かさを実感できるものとなる。必要なものは政府は整備するのが義務であるから、滑走路は近く着工されると予想している。いま着工すれば当面の失業・景気対策となり、完成後は持続的な経済発展の基盤となる。だから、着工は早ければ早い程良い。

おや、県が出した来年の観光客数の目標が小さすぎるという話しをするつもりだったのに、別の方向にそれてしまった。その話は明日にしよう。

えっ、知事選で1000万人ポリシーに賛同した候補がいたかって?

大田知事がわれわれの話を聞きたいというので、数人で出掛けて知事室で説明したけど、本人が公約で1000万人を打ち出すには至らなかった。選挙は大田知事は破れ、稲嶺氏が接戦の末、当選、現在に至るのである。


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